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マークの大冒険 古代ローマ編 | 選択の代償 Chapter:1


Route:ΔEΛΦOI 3.141592


紀元前44年3月15日
元老院議場 中庭


「痣?何だ、あのカエサルとアントニウスに浮き出ているものは?」

カッシウスが目を細めて二人を見やった。

「降神陣が直接身体に現れている?もしや……。カッシウス、まずい!!直接契約による降神だ!!あの二人も契約していたんだ!!王笏と棍棒の降神陣……。ウェヌスとヘラクレスか!?今すぐとどめを刺すんだ!!!!降神されたらボクらはお終いだ!!!!」

マークが怒鳴るように叫んだ。

「クソッ、熱くて近づけない!!」

カッシウスは剣を抜いたが、熱風に押されて近づけない。

「目が、開けられない!!」

熱風によりブルートゥスも動けずにいた。

「クソッ、これなら!」

マークは短剣ルリスタン・ソードをカエサルとアントニウスに向けて投げたが、熱風により簡単に弾かれてしまった。そして、風はさらに力を増していく。

「うわっ……!!」

マークは吹き飛ばれるが、アムラシュ・リングの魔力で盾を出現させ、自分の身体にブレーキを掛ける。

カエサルとアントニウスの周りを激しい熱風が取り巻く。熱風は竜巻に姿を変え、辺りのものを吹き飛ばしていく。ブルートゥスとカッシウスたちも吹き飛ばされ、カエサルとアントニウスから引き離される。竜巻から轟音が流れると、激しい炎柱が発生し、その中に巨大な人影が現れ始めた。突如現れた骨格に血肉が物凄いスピードで形成され、美の女神ウェヌスと怪力ヘラクレスが出現した。

「間に合わなかったか……」

吹き飛ばされて砂まみれになる中、マークは焦りの表情を見せた。

「マーク、どうする!?」

剣で身体を支えながら立ち上がったカッシウスが叫んだ。

「幸いまだ三対二だ!ホルス、マルス、アポロで一気に攻めれば勝算はあるかもしれない!!とはいえ、間接降神のこちらの方が圧倒的に不利な状況だ。短期決戦でケリを着ける!!!!」

「マーク!まずい、あちらからも何か来る!!」

立ち上がったブルートゥスが後方を指差して叫んだ。空が突如曇天となり、雷が物凄い勢いで鳴り響いた。激しい稲妻で一瞬辺りが真っ白になると、雷神ユピテルの巨大な姿がそこにあった。

「嘘だろ、ユピテルは常に中立の立場のはずじゃなかったのか!?あのトロイア戦争でさえ、誰にも加担しなかったユピテルが……」

マークは唖然として立ち尽くしていた。


-1ヶ月前-


「ローマは王政には戻らない。400年間守り続けられた共和政こそ、ローマの本質。王族追放の歴史こそ、ローマのアイデンティティだ。再び王が君臨すれば、ローマはルクレティアの惨劇を繰り返すことになる。私はそれを阻止する義務がある。共和政の創始者ルキウス・ユニウス・ブルートゥスの末裔として、私にはカエサルを葬る責任がある。だが、計画を確実に成功に導くためは、マーク、キミの力が必要なんだ!」

「俺からも頼む」

ブルートゥスの隣にいたカッシウスが言った。

「正気か?」

マークはしばらく沈黙して考えるような仕草を見せた後、溜息をついて言った。

「ああ」

ブルートゥスとカッシウスは、声を揃えて頷く。

「何が正しいかなんて、ボクには分からない。でも、誰かに必要とされるなら、ボクはその人たちを助けたいと思う。けれど、ボクはキミらに力を貸しても、カエサルにとどめを刺すことはしない。キミらのカエサルに対する感情はどうであれ、ボクは彼に対して個人的な恨みはないからね。最終的な判断は、キミらが下すんだ」

「協力してくれるのか?」

ブルートゥスが顔を上げた。

「ああ。で、早速だが、計画について何か案はあるのかい?」

「いや、まだ具体的な計画は立てていない。今、賛同するメンバーを募ろうかとブルートゥスと話し合っていたところだ」

「メンバーはあまり増やさない方が良い」

マークが言った。

「何故だ?」

カッシウスは訊く。

「内部告発されるリスクがあるからだ。最初はキミらの味方でも、脅されたり、買収されて告発する可能性だってある。そうなったら終わりだ」

「なるほど」

「ので、計画の実行については、この三人で極秘で行うのが望ましい。情報の漏洩が最も危うい」

「お前がそう言うなら、そうなんだろう」

カッシウスは納得の表情を見せた。

「作戦についてだが、カエサルは近いうちにパルティア遠征に旅立つと考えられる。そうなったら、彼は数年間ローマを留守にする。警備が堅い軍の陣営内での暗殺は不可能に近い。となると、チャンスは遠征前の今しかない。そうだな、パルティア遠征の会議という体で元老院議場に誘い出すんだ。パルティアの話題となれば、カエサルは大喜びで来るはずさ。だが、カエサルはきっとマルクス・アントニウスを連れ歩いている。あいつは厄介だ。強靭なボディガードである彼をどうにかしないとだな」

「だが、カエサル以外の者に手は出したくない。他の者は操られているに過ぎない。これはカエサルと私たちの問題なんだ。他の奴らを巻き込む必要はない」

「ブルートゥス、その優しさが命取りになるかもしれないよ」

「それでも良い、アントニウスはかつての戦友だ。できれば、手を下したくはない」

「分かった。さすがは高潔なブルートゥス。でも、キミらも良く知るように、アントニウスは真正面からの戦闘で勝てる相手じゃない。とはいえ、作戦実行のためにはアントニウスを生かしたままの状態で、一時的に拘束しておく必要がある」

