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2020年7月の記事一覧

小説 ムジカ~合唱①

小説 ムジカ~合唱①

家の掃除は大掛かりなものになった。単に掃除機をかけ、埃を取るだけのはずが、不要になった品物が出てきたが為に、家中をひっくり返すことになってしまったのだ。ある物はゴミとして捨てることにし、またある物はフリマアプリで売ることにした。収入源が途絶えた中で、不要な物が売れれば、お金を得ることができる。
「さらに何かないか」
と、寝室のクローゼットの奥を漁っていたら、段ボール箱が出てきた。不要な物かと期待を

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小説 ムジカ~不安定な生活②

 しばらく、打ちひしがれていると、遠くで携帯の着信音が聞こえた。携帯は二階に置いてあるので、慌てて取りに行った。段々と大きくなっていく着信音、しかし程なくして音は止んでしまった。着信履歴を見ると、「武藤泰輔」と表記されている。学生時代の友人だ。昨年の秋に黒瀬という共通の友人の結婚式で顔を合わせて以来だから、三か月くらいぶりに連絡を取ってきたことになる。割と連絡を取ってくれる友人だが、最近は一人で遊

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小説 ムジカ~不安定な生活①

小説 ムジカ~不安定な生活①

 自宅に戻ったら、やろうと思っていたことがあった。自分の家の掃除だ。仕事を休んでいる間、やることもないので、調子のいい時は家中を掃除している。汚れを消し去りたいという思いが強いが、汚れ以上に己の過去を消し去りたい。


 長い一週間だった。ここ数日の騒動で嫌いになってしまった金曜日を何とかやり過ごし、帰宅した自宅はビールの空き缶がテーブルの上に散乱していて、目も当てられない状態だった。勿論、誰が

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小説 ムジカ~不毛な時間①

小説 ムジカ~不毛な時間①

 天を仰ぎ見ると、雲一つない青空が広がっていた。私の胸の内を全く反映していない天気に、思わず笑ってしまいそうになる。
「また、散らかった家に帰るのか……」
 そう呟くと、心に掛かった雲がどんどん分厚くなっていく。近所の薬局で処方してもらった薬を持って、川べりの堤防道路までやってきたときには軽く汗をかいていた。流れる汗をぬぐいながら、私はあの日のことを思い返していた。忌むべき日であるのだが。


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小説 ムジカ~不毛な時間②

小説 ムジカ~不毛な時間②

 気が付いたら、昼になっていた。時刻は一二時一五分、空腹で目が覚めた。ようやくソファから起き上がり、昼食に相応しい食べ物を求めて、キッチンを漁り始めた。袋麺が見つかったので、袋を開けて、鍋にミネラルウオーターを入れる。ガスの火で沸騰させて、麺を入れた。放心状態の私でもできる、最低限の家事だ。
 それにしても、美穂子は帰ってこない。しばらく経ったら、帰ってくるだろうと車で三〇分くらいのところにある彼

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小説 ムジカ〜不毛な時間③

夜が白々と明け始めた。仕事へ行かなきゃと私は慌てて時計を見た。SUNのスペル、日曜日だった。ホッとしたと同時に一睡もできなかった自分自身に言いようのない憐れみを感じた。もう一度、ベッドに横になって昼過ぎまで寝ようと試みる。しかし、目が冴えて眠れないその間にこれまでの不妊治療の経緯を思い出していた。

 職場結婚して三年、当初は二人とも子どもはいつでも構わないとのんびり構えていたが、昨年あたりから、

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小説 フルマラソンはじめました

小説 フルマラソンはじめました

駿はスタート地点に立って、物思いに耽る。11月の淀川河川敷は肌寒く、半袖で走るには厳しいコンディションのように思われた。しかし、走れば暖かくなるだろうと思っていた。またそれ以上に気合を入れる為に、敢えて半袖、短パン姿でレースに臨んだ。彼は普段、体育会系にありがちな精神論を心底軽蔑していた。ところが、いざ初のフルマラソンを迎えると、掌を返すかの如く、根性に依存している。

周りを見渡すと、友だち同士

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小説 ありふれた罠②

小説 ありふれた罠②

 妻が出て行ってから、4日が過ぎた。そのうち、帰ってくるだろうと高を括っていたが、どうやらそういうことでもないらしい。本当に1週間帰ってこないのだろうか?そんなことを考えていると、携帯の着信音が鳴った。ディスプレイには義父の名前が表示されている。

「もしもし、大輔君か?」
「もしもし、はいそうです。すみません、美咲がお世話になってます」
「いやいや、いいんだよ。それよりも今度の土曜日は空いてるか

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小説 ありふれた罠①

小説 ありふれた罠①

 今日も晴れているのがよく分かる。カーテンから漏れる光はとても眩しかった。私はベッドから体をよじらせて、起き上がる。カーテンを開けると、眩しい光は私を包み込んでくれるようだ。

 気分よくスマホをチェックすると、今までの明るい光は黒雲に遮られ、私の周りを闇が覆った。LINEにメッセージがあったのだ。メッセージの相手は私の夫である。

「チッ、またLINE来てたよ」

 思わず舌打ちをしてしまう。学

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