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「山の上のパン屋に人が集まるわけ」 平田はる香

「全ては誰かの幸せのために」



「山の上のパン屋に人が集まるわけ」 平田はる香



以前、松下幸之助さんの本を読んでから「人間本然主義」ということについてよく考えるようになりました。


われわれに大切なのは、お互いの幸せにつながることであれば、その良い点は大いに吸収し合うという態度だと思う。

それはいいかえれば、資本主義がいいか、社会、共産主義がいいかといった立場に立つのではなく、人間そのものの本質を基本において、お互いの幸せに役立つものを、とらわれずに受け入れ、いわば人間本然主義とでもいったものを、それぞれに生み出していく、ということになるだろう。

「松下幸之助 経営語録」PHP文庫より


「世界一貧しい大統領」ホセ・ムヒカさんの稿でも触れたのですが、大量生産、大量消費、大量廃棄の悪循環の中にいる私たちにとって、これは本当に「良い事」なのだろうか?


モヤモヤとした気持ちだけが霧消せず、ずっと視界が遮られているように感じていました。


それが


この本「山の上のパン屋に人が集まるわけ」を読むと、見えてくるものがあったのです。


この本は、著者・平田はる香さんの語り下ろしであります。


書くというものではなく、語るというもの。


長時間のインタビューの中で平田さんの考えや思いが赤裸々に語られ、それらが編集されたものが、この本となっています。だからこそ、体験から生まれた臨場感を帯びた言葉が読んでいる私たちに注入されるという感覚なんですね。


これらを受け取った感覚が、人間本然であり、エシカルであり、違和感を感じさせない商いであり、違和感を感じない働き方であり、健康や幸せを提言していると感得したのです。


もともと平田さんは、「将来の夢や、やりたいことがなかった」といいます。


それが見つかったのが、六本木のクラブでのDJでした。


カッコよくて、人を楽しませる仕事に衝撃を受け、憧れます。


平田さんは、とにかく行動力が半端ありません。思い込んだらのめり込んでいきます。


しかし


いいところまで行きましたが、チャンスがきても「なんか違う」という違和感が生まれるのです。


それは、自分の意思とは違うクラブのオーナーやレコード会社からの押しつけや契約内容でありました。


ここに平田さんの一貫した「志」がありました。


せっかくチャンスが来ても、「なんか違う」と思うと従えないのです。

(中略)

DJは、私がはじめて見つけた「やりたいこと」でした。でも、一生懸命やっても、お金の面でも、仕事内容の面でも、人間関係の面でも、全然、私が思い描く「等価交換」にはならないのです。

立場とか、年齢とか、そういった本質じゃないものにじゃまをされてしまう。等価交換にならないことが、どうしても無理でした。


「大きな挫折だった」と平田さんは語っています。東京ではうまく生きていくことができなかったとも。


逃げるようにして長野に移住し、そこで結婚しました。


料理が好きだった平田さんは、節約の観点からパンづくりにはまり、修行僧のようにパンを焼き、おいしいパンが焼けるように実験、研究しました。


すると


旦那さんからこう言われたのです。


「このパン、売りなよ。おいしいよ。お店でもやったら?」


行動の早い平田さんは、この言葉で「パン屋をやろう!」と決意。


そして


移動販売を経て、店舗を持ちます。
それがなんと、山の上。


一目惚れした景色が良いその場所で「パンと日用品の店・わざわざ」をはじめます。


「この場所の景色をお客様に見せたかったから」

(中略)

そして「わざわざきてくださってありがとうございます」という気持ちを込めて、「わざわざ」という名前をつけました。


これだけでもすごいことだと感心していたのですが、さらに平田さんは仕事において違和感を徹底的に取り去っていくのです。


開店当初、27種類のパンとお菓子を焼いて販売していたのですが、労働時間の増加と疲弊する日々への違和感。さらに「お客様の健康」のためにパンの販売を2種類だけに減らしました。