「確かにそこがこの計画の最もネックな部分かもしれない」

カッシウスが言った。

「ボクがアントニウスに話しかけて時間を稼ぐ。せっかちなカエサルは、アントニウスを置いて先に議場に向かっていると言うだろう。アントニウスを引きつけていると同時に、ボクが密かにホルスを降神する。街の人々はホルスの出現に驚き、騒ぎ立てるだろう。その騒動に紛れ、市民の注意がホルスに向かっている間にキミらがカエサルと対峙する。ホルスの大騒ぎで、民衆は誰もキミらに気づかないはずさ」

「さすがだな、お前はローマの名将になれるかもしれない」

「名将カッシウスに言われるとは光栄だね。だが、保険としてキミらはローマの神と間接契約を結んだ方が良い。チャンスは一度しかない。万が一の保険として作戦が途中で失敗しても、神の力を借りて強行突破するんだ」

「間接契約?私たちでも、キミと同じように神と契約を結べるものなのか?」

ブルートゥスは腕を組んで言った。

「それはキミら次第だ。だが、この戦いに確実に勝つには、神の力を借りるしかない。そして、神の力を借りるには神に認められる他ない。カッシウスはローマの始祖マルスと契約を、ブルートゥスはアポロと契約を結ぶんだ。母は違えど、兄弟である両神は相性がとても良い。どちらもローマの最高神ユピテルの血を注ぐ高潔な神だ。本当はユピテルが理想だが、彼は常に中立の立場を採る神で、手を貸してはくれないだろう。トロイア戦争の時もそうだった。彼は皆が争う中、常に傍観者だった。であれば、ローマの神々の階層で第二位に付く、マルスとアポロが手堅いだろう。だが、パルティア遠征に出る前に、キミらは神と間接契約を結ぶ必要がある。残された時間は少ない。契約の儀の際は、ボクもできる限りサポートするが、最終的には一人で神と対峙することになる。審判の間でキミらが認められるかどうかだ。そこでキミらの共和政を死守する覚悟の度合いがはかられる。ちなみに神が繰り出す42個の質問には、全てイエスで答えるんだ。たとえ嘘であったり、本心でなかったりしてもだ。質問の際に迷ったり、どもったりすると契約の儀はその時点で強制的に終了される。神は自信がない人間や、心に迷いがある人間を極めて疎む傾向にある。そこに一番気をつける必要があるんだ。もし、この計画に少しでも躊躇いがあるのなら、今の時点で諦めた方が良い」

「分かった。私たちは躊躇などしない。市民とローマの未来のために、カエサルを倒す必要がある。だが、間接契約とは一体何なんだ?間接ってことは、何かを仲介するのか?」

ブルートゥスは、マークに訊ねた。

「自分から神に協力を願い出て結ぶ契約は、全て間接契約となる。また、間接とは媒体、ボクであればこのファイアンス製の護符ウジャトを仲介として神を間接的に呼び出す方法だ。マルスは剣、アポロは竪琴が降神媒体となる。だが、間接契約の場合、降神時間に制限がある。また、一度降神した後は再降神までに待機時間もある。ホルスを例に挙げれば、ヌウト女神が出産後に安息した時間と同時間の5日間、すなわち120時間が再降神までの待機時間となる。ボクもホルスを連発できるわけじゃない。タイミングがとても重要なんだ。神や契約によって再降神までの時間はそれぞれ異なるが、どの神であっても降神したい時に好きなだけ降神できるわけじゃない。一方、直接契約とは神が人間を選んで契約が結ばれる方法だ。間接契約よりずっと強力で、再降神までの待機時間もないと言われている。エジプトのテーベやガリラヤのナザレでそういう者たちの例が存在したが、いずれもユダエア人で、かなり稀な例だ。直接というように媒体を必要とせず、彼らは降神する。だが、直接契約については、ボクやキミらにはほとんど縁がない。間接契約をどう結ぶかだけ考えていれば良い」

「一体、お前はどこでそんな知識を身に付けたんだ」

カッシウスが驚きながら言った。

「エジプトの秘儀の書さ。彼らはこの世界の秘密を握っている。アレクサンドリアの大図書館にそうした禁書が収蔵されているんだ。全てエジプト語で、読むのはそう容易くないけどね。詳細についてはこれから説明するが、契約の儀は契約を結びたい神の各神殿で行う必要がある。キミらの意志や準備が固まったら、神への供物と交信の役割を同時に果たす没薬と乳香を持って神殿を訪れよう。先も言ったように、ボクも付いていくが、神殿の最深部にある審議の間の手前までしかサポートできない。後はキミらの力量に掛かっている。それでも、行くかい?」

「もちろんだ」

ブルートゥスとカッシウスは頷いた。

「そうか、キミらの意志は分かった。計画までの残された時間は少ない。それじゃあ、早速、準備に取り掛かろう。全ての道はローマに通ず。キミらの思いも、きっとローマの神や市民に伝わるはずさ」

「全ての道はローマに通ず?」

カッシウスが訊ねた。

「有名な諺だよ。どんな道でも切り抜けた先には、ローマが通じている。それほどにローマは広大で、偉大なんだ。そして、真理はどんな道を辿ったとしても、最終的には必ず辿り着く」

マークが答えた。

「諺?そんな諺あったか、ブルートゥス?」

「いや、私も聞いたことがないな」

ブルートゥスも知らないようだ。

「でも、何だか良い言葉だな」

カッシウスが笑った。

「でしょ」


To be continued...


Shelk 詩瑠久🦋

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