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古代エジプト展 天地創造の神話 作品解説


江戸東京博物館 特別展「国立ベルリン・エジプト博物館所蔵 古代エジプト展 天地創造の神話」。現在、東京で開催されている大規模な古代エジプト展で、ドイツのベルリン・エジプト博物館の名品が展示されている。

ドイツは古くから考古学研究に深い関心を寄せており、トロイアを発掘したシュリーマンもドイツ人である。キリストの聖遺物を探し求めたナチスのヒトラーもドイツ人であり、彼は古代ギリシア文明にも深い関心を寄せ、『イリアス』の特装カバー本をつくらせている。また、ドイツはレプシウス等の優秀なエジプト考古者を輩出している。現在、エジプトにある高級ホテルがドイツ運営下であるのは、ドイツでエジプト考古学が古くから発展しており、学者たちが滞在する拠点として頻繁に利用されていたことによる。

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今回は展示内で特に印象的だったものを紹介していく。古代エジプト人の独創的な造形美は何度観ても胸を打たれるもので、いつも新しい気持ちで接することができる。

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ローマ支配時代のミイラマスク。黄金の肉体を持つ神を模倣し、顔面が塗金されている。神々が鎮座する下部でアヌビスが向かい合うように座り、ウラエウス、ウジャト、トトらも描かれている。

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同マスクの背面にはヌウト、ホルス、オシリス、イシスが描かれている。ヌウトは巨大な翼を広げ、手には真実の羽を握っている。ホルスは父オシリスと母イシスに挨拶をしながら、聖水を捧げている。また、彼らの傍にエジプト・ヒエログリフで「ホルスによる言葉」「オシリスによる言葉」と記されている。

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第3中間期のカルトナージュ棺。エジプト・ヒエログリフによるコフィン・テキストから、ネスコンスパァケレドという女性の被葬者ために捧げられた棺だったことが分かる。カルトナージュは亜麻布を漆喰で層状に固めたものを指し、貴重で高価なレバノンスギ及びシカモアイチジクの代替品として普及した。

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タイレトカプという女性の名が繰り返し記されており、彼女のための棺であることが分かる。コンフィン・テキストのオシリスのサインにネチェルが使用されているため、年代は第3中間期後期及び末期王朝時代と判別できる。内側までびっしりとエジプト・ヒエログリフが綴られており、生への執着を感じる。

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第3中間期 第22王朝 タケロト1世の治世のカノプス壺。被葬者の臓器を収納した容器で、肺、胃、肝臓、腸を収めた。原則4つでワンセットであり、神の頭部を模している。ホルスの息子たちの姿で、ハヤブサのケベフセヌエフ、ジャッカルのドゥアムトエフ、ヒヒのハピ、人間のイムセティと個々に名を持つ。

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ローマ支配時代のミイラの覆い布。中央にオシリスが描かれており、その周囲には古代エジプトの死生観が描かれている。注目すべきは、死者の冥界での裁判『死者の書 第125章』の様子が挿絵で表されている。アヌビスが死者を真理の間に案内し、怪物アメミトに食らわせる罪人か、オシリスと審議している。

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新王国時代 第18王朝のステラ。ウプアウトメスという人物に捧げられたもので、生前の彼の職業が王の書記官だったことが記されている。ウプアウトはアヌビスに習合されたジャッカルの男神で、同じく葬儀を司った。「メス」は「生まれる」の意で、被葬者の名は「ウプアウトより生まれし者」を意味する。

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カァメスのステラ。上段ではシカモア・イチジクの樹木の精霊らがオシリス、イシス、ホルスの親子、そして、ネフティスにスイレン、聖水、シカモア・イチジクの実でつくったお菓子を捧げている。人々は供物を神に捧げる見返りに死後の永遠の生命を願った。下段では葬儀に参列する人々が挨拶をしている。

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ファラオの書記ホリのステラ。彼は新王国時代第20王朝のラメセス8世に仕えた書記だった。二国の王、上下エジプトの王、太陽神ラーの息子、ラーの如く永遠に生きる者等、自身が仕えた君主ラメセスの称号を何度も列挙し称えている。上段にはエジプトの大神たちが並び、下段では家臣が祈りを捧げている。

ちなみに、太陽神ラーは慣例的に「ラー」と長母音で表記されるが、「R‛」の「‛」は弱母音のため「ラ」と発音される。トトメスという王名もギリシア語とエジプト語が混ざる現象が起きている。エジプト名に統一するなら「ジェフティメス」と表記する。だが、トトメスで既に浸透しているため、この名で通っている。

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古王国時代 第5〜6王朝のサッカラ出土の偽扉。偽扉とは地下墳墓に設置された宗教装置の一種で、死者はこの扉から墳墓の内外に行き来できた。偽扉という名の通り、実際に開閉する機能は備えていない。エジプト・ヒエログリフからクイトエンプタハという人物に捧げられたものであることが分かる。

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ハトシェプスト女王の胸像。新王国時代 第18王朝の作。巨大な胸像で、当時の彩色が残る優れた状態。ハトシェプストは女性のファラオだったが、エジプト学研究の初期では男性と思われていた。古代エジプト文字の解読が進むと、決定詞に女性形が一貫して使用されていることが分かり、性別が特定された。

