見出し画像

2000年生まれのド新人編集者、同世代に小説を届けるため試行錯誤する

みなさま、お久しぶりです。もしくは、はじめまして。集英社文芸書編集部で小説の編集をしています、髙橋と申します。2023年の4月に新卒で集英社に入社した、相も変わらずひよっこの編集者です。

ひよっことは言いつつも、これまでに3冊の文芸単行本を編集してきました。過去の担当作についても編集記をnoteにアップしていますので、ご興味のある方はぜひご覧いただけますと幸いです。



毎回トラブルを引き起こしながらも、なんとか一人の会社員として過ごしている私ですが、先日4冊目の担当作を編集し終わり、無事に一冊の本として世に出すことができました。それがこちら。



佐原ひかりさんの『スターゲイザー』という小説です。

佐原さんは氷室冴子青春文学賞で大賞を受賞した『ブラザーズ・ブラジャー』でデビュー。その後、2022年刊行の『人間みたいに生きている』がTikTokを中心に大きくバズり、10代・20代の若い読者からの認知度も上げた新星の作家です。

かくいう私も、大学生の頃は「佐原さんの作品が好きな若い読者」の一人でした。その後、巡り巡って集英社に入社し、佐原さんの編集を担当することに。元々ファンだった作家の本を編集するというのはとても不思議な気分で、嬉しさとプレッシャーが心の中で絡み合います。

その2つの感情を抱えながら、初めて今作を読んだときのことは忘れません。あまりの面白さに「これは広く読まれなければならない。自分にはその責任がある」と、プレッシャーが最大値になりました。

一人でも多くの人に読んでもらいたい。そのために私ができることは何だろう? それは、noteへ編集記を投稿することくらいなのではないか。そうして、今回も懲りずに記事を書き始めました。

前々回の記事では新人賞受賞から発売までの過程を、前回はカバーデザインが仕上がるまでの過程を紹介しましたが、今回はさらに焦点を合わせるポイントを変更します。

この記事で注目するのは、皆さんの購買意欲を大きく左右する「本の価格」です。

私と同世代の活字離れが進んでいると言われる昨今、こだわりのあるカバーデザインで若年層の読者にインパクトを与えたいけれど、その結果価格が大幅に上がってしまうのは本末転倒。クオリティの高いデザインと低価格の両立を目指した、格闘の編集記録をお届けします。ぜひ、最後までお読みください。



ド新人編集者、紆余曲折を経て今作を担当する

2024年1月。私はひそやかにショックを受けていた。なぜなら、佐原さんを担当することができなかったからだ。

当時、佐原さんは、雑誌「小説すばる」で『スターゲイザー』の連載を進めていた。小説すばる編集部にはもちろん佐原さんの担当編集がいたが、連載終了後の単行本作業を担う文芸書編集部内では、まだ担当編集がついていない。

そのため、佐原さんの担当希望者を文芸書編集部内で募ることになった。大学時代から佐原さんの作品を愛読していた私は、もちろんそれに手を挙げた。

そして、落選した。

いま思えば、当たり前のことだった。あの頃の私は、1冊目の担当作を無事に校了し、2冊目と3冊目の書籍化作業を並行して行っていた。「流石に新人に3冊並行させるのはキャパがヤバいのでは?」という上長の至極真っ当な判断により(弊部署は皆さんが出版社に抱いていそうなイメージほど、ブラックな環境ではないのです)、佐原さんは他の編集が担当することになった。

そうして私は地味にショックを受けつつも、目の前の担当作を刊行するために編集作業に邁進していた。密かに、いち読者として『スターゲイザー』の連載を追いながら。

『スターゲイザー』は、アイドルとしてメジャーデビューを目指す青年たちの姿を描いた連作の青春小説だ。10代~20代前半の貴重な時間をデビューのために費やす彼らの、等身大の姿が描かれている。