どういうことかといいますと、「チョコレートパン」をずっと買いに来てくれていたお客さんの体型が、ふくよかになってきたというのです。


平田さんは、自分がつくったパンが「誰かの健康を損ねている」という事実に違和感を感じたのですね。


お客さんは激減したそうですが、その分パンのクオリティーを上げ、その工夫をSNSで訴えました。製造工程を効率化し、そういった違和感をおいしさとお客さんの健康のために変化させました。その結果、激減した売上が1年で回復し、その後売上は増えていったそうです。


また


テレビで紹介されたために、お客様がお店に殺到したことがありました。その頃はテレビの取材を断っていたそうですが、テレビ番組のディレクターが何度もお店に訪問してくれていたので取材を受けることに。


番組放送後、たくさんのお客様が押し寄せ、お店はパンクしてしまいます。


わざわざ遠くまでやってきてくれたのに、パンを1個しか買えない状況。丁寧に謝っているスタッフに対して、怒鳴りつけるお客様がいました。


それを見た平田さんは、違和感を感じます。


そして


noteでこう発信したのです。


「そんなお客様には来ていただかなくてけっこうです」


平田さんは、「他のお客様に嫌な思いにさせる人には来てほしくない」と「わざわざ」のポリシーを告げました。


「全ては誰かの幸せのために」


「わざわざ」は、この貫かれたポリシーに共感したお客様に支えられているのです。その絆はとても強いものであり、結果として年商3億円を達成しました。平田さんの人間本然の姿がそのまま素直に生かされているお店だと感じます。


「わざわざ」は、パンや日用品以外にもオリジナル商品をつくっています。


それは


「パンを焼くように商品を作る」という思いから生まれたもの。


粉と汗と熱にさらされるパン屋の過酷な状況下でも長持ち・機能性も良い「パン屋のTシャツ」や、ウールの良さ、履き心地の良さはもちろん、あったかくて穴のあきにくい構造の長持ちする靴下「リブウール靴下」など。


これらの商品をはじめとして、今もエシカルな商品はさまざまな「問」を経て進化をしています。


なぜこんなにも立地の悪い場所に、たくさんの人が足を運ぶのか?


そのことを本を読みながら考えていました。


それは


「真実(ほんとう)に人が求めているものであるから」ではないかと、思い当たりました。


ただ商品が良いから買いに行くのではない。
「人」と「もの」に素直に寄り添っている、その信頼があるからだと。


「全ては誰かの幸せのために」


平田さんのこの思いが人間の普遍的な価値であり、商いの基でもあるのだと。


「わざわざ」でものを買うと、自分自身も健康になれるし、その先にあるいい生産者さんにきちんとお金が入る。

自分が渡したお金が、私利私欲で使われることもない。その「循環」に対する信頼こそが、「山の上のパン屋に人が集まるわけ」ではないのかなと思うのです。

そして「お金」こそが本来、私たちをフラットにしてくれる最善のツールであり、お金の良い回し方こそが、フェアな状況をつくる一番の方法なのだと思うのです。今はどこか歪んでしまっているけれど。


この本は、「わざわざ」の事業が大きくなってきた話だけではなく、失敗したこと、反省点も大いに語られています。


これから何かをはじめようと考えている方たちにとって、非常に有益な「体験」として受け入れられる本だと思いました。



【出典】

「山の上のパン屋に人が集まるわけ」 平田はる香 サイボウズ式ブックス
ライツ社



P.S.

この本のつくり方までもが「わざわざ」式なんですね。あらゆるこだわりがあり、その一つが環境に配慮した「廃盤が決まった2種類の書籍用紙を組み合わせて、本文ページを構成する」というものでした。

装丁にもこだわっているし、出版社さんの熱量も感じる本でした。本好きな人にとっては嬉しくなる仕様です。ぜひ巻末をご覧いただけたらと思います。


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