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「ツバキ文具店」 小川糸

「失くしたものを追い求めるより、今、手のひらに残っているものを大事にすればいいんだって。」



「ツバキ文具店」 小川糸


小川糸さんの紡ぎ出す言葉は、なんて素敵なんだろう。なんて幸せな気持ちにさせてくるんだろう。


まるで五線譜の上を軽やかなステップを踏みながら舞い降りてきた言葉のようで、読んでいるとさわやかな風が心の中を気持ちよく通りすぎていきます。


この本「ツバキ文具店」と続編「キラキラ共和国」を読んでいる間中、ずっと幸せな気持ちでした。


ポッポちゃんこと雨宮鳩子は、亡くなったおばあちゃん(ポッポちゃんは「先代」と呼んでいる)のあとを継いで、鎌倉で文具店を営んでいます。


でも


ただの文具店ではありません。


普通の文具店と異なる大きな特徴が


代書屋さん


代わりに文字を代書するサービスを行っているのです。


代書屋とは、その人が書いた文字や、その人が考えた文章をきれいな文字で代わりに書く仕事だと思っていました。


でも、そうではないのですね。


ツバキ文具店に代書の依頼をしてきた婦人、マダムカルピス(着ていたワンピースに水玉模様が入っている。持っていた日傘も水玉模様)は、ポッポちゃんにこう言いました。


「砂田さんとこの権之助さんが、今朝、亡くなったんですって」


ご近所さんが亡くなったようにマダムカルピスは、彼女にそう告げますが、聞いているとなんか変です。


写真を見せてもらうと、権之助さんは〝猿〟なんです。


ようするに、マダムカルピスの知人の飼っていた猿が亡くなり、その「お悔やみの手紙」を考えて書いてほしいとのこと。


ポッポちゃんが行っている代書屋とは、文面をまるごと彼女が考えて書くという仕事なんです。


ポッポちゃんはただ書くということだけでなく、その人柄や背景、雰囲気、空気感、すべてを慮って文章を構成するだけでなく、文具店としての矜持でしょうか、紙や便箋、筆記具、封筒、切手、シーリングスタンプにまでこだわりにこだわり、手紙が届く相手に最高の気持ちを届けるのです。


権之助様のとつぜんの訃報にただ茫然と空を見上げてしまいました。


そのような書き出しのお悔やみ状。


弔意の言葉は、薄い色の墨でしたためます。とても美しい文字です。(実際に手書きされた文字が載っています。)


誤字脱字、失礼な言葉がないかを確認し、「夢」の封印をして発送しました。


こんなに思いのこもった手紙を書いているポッポちゃんは、人に恵まれています。


文章や文字には、その人の人柄があらわれているのでしょうね。ポッポちゃんのまわりには、素敵な人ばかりが集まってきます。


その一人、バーバラ婦人というご婦人がおとなりに住んでいます。


「ポッポちゃーん、おはよう」

風の上でサーフィンをするような、軽やかな声だった。


ポッポちゃんは、いつもバーバラ婦人に癒されています。僕も読んでいてずっとバーバラ婦人の伸びやかな高い声とその言葉に癒されていました。


事あるごとにバーバラ婦人がポッポちゃんに語る何気ない言葉が心地よく、身に染みわたります。「幸せになれるよ」という秘密のおまじないも、バーバラ婦人は彼女に教えてくれました。


他にも、ポッポちゃんのまわりにいる人は素敵な人ばかり。

 
男爵
(いつも着物姿で、このあたりではそう呼ばれている)

 
パンティー
(30代の女性で名前は帆子(ハンコ)、ティーチャー(先生)をしている。ハンティーがいつのまにかパンティーと呼ばれる。パンを焼くのも好きだからか。)

 
QPちゃん
(ポッポちゃんの文通相手、5歳の女の子)

 
モリカゲさん
(QPちゃんのお父さん。奥さんとは死別、今は娘と二人暮らし。)