アイドル事務所の「ユニバース」に所属するデビュー前の青年、通称「リトル」。彼らはデビューに向けて、限られた時間の多くを費やしレッスンに励んでいた。そんなある日、リトルたちが主役のイベント「サマーマジック」で最も活躍した一人を、デビュー間近のグループ「LAST OZ」に加えるという噂が流れだす。

彼らは必死だ。デビューできない可能性が十分に考えられる中で、それでもデビューできることを信じてがむしゃらに頑張る。可能性が1%あるからこそ、簡単には諦められない。その心情は、アイドルを目指していなくとも皆が共感するだろう。

アイドル事務所という、ほとんどの人は全く関わりのない世界でありながら、誰しもが共感できる心情を丁寧に描く。この魅力に強く惹かれ、私は原稿をひたすらにめくり続けていった。

噂をきっかけに皆が熱を帯びていく中、リトルの一人である加地透は疑問を抱いていた。
“青春のすべてを捧げないと、デビューは叶わないのか?”
身体を酷使したことでサッカー選手になる夢を絶った友人。デビュー可能なタイムリミットまで僅かしかないリトルの先輩。周囲の人々を見て、透はこのままリトルとして生きていったときの未来を考える。
そして「サマーマジック」の本番に挑むのだが……。

ここですべてを言うのはあまりにも勿体ないので「サマーマジック」当日に何が待っているのかは、物語を読んでのお楽しみだ。

今作は2話目以降も、ユニバースに所属する様々なリトルを主人公にしながら進んでいく。彼らが持つ野望、葛藤、苦悩、希望……。あらゆる感情を抱え込んで迎えるラストを、彼らと一緒にあなたにも体験してほしい。

と、熱く語れるくらいには面白い物語が目の前にあるのに、自分は担当できないのか……。でも、仕事がすべて思い通りに進むわけはないし、いま編集者として働けているだけでもありがたいことだし、こうして諦めなければならないときもある。

当時はそう思っていた。


***


それから3か月ほどが経過し、木々が豊かな緑を湛える季節になった。入社して丸1年が経過した私は『スターゲイザー』の刊行に向けて準備を進めていた

――流石に「色々と奇跡が重なって」と言うだけでは納得感の欠片もないと思うので、言える範囲内で補足をしたい。

どの会社にも人事異動というのはつきもので、私が所属している文芸書編集部でも定期的に、別の部署に移ることになった人や、別の部署からやってくる人がいる。そうして新体制になると、部署内で改めて今後の刊行予定を整理し、場合によっては担当作家の引継ぎを行う。

既にお気づきの通り、元々『スターゲイザー』を担当する予定だった編集者が、書籍化に向けて動き出す寸前のタイミングで異動となった。そうして、佐原さんの担当を再び部署内で募集することに。そこでもう一度手を挙げた私は、今度こそ佐原さんの担当になったのだった。

ここまで読んで「でも、元々3本同時並行で編集するのはヤバいからという理由で担当できなかったのでは?」と思った方はとても察しが良い。おそらくミステリを読んでいても、細かな伏線に気づけるタイプの方だろう。私は後から「そういうことか~」となるタイプなので、非常に羨ましい。

実は、『スターゲイザー』は当初の予定よりも連載が1か月延びていた。単行本を横から見ると、最終話が他の話よりもかなり長いのがお分かりになるだろうか。


本文に挟まれている黒い紙が短編と短編の境目。最終話だけ2倍程度長い。


これにより、最終話は雑誌掲載時に2回に分割することになり、単行本の発売予定日も1か月後ろ倒しになった。その1か月の間に、進行中だった担当作の片方を校了した私のキャパには、余裕ができていたのだった。

こうして、私の手元に『スターゲイザー』の初稿がやってきた。


***


青春小説だし、10代~20代の若年層を『スターゲイザー』のメインターゲットにしたいですね

佐原さんと最初に打ち合わせをしたとき、こういう話題になった。たしかに、この物語の主人公はほとんど10代、一番年齢が高くても20代前半(つまり私と同じくらい)だ。

その上、全体を通してリーダビリティが非常に高く10代でもスラスラと読める。もちろん、物語からあふれ出る魅力は言うまでもなく最強だ。佐原さんも私も、ターゲット層に対しての意見はピッタリ一致していた。