ハトシェプストが被る頭巾はネメス帽と呼ばれ、エジプトで古くから存在する王族の伝統衣装である。黄と青の縞模様は、黄金とラピスラズリをイメージしている。エジプトの神々は黄金の肉体を持ち、髪は青くラピスラズリでできていると信じられた。それゆえ、ネメス帽は王が神であることを象徴している。

ネメス帽にはウラエウスが飾られている。これを便宜上、蛇形記章と呼ぶ。ウラエウスは古代エジプトの蛇の神で、口から放つ灼熱の炎で王の敵を葬るとされた。脱皮する蛇の性質に再生と永遠性を感じ取った古代エジプト人は、蛇を神獣として扱った。猛毒を持ち、大型の動物でも葬る強さへの憧れもあった。

古代エジプトでは時折、女性のファラオが王国を統治した。ハトシェプストもその一人で、彼女は極めて有能なファラオだった。スーダンないしエチオピアに存在したプントを制圧し、大量の黄金や香料をエジプトにもたらした。この功績により潤沢な資金を得た王国はトトメス3世の治世に最大領域を迎えた。

エジプトの有能な女性ファラオと言えば、クレオパトラ7世も挙げられる。彼女は古代地中海諸国の中で大国ローマと渡り合うことができた唯一の人物だった。ローマと同盟国関係であり続けたのはエジプトだけだった。だが、クレオパトラの政治手腕に完全に頼るもので、彼女の他界と共に属州に併合された。

ローマ帝国で女性の皇帝は一人も存在しない。幼少の息子を帝位に付け、実権を握る者は存在しても、女性でアウグストゥスの称号を得て、帝国を統治した者は誰もいない。形式上は男性が常に帝位に付き、皇帝として君臨した。また、ローマ皇帝はクレオパトラ7世亡き後、エジプトのファラオを兼任した。

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その造形様式からアマルナ時代の彫像と一目で分かる。滑らかな線が特徴的で、新王国時代第18王朝のアクエンアテンの治世にのみ見られる。王妃ネフェルトイティあるいは王女メリトアテンを表していると考えられる。ネフェルトイティは「美女の訪れ」、メリトアテンは「アテンに愛されし者」の意。

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獅子の頭部を持つ女神セクメトの石製座像。玉座に刻印されたエジプト・ヒエログリフは、本作が新王国時代 第18王朝 アメンヘテプ3世の治世に製作されたもので、セクメトの姿を表していることを明示している。ルクソールのカルナク神殿から出土したセクメト像のひとつで、状態の優れた貴重な考古遺物。

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最後に本展示では紹介されていないが、古代エジプトといえばやはりピラミッドであるので、クフの大ピラミッドについて少し述べおく。

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クフ王の大ピラミッド。古王国時代第4王朝にメレルという名の現場監督らの指揮下で、約26年かけて建造された王墓。ギザから約200km離れたトゥーラの石切り場からブロックをナイル川経由で運搬し、建設が行われた。エジプトを代表する建築物で、感銘した古代ローマ人はピラミッドを模倣して墓を造った。

古代ローマの帝政初期に執政官を務めたガイウス・ケスティウス・エプロは、ヌビア式の傾斜角でピラミッドを建造し、自身の墓とした。巨大な墓であるため、軍人皇帝時代のアウレリアヌスの治世には城壁の一部として利用された。エジプトの歴史は古く、古代ローマ人にとってはエジプトが古代文明だった。

ピラミッドの建設期間は、現場監督メレルが記した日誌から割り出せる。古代ギリシアの歴史家ヘロドトスは、ピラミッドが約20年かけて建造されたと記録している。口承で伝えられてきたピラミッドの建造期間がおおよそ正しかったことになる。ヘロドトスは、ピラミッドの建設から約2000年後の人間である。

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エジプトの考古遺物は、そのほとんどが墳墓から出土した副葬品である。それゆえ、当時の宗教観を示したものが多い。また、こうした考古遺物を遺すことができたのは、王侯貴族を始めとするエリートたちだった。古代エジプト人の全てがミイラとなり、多くの副葬品に恵まれて埋葬されていたわけではない。むしろ、現在のエジプトに対するイメージは、特権階級に属した一握りの人間たちのものであり、大多数を占めた庶民のものとは大きく異なる点に注意したい。

古代エジプトの考古遺物は、毎年のように発見されている。昨年は特に豊作で、サッカラのネクロポリス(集合墓)から100基以上の棺が見つかった。年代は末期王朝時代のもので、古代エジプトの長い歴史から見れば新しいものではあるが、それでも2500年以上前の考古遺物である。発見された棺は保存状態が非常に良く、彩色は昨日つくったかのように鮮やかなものばかりである。そして、今後の新たな発見に世界中が注目している。最先端の研究により、古代エジプト文明は多くのことが分かってきている。それでも、まだ解けていない謎も残されている。古代文明は、いにしえの先祖が今を生きる私たちに残した最大のミステリーであり、飽くことのない極上の楽しみである。


Shelk 詩瑠久🦋

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