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小説

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小説まとめです
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#短編

【小説】いずれも の 焼き芋

いずれも

   焼き芋

 真昼の白い光が、理科室の窓辺に差しこむ。まだ暖房が入る寒さではないため、薄ら寒い教室を温める眩しい熱に目を細め、今高涼夜は眠気と戦っていた。
 黒板を滑るチョークの音。昼食済みの午後の眠気。少し掠れた、低い気怠げな先生の声。なんと睡眠に適した環境だろう。
 少し走って目を覚ましたい。無意識のうちに足をばたつかせ、涼夜の意識は次第に一〇〇メートルのコースを走る。
 もっ

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【小説】迷彩

 渡り廊下に続く扉を開けると、熱気が身体にまとわりついた。夏の日差しはあまりにも強く、今日の最高気温は今週で一番高い。肌に湧く汗は気にしても消えるわけではない。そもそも、考えることも嫌になる、この暑さなのだ。
 蝉の声は少ないが、渡り廊下は中庭の木々に囲まれている。すぐそばでアブラゼミが、力の限り鳴いていた。
 一体あの小さい体躯のどこをどう振るわせれば、こんな声が出るのだろう。
 竹町英司は本を

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【小説】殻箱

 目が覚める時は、いつも深夜だ。
 キッチンのテーブルに突っ伏したまま、薄暗い部屋を瞬きもせずに見つめる。時計の音がうるさい。振り子時計がいい、ときみが言って、アンティークショップで買ったものが、夜中の二時を告げた。
 最近はよく、眠れていない。
 首を少し上げると、倒れた缶ビールといくつか開いた睡眠薬が入っていた空の包装が、ピントの合わないままそこにある。
 それのすぐ向こうに、小さな紺色の箱が

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【小説】PIP

 ベランダに出ると、もう日が傾いていた。薄暗い青が空に広がっている。何だかんだ見慣れた景色だが、改めて眺めると感慨深い。煙草を一本雑に取り出し、比住慶太郎は考えた。

 重たい黒髪を煙とともに吹き上げ、少し蒸した風に乗せる。

「なあ、煙草の箱増えてない」

 ガラス戸を開け、同居人の由井要が額の汗を手の甲で拭きながら顔を覗かせた。

 明るい髪色をした、すっきりとした好青年というような印象を持つ

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シェイプシフター

 ただ踏むだけの地面を大理石にする理由がわからない。汚したくないのなら、汚れてもいいのなら、高級な床などなければいい。
 草壁智はヘラを握りながら、ロビーの大理石の床に目を落としていた。ぼけた薄青の作業着に身を包み、光を宿さない目をした青年は、人が行き交うのに何故、自分が掃除をしているのかを考えた。
 高層ビルの中に存在するオフィスに行くために、スーツ姿や、オフィスカジュアルの人間が次々ゲートに吸

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星の箱

星の箱

 箱をこじ開けると、悪魔が飛び出た。
 星雲とブラックホールを混ぜ合わせたような靄は響く笑い声とともに渦を巻き、ヒトの形を成していく。掌に乗るほど小さな箱の上に、先の尖った靴が揃えて乗った。重さがまるでない。ホログラムでないのなら、悪魔だ、と青年は思った。
「眩しい!」
 細身ので長身すぎる、真っ黒な服に身を包んだ男は、近すぎる照明に退いた。
「箱を地面に置くかなにかしてくれないか」

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風の街

風の街

 むかしむかし、あるところに少年がおりました。
 そこは寂れた場所で、見えるものといえば風化した白い壁、屋根のない家、誰もいない通り道、死にたくなるような青空だけでした。
 その街はなにもなく開けた場所でしたが、風は吹き抜けませんでした。
 少年は毎日、ぼろぼろになった壁の縁に座り、雲のない空を見上げていました。うっすらとでも雲が見えれば、風が吹いているかどうかを見定めることができるか