「そうですね、若い人に売っていきましょう!」

打ち合わせで私は、そう軽いノリで答えた気がする。

だが、私は知っていた。自分と同世代に、小説の単行本を買ってもらうことがどれだけ難しいかを。



ド新人編集者、改めて小説の現状を考える

白状しよう、私は集英社に入社するまで「小説の単行本」をほとんど買ったことがない

理由は簡単で、価格がそこそこ高いからである。

日本国内で流通している小説には大きく分けて3種類のサイズ(判型)がある。大きいものから四六判・新書判・文庫判だ。集英社では主に四六判と文庫判を刊行しているが、私が所属している文芸書編集部で作っているのは、最も判型の大きな四六判の本だ。この判型を小説の業界では「単行本」と呼ぶことが多い。

左から、小説すばる、すばる、四六判(単行本)、文庫判。

皆さんのご想像の通り、判型が大きくなればなるほど本の価格も高くなる。判型の大きい単行本は、2024年現在、おおよそ税込2000円前後になることが多い。一方、判型の小さい文庫判だと税込900円前後と半額以下になる。単行本で出た小説の多くは、刊行から2~3年経過後に文庫判にリサイズされて出版されるので、お金のない学生時代に小説を買うときは文庫化を待つのが定番だった。

小説が好きだと自信を持って言える自分でさえ、入社前は単行本をほぼ買っていなかったという事実。私と同世代、もしくは私より若い世代に単行本を売るためには、この事実と真っ向から戦わなければならない。

ということを踏まえ、単行本を売るための戦略をぜひ皆さんと一緒に考えてみたい。「面白い、ただその一点で売れる」という時代ではない令和で「この本買いたい!」と思ってもらうためには、何が重要だろうか。

まず考えられるのは①多くの人の目を惹くデザインにすることだ。例として、以前に私の記事で取り上げた『難問の多い料理店』(結城真一郎/著)を挙げたい。この作品では、暗い紫を基調にしたカバーイラストに、ビビッドな赤色の帯を組み合わせてもらったことで、無意識的に目に留まる本になった。こうしたブックデザインの工夫は、大量の本が日々出版されることを考えると何よりも大事な気がしている。


『難問の多い料理店』初版書影


その次に大事なのは②端的に作品の内容が分かるようにすることだろうか。そこで最も重要視されるのが、カバーの下部に巻くと呼ばれるパーツだ。実は、上の画像でいう「こんなミステリを私たちはずっと待っていた」などの、帯に載せるフレーズを考えるのは編集者だ。この一言でどれだけ読者にインパクトを持たせられるかで、売り上げは多少変わると思う。

最後に③あまり躊躇せず買える価格にすること。前まで自販機で150円で買えていたペットボトル飲料が170円になったときの驚きは記憶に新しいが、そうした値上がりの衝撃は購買意欲にブレーキをかける。

単行本は映画館で映画1本を見るのと同じくらいの価格で推移していて、先にも述べた通り税込2000円前後が相場だ。今作で大事にしたのは、どうにかして税込2000円以内に収めることだった。例えば1990円と2010円はどちらもほぼ相場通りの金額だが、ぱっと見の印象が大きく変わらないだろうか。一般的に考えても最も大きい桁の数字が変わったときの「値上げ感」はどうしても生まれてしまう。時代小説のような客層の年齢が高い作品なら良いが、今作のように若い読者をターゲットにするならば、安さは何よりも大事だ

10代や20代の読者を増やすためには、少なくともこの3点を確実にクリアしなければならない。私はそう信じて『スターゲイザー』の編集を始めた。


***


発売5か月前の、2024年5月初頭。既に今作のデザインは動き出していた。

デザインを担当してくださったのは「円と球」の白川さん。

「円と球」はマンガを中心に多くの書籍を手掛けているブックデザイン事務所で、人物のイラストを使用したデザインがとても上手く前から気になっていた。今作はアイドル小説ということもあり、カバーに登場人物のイラストを使うことを念頭に置いていたので、①多くの人の目を惹くデザインにするという観点から考え、これ以上なくピッタリだと思い依頼をした。

