見出し画像

2000年生まれのド新人編集者、新人作家と本を出す

みなさま、はじめまして。集英社文芸書編集部で小説の編集をしています、髙橋と申します。2023年の4月に新卒で集英社に入社した、新人も新人の編集者です。担当している作家の皆さんには、「2000年生まれです」と積極的にお伝えすることで、平凡な名前を覚えてもらおうとしています。

さて、新人だとは言いつつも、入社してからはや11か月。遂に私も、ようやく一冊目の単行本を世に出すことができました。

それがこの本。



逢崎遊〈あいざきゆう〉さんの『正しき地図の裏側より』という小説です。

恐らくほとんどの方は、逢崎遊という名前の作家を知らないでしょう。それもそのはず。なぜなら、この作品は逢崎さんにとってのデビュー作だから。

私の編集者としてのデビュー作は、逢崎さんにとってのデビュー作でもありました。

「この作品、担当だからね」と編集長に言われた日、正直に言えばプレッシャーに押し潰されそうでした。これから飛び立つ作家の、大事な一冊目を預かることになるのが、自分で大丈夫なのか、と。

ただ、今はこの小説が、自分にとっての最初の本で良かったと心から思っています。このnoteは、2000年生まれのド新人編集者が、1998年生まれの新人作家とともに、ある物語を本という形にするまでの記録です。



新入社員、初打ち合わせで大改稿を依頼する

2023年9月某日、2時間以上にわたる長い長い議論の末、第36回小説すばる新人賞は二作の同時受賞が決まった。たしかに、この二作にはそれぞれにまったく異なるベクトルの強い魅力があった。

受賞した二作のうちの一作『我拶もん』は、江戸時代を舞台にした正統派の時代小説だ。デビュー作とは思えない高い筆力と魅力的なキャラクターは、時代小説に触れてこなかった人をもガッツリと引き込む力がある。こちらもとても面白い一気読み必至の作品なので、ぜひ多くの方に手に取っていただきたい。



そしてもう一作が『正しき地図の裏側より』だ。

小説すばる新人賞は、集英社が毎年行っている公募の新人賞だ。エンタメ作家を目指す方々から、沢山の物語が応募されてくる。私を含め、単行本の編集担当は、小説すばる新人賞の最終候補作が出揃った時点で作品を読み比べ、その中から担当したいと思った作品に名乗りを上げる。最終候補の三作にはいずれも魅力があるのだが(最終候補に残るということだけでとんでもなく凄い)、私は特に『正しき地図の裏側より』に惹かれていて、候補三作のうち担当するならこの作品だと編集長に伝えていた。

そして、『正しき地図の裏側より』は小説すばる新人賞を獲った。

「分かってるよね」

受賞作が決まった直後、編集長からそう声をかけられた。計1000編以上の応募作品から、幾度の選考を乗り越えてデビューに辿り着いた作品。その作品を、自分が本にするのだ。緊張と期待が入り混じった不思議な感情を、今でも強く覚えている。


***


受賞後、逢崎さんとの打ち合わせに備えて『正しき地図の裏側より』をもう一度読み返した。

本作は、高校生の主人公・耕一郎の成長を描いた長編小説だ。ただ、耕一郎の生活は高校生とは思えないほどに厳しい。

雪降る夜、無職の父に大切なお金を盗られていたと判明するシーンから物語は始まる。耕一郎がそのことを追及すると、父は耕一郎の想像を大きく超える衝撃の言葉を放つ。その瞬間、耕一郎は理性を失くし、父を殴り飛ばしてしまう――。

序盤のスピーディーな展開と心がざわつく緊迫感は、これまでに私が読んできたどの物語にも負けていない。一気に読者を引き込む力がこの小説にはあると、最終選考が行われる前に読み返したときも思っていた。

――父は、夜の闇の中で倒れたまま動かない。その様子を見て、とっさに逃走を決断した耕一郎は、翌朝の始発で故郷を去った。しかし、金も家も無い逃亡生活が苦しいのは明らかだった。逃走をしている身ゆえ、身分証明書は使えない。だからアルバイトもできない。仮に金が貯まったところで、家を借りることもできない。絶望感に襲われ、耕一郎は出頭を視野に入れるようになる。

