バアル_アヌ_ダタメス

アンティークコインの世界 〜コインから紐解くオリエント神話の世界〜

図柄表:葡萄を手にして玉座に座す嵐神バアル
図柄裏:神殿内で対話する天空神アナとダタメス総督
発行地:アケメネス朝ペルシア帝国キリキア属州タルソス造幣所
発行年:前370年頃
銘文表:B'LTRZ
銘文裏:TRDMW
額 面:スターテル
材 質:銀
直 径:25.0 mm
重 量:10.1 g
分 類:Sear-5646; Nelson-54; BMC-Greek35/6

【推論】

表面にカナンを中心に信仰されたウガリット神話の主神バアルが描かれている。彼は玉座に座し、右手に王笏、左手にブドウを持っている。背後には祭壇がある。また、アラム文字で「タルソスのバアル」と刻印されている。

裏面にはアヌ神殿内で対話する裸のアヌとペルシアの総督ダタメスが表されている。アヌはバビロニア神話『エヌマ・エリシュ』によれば、神々の王であり、天空を司る男神とされる。天罰を下す能力があり、暴君ギルガメシュを抹殺するためエンキドゥを召喚した。ダタメスはペルシア帝国の王に仕える護衛官だったが、後にシリアのカッパドキア総督となる。アヌとダタメスの間には祭壇が描かれ、アラム文字で「ダタメス」と刻印されている。アヌはダタメスを指差し、ダタメスは自身を指さしてる。この構図が何を表しているかは謎だが、アヌがダタメスを統治者として指名する様子を表しているのではないか。ダタメスは自分を指差し、「この私が?」と言っているように見える。物語のワンシーンのような興味深い一枚。発行者ダタメスは、自身が神に選ばれた者であることを民に強調するため、このようなデザインを採用したのだろう。

【コインから紐解く神話世界】
ギルガメシュは古代メソポタミアの都市ウルクの王だったが、暴君だったため、人々は天空を司る神々の王アヌに状況の改善を懇願した。人々の願いを聞き入れたアヌは粘土板からエンキドゥを創造し、ギルガメシュの抹殺を命じる。だが、激しい戦いの中で両者にはお互いへの尊敬心が生まれる。結果、彼らは和解を果たし、親友となる。その後二人は、レバノンスギの森に潜む怪物フンババ退治の旅に出る。退治に成功し、二人はさらに友情を深めていく。そんなある日、女神イシュタルはギルガメシュの強さに惚れ込み、彼に求婚する。しかし、ギルガメシュはこれを断固拒否した。プライドを傷つけられたイシュタルは怒り、天空の牡牛グガランナを召喚する。エンキドゥは、フラれた腹いせにギルガメシュを襲ったイシュタルが許せず、グガランナの死体を引き裂くと、その肉片をイシュタルの顔面に投げつけ、罵声を放った。だが、相手が悪かった。イシュタルは、神々の序列の中でも最上位に君臨する女神だった。エンキドゥのこの神を侮辱した挑発的な行いが神々の怒りを買い、彼は呪われてしまう。エンキドゥは呪いによって12日間高熱にうなされた後、意識が朦朧とした中で「俺のこと、忘れないでくれよ……」と親友ギルガメシュに告げて他界した。愛する親友の死をきっかけに、ギルガメシュは死について深く考えるようになった。そして、命に限りがあることを極端に恐れるようになった。

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Shelk 詩瑠久

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