そして、カバーイラストを担当してくださったのはうごんばさん。元々私がハマっていた某スマホゲームのキャラクターを描かれていたので、存在は知っていた。うごんばさんのイラストは光の表現がとても綺麗で、瞳から伝わる表情の切実さが何よりも好きだ。ご興味のある方は、ぜひ以下のリンクからイラストをご覧いただきたい。

『スターゲイザー』の装画を描いてもらうのなら、うごんばさんしかいない!」というくらいの熱量を持っていた私は、一般的な書籍よりもかなり早い段階で装画を依頼し、無事にうごんばさんに引き受けていただくことができた。

うごんばさんには、物語に登場する主人公6人のうちの1人(物語を読むと誰なのかが分かる仕様になっている)を描いていただいた。

そのイラストをもとに、カバーデザインが進行していく。いくつかいただいたラフから、『スターゲイザー』というタイトルの輝くイメージにも合っている金色のインクを使用する案を選択、最後の最後まで色味の微妙な調整を重ねながら仕上げに向かう。

そうして出来上がったカバーデザインが、こちら。


『スターゲイザー』カバー


綺麗すぎる……!!

まず、うごんばさんのイラストが最高すぎる。光の当たり具合といい、瞳のハイライトの美しさといい、首筋に見える血管といい、『スターゲイザー』の読者として刺さるポイントしかないイラストを仕上げてくださった。

そして、デザインもスタイリッシュで惚れ惚れとしてしまう。シンプルでありながらインパクトがあり美しい。詳細はこの後にも述べるが、タイトルは金インクなので、印刷された実物はこの画像よりもさらに綺麗だ

そして、帯のデザインも同時に完成。


『スターゲイザー』帯


こちらも地の色はすべて金インクだ。今作の帯はかなりの時間をかけて考えた末、②端的に作品の内容が分かるようにするため、「きみ」と「俺」を並列させ、「ステージ」という言葉でアイドルらしさを予感させた。「きみ」は主人公を推すファンのことでもありつつ、別の「誰か」も指しているのだが、それは物語を読んでのお楽しみだ。

青春小説であることも打ち出せるよう、背にも白文字で物語の魅力をアピール。裏面には簡単なあらすじを記載している。特に表面に言えることだが、今作では帯の文字量を抑え、シンプルにヒキの言葉が目立つようなデザインに仕上げていただいた。

これまでの担当作でも思ってきたことだけれど、物語を丁寧に汲み取って、書籍の形を作っていくデザイナーとイラストレーターの皆さんには、毎回感謝の気持ちしかない。今作でも、白川さんとうごんばさんには多大なご協力をいただきました。本当にありがとうございます。


***


折角の機会なので、『スターゲイザー』のブックデザインについて、私の個人的なこだわりポイントを皆さんにもご紹介したい。

まずは、カバーや帯、さらにはカバーをめくった表紙や、化粧扉にまでたっぷりと使用した金インクについて。

実はひとくちに「金インク」と言っても幾つかの種類がある。王道の色味でインパクトを与える金、マットで高級感のある光沢を出す金、銅のような赤みのある金……。さらに、同じ金インクを使用したとしても、そのインクを塗り重ねる回数や、金色の下に別の色を印刷するかどうかなどで、色味は大きく変わってくる。

今作は、タイトルに象徴される煌めきをカバーデザインでも強く押し出したかったので、特に輝度の高い東洋インキさんの金インクを使用した。ここで以下の写真をご覧いただきたい。


『スターゲイザー』完成見本


めちゃくちゃ輝いている……!!