絶望の中、最後の望みをかけて、公園の隅にあるホームレスの溜まり場に向かった耕一郎。そこで、男性に声をかけられる。

「……なに、訳あり?」

その一言が、耕一郎の人生を変えた。

皆さんにお伝えできるあらすじは、ここまで。耕一郎には、この先多くの出会いが待っている。出逢いそのものは、一期一会の運だけれど、その出逢いから次のステップへと進めるのは、耕一郎の人柄があってこそ。一見気難しいけれども大事なところでは優しくもある三浦さん、若い耕一郎を常に気にかける相葉のおっちゃんなどの、魅力的な登場人物たちに、私は一人の読者として惹き込まれてしまった。

既に魅力にあふれているこの物語を、どうすればさらに良くできるのか。読み終えた後も考え続けた。


***


逢崎さんと初顔合わせを兼ねた打ち合わせを行ったのは、受賞が決まってから1週間ほど経った頃だと記憶している。逢崎さんは私と2歳差、1998年生まれの25歳。小説家としてはかなり若く、入社1年目の私としては同年代を担当できることが嬉しかった。

そして、この打ち合わせで、私はかなり大規模な改稿を依頼した。

「え、さっきあんなに『魅力にあふれている』と言っていたのに?」

もちろん、魅力にあふれていることは間違いない。この物語には、沢山の魅力的な点がある。その魅力が、新人賞の受賞という結果を導いている。

一方で、選考会では「この点については、まだ伸ばせるのではないか」というような意見も挙がっていた。さらに、私がいち読者として読んだときに「もっと書いてほしい、あるいはもっと削ってほしい」と思うシーンもあった。物語の構造上の問題で、登場人物の輝きを濁らせてしまっていることが惜しかった。

その結果、私は入稿まで残り1か月というかなりタイトなスケジュールの中で、限界に近いレベルの改稿を依頼してしまったのである。

※入稿:ある程度完成し「これは売っていける!」となった原稿を、印刷所に渡すこと。

※改稿:出来上がった原稿を修正すること。

さらに追加すると、このとき「タイトルも変えましょう」と提案していた。実は、当初この物語には『正しき地図の裏側より』ではなく、『遡上(そじょう)の魚』というタイトルがついていた。……のだが、最終選考前の改稿によってラスト50ページほどの展開が丸ごと変わっており、タイトル回収のシーンもごっそり無くなったのだった。この状態でタイトルだけ変えないというのも色々と不自然だし、逢崎さんならもっといいタイトルが思い浮かぶはずだとも思っていた。

逢崎さんは、1年目の編集者で何の実績も無い私からの改稿依頼を、受け入れてくださった。それも、迷わずに。今思い返しても、こんなペーペーの編集者に色々と言われるのは嫌だったのではないかと思う。本当にありがとうございます……。


***


依頼から3週間後。逢崎さんから送られてきた改稿後の原稿は、私が想像していた何倍も魅力的なものだった。選考時点での原稿よりも、時間の流れをスッキリとさせて読みやすくしつつ、物語全体に緩やかな繋がりを持たせていた。耕一郎が一歩ずつ大人になっていく様子が、より胸に迫るものになった。

その物語についていたタイトルが『正しき地図の裏側より』。

パッと見て、いいタイトルだと感じた。何より「作中の年代ではまだスマートフォンが普及しておらず、新天地に辿り着いたらまず紙の地図を買うのではないか」という逢崎さんの発想が、私を含めた同年代のデジタルネイティブな人間にはなかなか無い着眼点で、目から鱗だった。

その発想を生かしてもらうため、物語の要所要所に地図の描写を加えてもらった。これもまた1週間という厳しめのスケジュールだったのだが、ここでも逢崎さんは更に良い原稿を仕上げてくださった。

