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まことに人生、一瞬の夢。ゴム風船の、美しさかな : 喜びすぎず悲しみすぎず、 テムポ正しく握手をしませう- 中原中也の詩


詩人、中原中也はその30歳の短い生涯の間に、大切な人の死に、二度も遭っている。一人目は3歳年下の弟、亜郎(つぐろう)が脳膜炎で死去したこと。中也は後年『詩的履歴書』に、詩作をはじめたのは「亡くなった弟を歌つたのが抑々(そもそも)の最初である」と記している。

そして二人目は幼い実子の文也(ふみや)。小児結核でたった2歳で死去した。葬儀で、中也は文也の遺体を抱いて離さず、周りの者たちがなんとかあきらめさせて棺に入れたという。

一緒に住んでいた3歳年上の恋人が、親友の小林秀雄の元へと走ったことでも大きな傷を受けた。

その人生のかなしみの積み重ねを、透き通ってどこまでも美しい「詩」にした中原中也。その作品の二つをここに掲載する。

失うせし希望〜『山羊の歌』より


暗き空へと消え行きぬ
  わが若き日を燃えし希望は。

夏の夜の星の如ごとくは今もなお
  遐とおきみ空に見え隠る、今もなお。

暗き空へと消えゆきぬ
  わが若き日の夢は希望は。

今はた此処ここに打伏うちふして
  獣けものの如くは、暗き思いす。

そが暗き思いいつの日
  晴れんとの知るよしなくて、

溺おぼれたる夜よるの海より
  空の月、望むが如し。

その浪なみはあまりに深く
  その月はあまりに清く、

あわれわが若き日を燃えし希望の
  今ははや暗き空へと消え行きぬ。


春日狂想

愛するものが死んだ時には、
自殺しなきゃあなりません。

愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。

けれどもそれでも、業ごう(?)が深くて、
なおもながらうことともなったら、

奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。

愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、

もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、

奉仕の気持に、ならなきゃあならない。
奉仕の気持に、ならなきゃあならない。

奉仕の気持になりはなったが、
さて格別の、ことも出来ない。

そこで以前せんより、本なら熟読。
そこで以前せんより、人には丁寧ていねい。

テンポ正しき散歩をなして
麦稈真田ばっかんさなだを敬虔けいけんに編あみ――

まるでこれでは、玩具おもちゃの兵隊、
まるでこれでは、毎日、日曜。

神社の日向ひなたを、ゆるゆる歩み、
知人に遇あえば、にっこり致し、

飴売爺々あめうりじじいと、仲よしになり、
鳩に豆なぞ、パラパラ撒まいて、

まぶしくなったら、日蔭ひかげに這入はいり、
そこで地面や草木を見直す。

苔こけはまことに、ひんやりいたし、
いわうようなき、今日の麗日れいじつ。

参詣人等さんけいにんらもぞろぞろ歩き、
わたしは、なんにも腹が立たない。

    ⦅まことに人生、一瞬の夢、
    ゴム風船の、美しさかな。

空に昇のぼって、光って、消えて――
やあ、今日こんにちは、御機嫌ごきげんいかが。

久しぶりだね、その後どうです。
そこらの何処どこかで、お茶でも飲みましょ。

勇んで茶店ちゃみせに這入はいりはすれど、
ところで話は、とかくないもの。

煙草たばこなんぞを、くさくさ吹かし、
名状めいじょうしがたい覚悟かくごをなして、――

戸外そとはまことに賑にぎやかなこと!
――ではまたそのうち、奥さんによろしく、

外国あっちに行ったら、たよりを下さい。
あんまりお酒は、飲まんがいいよ。

馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮はなよめごりょう。

まぶしく、美はしく、はた俯うつむいて、
話をさせたら、でもうんざりか?

それでも心をポーッとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮。

ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テンポ正しく、握手をしましょう。

つまり、我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。

ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に――
テンポ正しく、握手をしましょう。


中原中也とトュルーマン・カポーティの類似

それにしても中原中也のなんとあまいマスク。
永遠に歳を取らない美少年のようだ。

同様に美しい肖像で知られるのは、トュルーマン・カポーティ。
どうしていつもそんな素敵に写真に撮られるのかと聞かれて、
「世界で一番美しいものの映像を心に映しているからさ」と答えたという。


https://keinundaber.ch/de/autoren-regal/truman-capote/wo-die-welt-anfangt/691
https://keinundaber.ch/de/autoren-regal/truman-capote/wo-die-welt-anfangt/691

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