この金インクだけでも十分に明るいのだが、カバーのタイトル部分については、金インクの下に黄色のインクを印刷しており、輝度をさらに高く見せられるように調整を加えている。

こうした調整については、今作の印刷を担当してくださったTOPPAN株式会社さんに大きなご協力をいただいた。求めている色味に近づけるため、様々な見本を用意してくださり、おかげさまで理想の明るさを出すことができました。いつもありがとうございます。

また、各短編の冒頭に用意された作品扉についても、私の要望を白川さんに叶えていただいた。それは、『スターゲイザー』というタイトルに合わせて、各短編の主人公に似合う星座の図案を扉に入れ込んでほしいというものだった。

『スターゲイザー』の語り手は全部で6人。星座で「6」といえば、冬の代表的な6つの星座(ぎょしゃ座・おうし座・オリオン座・おおいぬ座・こいぬ座・ふたご座)の一等星を結んで作られる「冬のダイヤモンド」だ。


『スターゲイザー』のカバーをめくった表紙の図案。
中央にある六角形が「冬のダイヤモンド」、三角形が「冬の大三角」だ


ならば、冬のダイヤモンドを構成する星座それぞれに登場人物を振り分け、メンバーカラーならぬメンバー星座(ダサい気がするが、これ以外に良い呼び方が思いつかなかったのでどうかご了承いただきたい)を決めるのはどうだろうか? という考えが、ある日ふと思い浮かんだ。

このアイデアを佐原さんにお伝えしたところ、「て、天才~~~!!!!! 天才の発想です!!!!!」とお返事があった。作品中には登場しない要素を提案することにビクビクしていた私は、「安心~~~~!!!!!」と心から思い、白川さんにこの案を実現していただくことに。間違いなく言えるのは、高校で天文部に所属していたことが、初めて仕事で役に立ったということだ。


「サマーマジック」作品扉


そういった経緯で、各短編の扉には佐原さんと考えた「メンバー星座」が描かれている。

たとえば、第一話「サマーマジック」の語り手である透は、周囲のリトルに影響を与える行動を、サラリと取れる人間だ。リトルたちの考え方を変えるキッカケを作る人間として、透には「ぎょしゃ座」がふさわしいと思った。「ぎょしゃ」は漢字で書くと「馭者」で、馬車で馬を操る、つまり進路を示す人物のことを指す。

それ以外の登場人物には、どの星座が設定されているのか。カバー袖に用意した登場人物表(実は佐原さんと決めた各登場人物のイメージカラーをちりばめている)を参照しながら、各短編の作品扉にも注目していただきたい。


『スターゲイザー』カバー袖の人物紹介


作品扉以外も、今作は全体的に星の図案をちりばめて一冊の本として雰囲気を統一していただいた。奥付のページまで白川さんの精緻なデザインが光っているので、紙の本を読む楽しみは、こうした見た目の部分にもあることを体感してほしい。

さあ、デザインは最高。あとは、価格勝負だ。



ド新人編集者、安く届けるために全力を尽くす

人の目を惹くデザインであることはもちろん大事だ。だが、そのこだわりのためならどれだけ予算をかけても良いのかと言われると、それはまた別の話になってくる。

先にも述べた通り、今作は若年層にも読んでほしい作品。本体価1800円(税込1980円)を超えてしまうことは避けたかった。自分が大学生だった頃、税込2000円以上の小説は簡単には手に取れなかったからだ。だが私は薄々気づいていた。

こんなに沢山金インクを使ったら、1800円超えちゃうなあ……。

先にも少し述べた通り、今作はカバー・帯・表紙・化粧扉のいずれにも金インクを使用している。皆さんがご想像する通り、金インクは通常のインクよりもかなり高価格。その分、一冊作るのに必要な原価が高くなっていることもご理解いただけるだろう。

だが、ここで1800円を超える価格にするわけにはいかない。かといって、この最高のデザインを妥協することもできない。じゃあ、どうすれば良い?