そうして大きく進化した原稿を受け取ってからは、編集者の仕事だ。まずは入稿に向けてルビを振っていく。昨今はルビを勝手に振ってくれる便利なシステムがあるので、そのシステムに原稿を通す。その後で、必要に応じて固有名詞へルビを追加したり、間違って振られているルビを削除したりと調整を加えていく。

※ルビ:フリガナに用いる小さな活字のこと。

それが終わると、次は文字組を考える。1ページに何行入れるか、1行を何字にするか、フォントは何を使うか、行間はどれくらい空けるか……。実は、文字組で考えるべき項目は結構多い。原価を安く抑えられるページ数を念頭におきながら、最大限読みやすさを維持できるよう心掛けて組んでいく。

その指定も無事に終えると、いよいよ入稿となる。


初校は校正前の原稿のため、画像に一部モザイクをかけています


こちらが印刷所から出てきた「初校ゲラ」と呼ばれる段階の原稿。入稿すると、先ほどこちらで指定した通りに、印刷所が文字を組んでくれる。そうして整えられた原稿が初校ゲラで、この原稿が校正者にまわり校閲・校正が始まるのだ。つまり、しばらく『正しき地図の裏側より』の原稿は編集の手からは離れることに。

じゃあその間、編集はいったい何をしているのだろうか?



新入社員、装画を誰に依頼するか迷いに迷う

逢崎さんに大改稿を依頼している間に、私はカバーデザイン(この記事では装丁〈そうてい〉と呼びます)についても用意を進めていた。装丁は、本の第一印象を決める上で非常に重要な要素。多くの方に手に取っていただくためにも、その本のイメージに沿ったインパクトを与えられる装丁にしたかった。

装丁は、弊社と同じく神保町にあるブックデザイン事務所「アルビレオ」の、草苅さんに依頼した。アルビレオは、小説すばる新人賞を主催している弊社の文芸誌「小説すばる」のデザインほか、『二人キリ』や『ラブカは静かに弓を持つ』などの装丁を手掛けているブックデザイン事務所で、今作の装丁もご快諾いただけた。装丁の第一ステップは順調な滑り出しだ。


「小説すばる」もアルビレオのデザインです


だが、結論から言えば、第二ステップ「誰を装画に起用するか」で、かなり難航したのだった……。


***


逢崎さんとは、分かりやすいイラストや写真を使用するのは避けたいと話していた。

というのも、『正しき地図の裏側より』は主人公が流転するという特徴上、どこか特定の場所をイメージしたイラストや写真だと、イメージがストレートに伝わらない。

一方で、耕一郎という人物に焦点を合わせるのも、耕一郎のイメージを固定化させるような気がして避けたかった。作中では5年以上の月日が経つことになるし、その間で耕一郎は大きく成長していくからこそ、「これが耕一郎です」と1枚のイラストで伝えてしまうのは、違うような気がした。


では、どんな装画にすれば、皆さんに手に取ってもらえるようなインパクトを維持しつつも、作品の雰囲気に合った装丁になるのだろう?


草苅さんと私は互いに意見を出し合って、そのたびに「うーん……」と言い合った。なかなか、『正しき地図の裏側より』にしっくり来る作品が来ない。

10案くらい出して、段々とスケジュールがヤバくなっていることを自覚しつつも、妥協はしたくないなと思っていたある日の夜。Twitter(今はXと言うべきなのだが、長年Twitterで育ってきた自分はまったく慣れない)を眺めていると、ある絵が目に飛び込んできた。



一目見て、「これだ!!!」と思った。すぐに草苅さんと逢崎さんに連絡を取り、全員が「これだ!!!」となったところで、この絵画を描いている岡村芳樹さんにもメールでコンタクトを取る。

すると、すぐに編集部宛に電話がかかってきた。

「あ、画家の岡村芳樹です」

……あまりにも想定外。メールで返事をいただけると思っていたので、まさか電話で連絡が来るとは思っていなかった。「先ほど装画のご依頼をしました、髙橋です」と伝えると、