しかし


幸せな気持ちとは裏腹に、代書の仕事は訳ありな依頼ばかり。


・知人にお金を貸してと頼まれたけど、それを断ってほしいという手紙。


・自分たちを支えてくれた人たちへ、離婚の報告をする手紙。


・汚文字が悩みの女性が「義理の母へ花を贈りたい。」と、花といっしょに添えたい手紙を書いてほしい。


・天国からの手紙を待っている依頼主のお母さん。亡くなった父からの手紙をお母さんに届けてほしい


・絶縁状を書いてほしいという、匿名さんやポッポちゃんの同級生。


いろんな訳ありな代書依頼が舞い込むのです。


それを彼女はそれぞれの人たちのことを慮り、文章を考え、縦書き、横書き、紙や封筒、ペン、インク、筆、切手、フォントすべてを徹底的にこだわり抜きます。


それぞれの文面、手書きの文字が本当にあったかい!


彼女は言葉や文字で、〝幸せ〟を送り届けました。


          ◇


ポッポちゃんは、若いときに厳しく躾けられた先代(おばあちゃん)と確執がありました。先代に反抗して関係が完全に壊れてしまいました。先代の死に目にも会えませんでした。彼女はいつも後悔しています。いつも先代のことを考えています。


それが


先代の代書屋を継ぎ、いろんな人たちとの出会いの中で代書をしていくうちに、そのわだかまりは少しづつなくなっていくのでした。先代の気持ちとシンクロしていたのです。


大きな雪解けは、先代が文通していた静子さんに宛てた手紙でした。イタリアに住んでいる静子さんに宛てた先代の手紙を、静子さんのお孫さん(ニョロ)が鎌倉まで来てポッポちゃんに届けたのです。


そこには、先代のポッポちゃんに対する愛が詰まっていました。


先代が静子さんに送った最後の手紙。この言葉が響きました。


でも、今は心から鳩子に謝りたい

どこにいるのかすら、詳しくは教えてもらえません

体が丈夫だったら、日本中を探し回って、謝りたいのに

だからもう、あの子を呪縛から解き放ち、自由にしてあげたい

私が死んだら、あの子は自由になれますか?

ごめんなさいね、そんなこと、静子さんに聞いても、はじまらないのに

人生って、本当にままならないものです

私はなにひとつなしえなかった

人生なんて、あっという間です

本当に、一瞬なのです


人生はあっという間に過ぎ去ってしまうのかもしれません。


だから


ご縁をいただいた人たちと、大切な時間を過ごしていきたいと願いました。


あともう一つ。


僕が日頃、悩んでいた悩みが解(ほど)けていくような響いた言葉がありました。QPちゃんのお父さん・モリカゲさんとポッポちゃんの会話です。


彼女は先代に厳しく躾けられたこと、先代との辛い記憶しかないことをモリカゲさんに話します。話し終えるや涙がとめどなく流れます。


モリカゲさんがそのあとに言った言葉


「ああしてあげればよかった、あの時あんなことを言わなければよかった、ってね。ボクも、ずっと思ってましたから。

でも、ある日気づいたんですよ。気づいたっていうか、娘に教わったんです。

失くしたものを追い求めるより、今、手のひらに残っているものを大事にすればいいんだって。」


後悔することは必ずありますし、あの時、「ああしてあげればよかった」っていう念は、ふとした意識の隙を突くように出てきます。


そんなときは、今ここにいる、「大切な人を大事にすればいいんだ」って。


誰かにおんぶしてもらったなら、今度は誰かをおんぶしてあげればいい。

          
          ◇


LINEやメールでは伝えられない思いがあります。手紙には、そんな思いを言葉に変えて、温かな息を吹きかけてくれるのです。



【出典】

「ツバキ文具店」 小川糸 幻冬舎

追伸

ページ左下を見て、パラパラめくってください。ほっこりします。

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