***


入社してから知ったのだが、担当作の定価を上手く調整することも単行本の編集者の仕事の一つだ。特にここ数年の紙の値上がりは大きく、少し油断すると1800円をサラッと超えてしまうため、原価を安く抑えることは以前よりも重要になっている。

私は、先に「定価を○○円以下に抑える」と決めた上で、その範囲でできるギリギリの仕様を考えるタイプで、それは『スターゲイザー』でも同様だった。今作の定価は、何度も述べてきたが1800円以下がマストだ。

定価を考えるにあたり、最も分かりやすい指標はページ数だろう。ページが増えるほど、使用する紙の量も増えるので値段は上がる。ページを減らすために、原稿そのものを減らすことも一つの選択肢だが、1ページ当たりの行数や文字数を多くすることも有効な策だ。

今作では若年層も読むことを踏まえて、ある程度緩く本文を組んだ方が良いだろうと考え、当初1ページ18行×42字を想定していた。しかし、そうすると372ページ程度になってしまい、単行本としてはやや長めになってしまう。これは金インクなどを使用しなくとも、1800円オーバーが十分考えられるページ数だった。


『スターゲイザー』本文組


そのため、1ページ当たりの行数と文字数を増やし、最終的には19行×43字に本文組を変更して入稿した。19行に増やしたとはいえ、行間は一般の単行本よりもやや広めに取るなど、読みやすさを重視した本文レイアウトになるよう気を配っている。結果、今作の総ページ数は336ページに。ページ数的には、1800円に収まりそうなラインに収まった。

だが、この時点での1800円に収まりそうなラインとは、「特に高価なインクとかを使わない一般的な書籍の作り方をして」という条件付きだ。「あらゆるパーツに金インクを使用して」という条件では、到底1800円に収まりそうにない。

そこで使った秘策が「見返しを思い切ってなくす」というものだった。お手元に文芸単行本がある方はぜひ実際に見てほしいのだが、表紙をめくると何も印刷されていない色付きの紙が1枚綴じられていないだろうか。この紙を「見返し」と呼び、表紙と本文を繋げて書籍全体の耐久性を上げる役割や、特徴的な紙を使用してデザイン的に上質感を持たせる役割などがある。

個人的には、ハードカバーであれば見返しがあった方がデザイン的にまとまりが良いと感じるのだけれど、今作のようなソフトカバーでの見返しはデザインによりけりな気がしている。『スターゲイザー』は、通常ならば見返しの次のページにあたる「化粧扉」のデザインが素晴らしく、表紙をめくってすぐに目に入るようにしたかった。


『スターゲイザー』化粧扉


こうして、弊社の作品としては珍しく見返しをなくす決断をした。上の写真を見ると分かるように、今作では表紙をめくると金インクのタイトルが印刷された化粧扉がドン!と現れる。なかなかインパクトのあるデザインで、個人的にはとても気に入っている。

それ以外にも、化粧扉は当初2色印刷の予定だったところを金1色印刷に変更していただいたり、本文用紙を比較的薄い紙にして価格を抑えたり(ついでに本を分厚く見せないようにする効果もある)と関係各所と相談し、随所で緻密な調整を加えていく。

そうして、最終的に決定した価格がこちら。



本体価、1750円!!!!

目標をクリアすることができた安堵で、本体価が決まった日はあまり仕事が手に付かなかった。「もし、税込2000円を超えてしまったら佐原さんに申し訳ない……」という思いが、価格調整中はずっと頭の片隅にある。だからこそ、『スターゲイザー』が無事に税込1000円台に収まって本当に良かった。

この価格を実現できたのは、原価を算出する部署や、資材搬入を担う部署の協力があってこそだった。どうしても出版社=編集者というイメージが強くなってしまうが、編集部以外にも多くの部署が出版社にはあり、一つでも欠ければ本が書店に並ぶことはない

