マガジンのカバー画像

《映像》エッセイ集

9
運営しているクリエイター

#日記

メロスと犬

メロスと犬

メロスは激怒した。
「ジェノサイドを許すな!」
青空の元で煌々と照らされる彼らは、高らかに看板や拳を掲げ、街を行進している。
昨今の世界情勢はひどいものだ。
もう戦争が起きても、以前ほど驚く反応も得られない。
人々の感覚は少しずつ麻痺している。
彼らの掛け声は威勢よく響く。
Fuck Israel!

メロスは独善的である。
王に怒れる者は、身勝手な結婚式も、友を人質として差し出すことも、犬を蹴と

もっとみる
怪獣

怪獣

波のような音がきこえる。
目の前が真っ白になって、全く人々の表情が見えない。
遠く連なる光。
ライトはものすごい光で私を照らしている。
途端に緊張が解けて、その時いつも、光はこんなに眩しかったっけ、と思う。
その時間が、本当に好きであった。

無機質なリズムが赤く点滅している。
夕闇に浮かぶビル群のたくさんの光を背景に、左右から電車のライトが次々に近づいてくる。
東海道線はいつもとんでもなく人が詰

もっとみる
対岸のひかり

対岸のひかり

たとえば、猫が空を飛んでいるような。
私はぼけっとして草むらに寝そべって、雲の流れを見ている。
意外と雲は早く流れているな、と思いながらミサイルの通知を無視する。
それで死んでもいいし、もしくは生きていてもよいのだ。
暑くもなく、寒くもなくて、風は体温よりわずかに低いので、このまま眠ってしまいたくなる。
しかし、猫が空を飛んでいるから、そろそろイワシが降るな、というような。

たとえば、宗教とか音

もっとみる
せかいのふた

せかいのふた

午前8時に目が醒める前、浅い夢を見た。
寒くて布団から出たくないはずだったのに、そうではなかったからだ。
突然やってきた麗らかな陽だまりに、思い出したのだ。
春の匂いはとても穏やかで、凍えていた木やビルが弛緩してゆくのを感じた。
季節の隙間は、世界のふたが外れる一瞬の綻びである。
これから世界に春のふたがされたら、私はまた何も思い出さなくなる。
だから今夢を見たのだ。

砂時計。
ペテルギウスはも

もっとみる
かげおくり

かげおくり

多摩川の向こうの灰色の都市は、よそよそしく砦を築いている。
ビル群のスカイラインから湧き立つ雲は次第に橙色を帯び、煙が匂ってくる。
私はひとりで散歩している。
イヤホンから鳴るラヴェルの緻密な和音は、孤高の景色を彩る。
青い空の奥から橙色が染み出している。
こんな色のジュースをどこかで見たことがある。
草むらに花火の残骸を見つけて、会わなくなって久しい人のことを思い出した。
もし今、空が同じ色をし

もっとみる
夢

前髪が張り付く。
樹木の帝国は白い霧に包まれ、なにかの動物の鳴き声が甲高く響いた。
夜明けか夕暮れかも分からないここは、きっと地球の裏側だ。
嘘みたいに鮮やかな鳥が、深い緑にハイライトを彩っている。
嘘みたいな色のこの植物には、きっと毒があるに違いない。
私は森を彷徨っている。
驚くほど大きな草木を面白がったのも束の間。
煩わしい熱気と湿気に、気持ち悪い虫たちが蠢いている。
もうこんなところはうん

もっとみる