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【小説】最後のステラ

【小説】最後のステラ

最後のステラ

 星は、歌っているらしい。
 ただそれは、人間には聞こえないヘルツで発されている。音楽、と言う概念を商売にしている唯一の動物に聞こえないなんて、皮肉だな、と思う。犬や猫、人間以外には聞こえているのではないだろうか。そう疑う。
 星の歌はきっと、強くて、光のようにツンとして、それから柔らかくなって届く。そんな響きを持っている。もしも聞こえたのなら、彼女のような声だろう。
 ぼくた

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【小説】山羊と悪魔

山羊と悪魔

 夕方前だというのに、閉めたカーテンの向こう側からは光がなく、菜穂の部屋は薄暗かった。雨音に混じり遠雷が聞こえる。
 菜穂はスマートフォンに映画を映し、ベッドの上で仰向けになっていた。腕が疲れて、右腕を下にし、横を向く。悪魔祓いのスプラッタは、雨の日には丁度いい。
 今日は水曜日だった。菜穂にはズル休みだというような罪悪感はなく、ひたすら魂が抜けたような状態で、学校に足を運ぶ気に

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【小説】ghost

ghost

 バケツをひっくり返したような雨とは、このような天気をいうのだ。打たれれば細い棒で叩かれたような軽い痛みがある、質量のある雨の槍が、スクランブル交差点に降り注いでいる。雨の飛沫がもやのように立ち上がり、路面を白く染めている。
 局所的な雨のようで、SNSに流れてくる遠巻きから見たこの区域は、柱が立ったような雨の影が見える。なるほど、これはバケツだと彼は思った。今自分は、そのバケツ

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ラピスラズリと二重星【過去作】

ラピスラズリと二重星

 彼がまばたきをした時、すぐに違和感を覚えた。
 左の瞳は宇宙だった。濃紺に散らばる星屑が、渦を巻いて輝いている。将太はそう感じた。思わず身を乗り出して、照れてはにかむ転校生を見つめた。
 クロシマセイですと澄んだ声で、教壇の前の彼は言った。彼の後ろでは先生が、きっちりとした文字で『黒島 星』と白いチョークで書いた。大人びた顔と、透けるような白い肌に、色素の薄い髪が、儚さを

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悪の味方は正義を殺す

 街は荒廃していく。
 怪人の破壊行為に対する修復は日に日に間に合わなくなっていき、支援物資の供給も少なく、住める場所は制限されていった。
 唯一の希望と言える魔法少女ルミネは、ただ一人、瓦礫の中で立ち上がる。目の前の怪人クモウを倒すため。
 ルミネと同じくらいの年齢に見えるクモウは、人間とは明らかに違う凶悪な節足を持っている。黒く尖る八つの足を自在に操り、彼は一歩も動かず、ルミネを、街を、傷つけ

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てぶくろ

「もう一回言って。ひと」
 彼女は編み物をしながら言う。なかなか答えないでいると、ちらりと視線だけを寄越される。むっとつぐんだ口を動かし、ため息をつく。
「しと」
 ふふ、と彼女は笑う。
「江戸っ子ってほんとうにひ、がし、になるのね」
「もういい? 満足した?」
 うんざりした声に、彼女はますます上機嫌になった。もう編み物の手は止まりつつある。膝に編みかけの赤い手袋を置き、ぱっと顔を上げる。
「コ

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夜は静かなばかり

 その日は極寒で、東北在住であるのは仕方ないとあきらめていたけれど、さすがにマイナス十度なんて聞いてない、という気持ちで帰宅した。誰も待っていないアパートの中はとても冷えていて、ちょっとした冷蔵庫だった。私はブーツの雪をはらって、床の上に足を置いた。ストッキング越しの床はありえんほど冷えていて、あ、張り付いた、と錯覚するくらいの痛みがつま先に走った。廊下をつま先立ちで駆け抜け、リビングのありとあら

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