こうして『スターゲイザー』はデザインにこだわりながらも、想定より価格を安く抑えることができ、理想のかたちで発売日を迎えることができたのだった。


発売翌日、感慨に浸りながら撮影


ここまで長々と編集の記録を書いてきたが、結局私がもっとも伝えたいのは「『スターゲイザー』はめちゃくちゃ面白いから、ありとあらゆる人に読んで欲しい」ということだ。そのために、デザイナーやイラストレーターの選定にこだわったし、できる範囲の宣伝はしてきた。この編集記も宣伝の一環だ。だから、ストレートに言えば、ここまで読んでくださった方は『スターゲイザー』を買ってほしい。絶対に後悔させないので、今すぐ。



この作品を手に取る自分と同世代が、一人でも増えますように。いまは小説を読む人が減っていると言われるけれど、ここに、こんなに面白い小説があるよ。その願いが、この記事を書いた理由のすべてだった。



終わりに

こうして無事に発売に至った、佐原ひかりさんの待望の新作『スターゲイザー』。今作は既に全国の書店に並びだしていますので、ぜひお近くの書店でお買い求めください。また、各ネット書店でのご購入は、以下のリンクより可能です。リンク先のページからは、今作の詳細なあらすじもお読みいただけます。

「でも、まだ購入するか迷っている……」という方もいらっしゃるかもしれません(もちろん私としては迷わず買ってほしいのですが)。そんなあなたに朗報です。『スターゲイザー』は第一話を丸ごとこのnoteで公開しています。これは超大盤振る舞いと言ってもまったく過言ではありません。

記事の中でも少しだけあらすじを述べましたが、第一話は「サマーマジック」という、リトルたちが主役のイベントを舞台にしています。主人公の透は、このイベント終えたときに何を思うのか。皆さんにも、彼らが織り成すステージの観客として、ぜひお楽しみいただきたい一作です

さらにさらに、『スターゲイザー』の刊行を記念して、渋谷の大盛堂書店さんで佐原さんのトークイベントが開催されます。日時は2024年10月2日(水)の18時30分からの予定です。定員は40名ですが、この記事を執筆した時点ではなんと残り2名になっていました。参加を希望される方は、ぜひ早めのお申し込みをお願いいたします。

イベントの参加には、以下のリンクより事前の予約が必要ですが、大盛堂書店さんで『スターゲイザー』をご購入いただくだけで、別途参加費は必要ありません。お時間のある方はぜひご参加ください。今作の執筆裏話を聞く貴重なチャンスです。また、これに関してはどうでも良いですが、私も佐原さんのお話の聞き手としてイベントに出る予定です。

さて、前回も前々回も10000字程度になってしまったので、今回こそは5000字程度で収めようと考えていたのですが、相変わらず私は文字数の管理が下手で、気づけばまた10000字を超えてしまいました。毎回ボリュームのある記事を最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

それでは、メジャーデビューを目指す6人のリトルの旅路を、どうぞ最後までお楽しみください。『スターゲイザー』を読み終えた方は、周辺の方に今作を布教しつつ、ぜひSNSなどで書籍名とあわせて感想をアップしていただけますと幸いです(物語後半のネタバレが無いと紹介しやすいので、とてもありがたいです)。皆さんと感想や推しを語り合える日を、心より楽しみにしております。


◉書誌情報
スターゲイザー
著者:佐原ひかり
2024年9月26日発売/1,925円(税込)
336ページ/四六判ソフトカバー
装画:うごんば 装丁:円と球
ISBN:978-4-08-771878-2

◉収録作
サマーマジック
夢のようには踊れない
愛は不可逆
楽園の魔法使い
掌中の星
スターゲイザー

◉著者略歴
佐原ひかり(さはら・ひかり)
1992年兵庫県生まれ。大阪大学文学部卒業。2017年「ままならないきみに」で第190回コバルト短編小説新人賞受賞。2019年「きみのゆくえに愛を手を」で第2回氷室冴子青春文学賞大賞を受賞し、2021年、同作を改題、加筆した『ブラザーズ・ブラジャー』で本格デビュー。他の著書に『ペーパー・リリイ』『人間みたいに生きている』『鳥と港』、共著に『スカートのアンソロジー』『嘘があふれた世界で』がある。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?