「小説の装画、してみたかったので嬉しいです!」

とのお言葉。この一言で、まだ装画の話が何か進んだわけでもないのに、感動してしまった。少し話をするだけで気づいたのだが、岡村さんの小説に対する知識量は圧倒的で、正直そこら辺の編集者よりもかなり詳しいと思う。そういう方に装画を依頼できたことは嬉しかったし、この時点で『正しき地図の裏側より』はいい本になるだろうなと、確信めいたものが生まれた。


***


後日、草苅さんと私は、東京・末広町にある岡村さんのアトリエに向かった。装画の打ち合わせをするためである。打ち合わせは順調に進み、「耕一郎が荒波の中で流転するイメージの絵を」とお願いした。

で、ここから驚きの展開が待ち受けていた。我々の目の前で、岡村さんはキャンバスを手に取ると、おもむろに青の絵の具を取り出して絵を描き始めたではないか。そして15分くらい我々と雑談を交わしながら、みるみるうちに絵を完成させていく。

その展開の早さに、語彙力を失くし見つめることしかできなかった私の前に、完成した1枚の絵が置かれた。それがこの作品。



あまりにも良すぎる。欲しい。自分の部屋に飾りたい。

……思わず私情が出てしまったが、それくらい良い絵なのだ。このイラストがカバーになることを考えると、思わずニンマリとしてしまうくらい良い。結局、岡村さんはこの絵を含めて3枚の絵を2時間程度でさらさらと描いてくださり、そのうち2枚をカバーに使用させていただくこととなった。

今回は装画の依頼という形で描いていただいたが、個人でも、同様の方法で岡村さんに絵を依頼することができる。興味を持たれた方は、ぜひ下のサイトから詳細をご覧ください。



***


2023年12月25日。

聖夜ながら出張で京都・四条河原町のホテルにいた私に、新着メールの通知がやってきた。開くと、そこには草苅さんから届いた装丁のラフがあった。


『正しき地図の裏側より』カバー・帯ラフ


自分の想像を大きく超える、白と青が基調の美しいカバーと、それとは対照的にダークな仕上がりの帯。インテリアとして家に飾っておきたくなるくらいお洒落なデザイン。本棚に差し込むと、背の右側半分だけ岡村さんの絵がチラッと見えるところも憎い演出だ。

だが、個人的に感動したのは、カバーを外した表紙のデザイン。わざわざカバーを捲って確認する読者は少ないと思われる表紙だが、実はここにもデザイナーによる意匠が施されているのだ。


『正しき地図の裏側より』表紙ラフ


灰色の紙に青で印刷をすることで生まれる、この深み。定価を安く抑えるため、表紙は原則的に一色印刷という非常に限られた制約がかかっている中、岡村さんの絵画のストロークを最大限生かしたデザインをご提案くださった、草苅さんのセンスに脱帽した。

そんなこんなで、『正しき地図の裏側より』の装丁デザインは無事に完成。草苅さんと岡村さんにご依頼することができて本当に良かったです。改めまして、ありがとうございました。



『正しき地図の裏側より』の253ページには、装丁と装画のクレジットを掲載している。実は、この絵画に岡村さんがつけた題は「遡上の魚」。元々、『正しき地図の裏側より』についていたタイトルだ。書籍の装画のために、油彩画を描き下ろしてもらえたこと、かつそこに洒落の利いたタイトルをつけてもらえたこと。こんなことは、なかなか無いと思う。『正しき地図の裏側より』の装丁ができるまでの流れは、私の心にも一生残り続けるのだろうと強く思った経験だった。



新入社員、小説すばる新人賞贈賞式で緊張する

少しだけ時間を前に戻して、2023年11月中旬、集英社出版四賞の贈賞式が、帝国ホテルで執り行われた。集英社出版四賞とは、「柴田錬三郎賞、すばる文学賞、小説すばる新人賞、開高健ノンフィクション賞」の総称で、柴田錬三郎賞以外の三賞はすべて公募の新人賞である。小説家やノンフィクション作家を目指しているという方は、ぜひ各賞への応募をご検討いただきたい。

贈賞式が執り行われる前、逢崎さんと合流した私は、帝国ホテル近くのカフェで初校の打ち合わせを行った。校閲から入った誤字・脱字・衍字などの確認事項を元にしつつ、物語の更なるブラッシュアップを図る。とにかく読みやすさを上げることを意識しながら、ラストの展開について最後まで話し合った。

「こんなところに来ることないので、緊張してますね」

打ち合わせ後、逢崎さんからはそんな言葉が漏れる。そんな逢崎さんをアテンドする方も入社1年目なので緊張しているのだが(他社のパーティーにも足を運んでいるが、入社1年目が一人で受賞者をアテンドするケースは終(つい)ぞ見たことがなかった)、緊張をしている場合ではないので、平静を装って会場に案内した。

もちろん私は贈賞式の間も緊張していたのだが、逢崎さんは緊張していると言いながら、贈賞式であり得ないほど堂々としたスピーチを披露していて、「マジかよ……」と思ったのはここだけの話である。


スピーチ中の逢崎さん


私も入社するまでまったく知らなかったのだが、文学賞の贈賞式では、贈賞式が行われた後に立食パーティーを催すケースがほとんどだ。各社の編集者は、そこで受賞者のもとへ挨拶にうかがい、名刺を渡して今後の仕事に繋げようとする。

さて、ここで個人的な目標があった。それは、逢崎さんに他社からの執筆依頼が舞い込むよう、策を仕掛けることだ。

「え、一社で独占できた方が、編集者としては嬉しくないの?」

と思う方も多いだろう。たしかに、自分の担当している作家が、ずっと弊社で書いてくれるのならそれはとても嬉しいことだし、担当作が重版したらさらに嬉しい。

……だが、新人作家は一社だけとのやり取りで終わるべきではないと、個人的には思う。

毎年、沢山の作家が商業デビューしていくが、そこからずっと生き残っていける作家は数少ない。その中で、逢崎さんには生き残ってほしい。そのためには、集英社以外の編集者に注目してもらうことがとにかく大事だ。逢崎さんには私以外との編集者と出会うことで、今後生まれる物語の可能性を広げてほしかった。

逢崎さんの前に、長い行列ができていく。逢崎さんと各編集者のやり取りを聞きながら、熱い感想を逢崎さんに伝えている編集者の名前を記憶する。この方々には、先に『正しき地図の裏側より』の原稿をすべて渡しておこう。原稿を読んだ編集者が、逢崎さんに声をかけてくれることを祈って。


***


今、この記録は『正しき地図の裏側より』発売日前に大焦りで書いているのだが、これを執筆している間も、逢崎さんへの小説やエッセイの執筆依頼が、私を経由する形で数件舞い込んでいた。

結果から言えば、自分が策を打ったところからも依頼は来たけれど、そうじゃないところからも同じくらい依頼は来ていた。つまり、別に私が変な仕掛けをしなくても、逢崎さんの実力と伸びしろは注目されていたということだ。

たしかに、逢崎さんのエッセイはどれも内容が面白い。特に「好書好日」で短期連載していたエッセイ「大好きだった」の第2回は、予想外の結末で衝撃を隠せなかった。逢崎さんが地元・沖縄に帰ったときの話なのだが、まさかこんな展開が待っているとは……。下にリンクを添付しておきますので、ぜひご一読を。



もちろん、逢崎さんには弊社でも書いてほしいのだけれど、逢崎さんは他社の編集者とどのような物語を生み出すのか。いち読者として、そちらも楽しみだ。



新入社員、いよいよ責了の瞬間を迎える

年が明け、2024年1月。

1日の午前中に、「あけましておめでとう」ツイートでさらっと『正しき地図の裏側より』の情報を初解禁し、このあたりからSNS上での宣伝活動を活発化させた。正直なところ、この宣伝活動がどれくらいの効果を生むのかは未知数だが、まあ無いよりはマシだろう。購買意欲に直接繋がらなくても、まず認識してもらうことが大事だ。

「集英社 文芸書編集部」のインスタグラムでは、これまでに投稿した『正しき地図の裏側より』関連のストーリーズをハイライトにまとめてあるので、わざわざ見てくださる心優しい方は下のリンクからご覧ください。


集英社 文芸書編集部 on Instagram: "【本日発売です】 第36回小説すばる新人賞受賞 逢崎遊さんデビュー作『正しき地図の裏側より』 【内容紹介】 定時制高校に通いながら無職の父に代わり働く耕一郎は、ある冬、苦労して貯めた八万円が無くなっていたことに気づく。 このことを父に問い質すと、父は金を使ったことを悪びれもせずに認めた上、予想を超える衝撃の言葉を言い放った。 衝動的に父を殴り飛ばした耕一郎は、雪の中に倒れた父を放置して故郷を逃げるように去る。 しかし、僅かな所持金は瞬く間に減り、逃亡生活は厳しくなる一方。 遂に金が底をつき、すべてを諦めようとしたそのとき、 「……なに、訳あり?」 公園の隅、小さなホームレスの溜まり場から、ひとつの手が差し伸べられる。 出会いと別れを繰り返し、残酷な現実を乗り越えた先、故郷へと帰る決意を固めた耕一郎を待ち受けていたものは──。 社会から切り離される圧倒的な絶望と、心と心が深く繋がるやさしさを描いた、25歳の若き著者による感動のデビュー作。 📕 装画は #岡村芳樹 さん「遡上の魚」 装丁は #アルビレオ #逢崎遊 #正しき地図の裏側より #小説すばる新人賞 #読書 #本が好き ⁡#読書好きな人と繋がりたい #集英社 #bookstagram" 113 likes, 0 comments - shueisha_bungeisho on February 26, 20 www.instagram.com


年明けの業務が始まると、早速本文の再校ゲラが逢崎さんから戻ってきた。ここから原稿は著者の手を離れ、本文や奥付、さらには帯などに誤字が無いかなどを確認する最終段階になる。同時にカバー類もいよいよ入稿。本づくりも終盤だ。これ以降、カバー類については実際の本と同じ紙で刷り上がってくる。

※再校:初校の修正を反映したゲラのこと。基本的に書籍では再校・三校、辞書などでは更に四校・五校などと、何度か繰り返して確認を行い誤字が発生することを防ぐ。

印刷所にカバー類の入稿データを預けて数日、出版関係の会社か郵便局に勤めていないと見なそうな巨大サイズの封筒が私のもとに届いた。


手前のスマホと比べてもやたら大きい


開封すると、中から出てきたのは……。



これが、カバーや帯の色校……!

※色校 実際に発売される本と同じ用紙に印刷し、意図通りの色味が出ているか確認するための校正紙のこと。


『正しき地図の裏側より』カバー色校


当たり前だが、編集部のプリンターでコピー用紙に印刷していたものとは、まったく違う印象だった。たとえばこのカバー。カバーは「ミニッツGA プラチナホワイト」という種類の特殊紙を使用している。実際に触ってみると分かるのだが、「ミニッツGA」は、いわゆるキャンバス地っぽい質感が特徴の紙で、そこに岡村さんの油彩画を印刷しているのだからもちろん相性がすこぶる良い。


『正しき地図の裏側より』化粧扉色校


そして、この紙! これは、表紙を開いて見返しをめくると現れる、単行本でしかお目にかかれないパーツ「化粧扉」だ(文庫本には化粧扉は無い)。まだ裁断前なので一枚の大きな紙だが、この後に本のサイズに分割して、一枚ずつ『正しき地図の裏側より』に挟み込んでいく。

『正しき地図の裏側より』の化粧扉には「まんだら」という、和紙のような雰囲気を持つ特殊紙を使用している。これもまた、物語が始まる前の緊張感と高揚感を良い具合に醸し出してくれる。触り心地が最高なので、ご購入された方はまずここに注目していただきたい。

これらを草苅さんや岡村さんと一通り確認して、色味がOKとなったら、赤字で「責了」と大きく書きこみ、印刷所にお戻しする。「責了」とは「責任校了」の略で、すなわち、すべての確認を終え、編集が責任をもってGOサインを出しましたということ。この瞬間、『正しき地図の裏側より』の発売に向け、印刷会社や製本会社、さらにその先の流通を担う取次会社の皆さんが本格的に動き出すのだ。

本文についても、編集長OKが出たところで、いよいよ最終確認へ。恐ろしいことだが、最後まで誤字が出るときは出る。実際、『正しき地図の裏側より』もこのタイミングで1か所誤字が見つかった。社内の校閲担当者と丁寧に確認し合い、こちらも遂に責了の瞬間がやってきた。



編集部にひっそりと置かれているこのハンコを押して……。



「文芸書編集部責了!!」


***


月日は流れ、2024年2月15日。

『正しき地図の裏側より』発売まで残り約10日。編集部宛に送られてきた大量の四角い何か。



包装紙をペりぺりと剥がすと……。



完成見本が登場!

一冊の本として仕上がった『正しき地図の裏側より』を手にするのは、どんな感動にも代えがたいものだった。ここまで長かった……。だけれど、めっちゃ楽しかった……。関係各所への発送リストをまとめつつ、そんなことをしみじみと思っている私がいた。この本が、全国の書店に並ぶのか……と考えても、まだ実感が湧かない。

それでも、どうか、この物語が多くの方に届きますように。

そう願って、この本を送り出した。



最後に

ここまで皆さんには、2000年生まれのド新人編集者が、一冊の本を作る過程をお読みいただきました。

すごく正直に話しますと、いまどき小説の単行本を新刊で買う同世代はかなり少ないのではないかと思います。小説以外にも娯楽の選択肢は沢山ありますし、金銭的なことを考えても音楽や映像のサブスクは魅力的です。そもそもの話、小説を買うとしても、上下巻で分割されるような形でなければ文庫本の方が明らかに安いです。

でも、単行本が欲しいなぁと思う瞬間も時々訪れるかもしれません。たとえば、自分の友人に強く薦められたとき。自分の「推し」が出る映画の原作を読んでみたいとなったとき。その本がまだ単行本しか出ていないというケースもきっとあるでしょう。

そうして、ひょんなことから気になる作品が現れたとき、ぜひ近くの書店に足を運んでみてください。書店は、「普段本を読まない人お断り」といった高尚な場所ではありません。書店の棚を見てみると、なんかやたら沢山置かれている本があったりします。その本は、おそらくその書店が全力で推している本です。その中から、何となく手に取りたくなった本は、きっとあなたと相性が良い本でしょう。年に1回くらいは(もちろん年に100回でも大歓迎なのですが)元々は買う予定ではなかった本を、「えいやっ」と買ってみるのもオススメです。

もちろん、近くに書店が無いというところにお住まいの方も多いかと思います。私もそうした土地で生活していた経験があります。そういう時は、本屋大賞の候補作から、「えいやっ」とネット書店で買ってみるのが個人的なオススメです。ちょうど今年の本屋大賞候補作も公開されていますので、この中から惹かれた作品を買ってみるのはいかがでしょうか。



ですが、今皆さんに買っていただきたいのは『正しき地図の裏側より』一択です。魅力的な人物造形、高いリーダビリティ、めまぐるしくもあなたを置いてきぼりにしない展開、まったく新人とは思えません。購入したら、隅々のデザインにまで注目してください。最後まで読んでからもう一度カバーや表紙を見ていただくと、また違った感想が出てくるかと思います。こだわりの詰まった一冊の本としての存在感は、単行本にしかない魅力です。

お近くに書店があるよという方は、ぜひそちらでご購入を。お近くに書店が無いよという方は、下に各ネット書店へと飛べるリンクを添付しますのでこちらからご購入ください。



それでは、一人でも多くの方が『正しき地図の裏側より』という物語に出会い、互いに物語の感想を語り合える未来があることを祈って、この文章を終えようと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。


どうか、この物語が多くの方に届きますように。

いいなと思ったら応援しよう!