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フランス出国の日(フランス恋物語93)

Le Jour de départ

10月30日、金曜日。

今夜18:05パリ発のフライトで、私は日本に帰国する。

去年の大晦日に渡仏してから、ちょうど10ケ月が経った。

1月から3月はTours(トゥール)、4月から今日まではParis(パリ)に住んだ。

ワーキングホリデービザは1年間有効なので、もともとクリスマスまでパリにいるつもりだった。

しかし、フランス生活や恋愛に疲れたのと、寒がりなのも手伝って、帰国を早めることにした。(もし今いるのが南仏だったなら、また違っていたのかもしれない)

その選択に後悔はなく、私はこの日を楽しみにしていた。

Déjeuner avec les propriétaires

フランス最後のランチは、大家さんのお宅でご馳走になった。

大家さんのおうちは私が暮らすアパルトマンと同じ敷地内にあり、こちらにお邪魔するのは4月に訪問して以来だ。

大家さん夫婦は私の親ぐらいの世代で、ご主人がフランス人、奥様が日本人の、とても素敵なカップルだった。

奥様お手製のフレンチをいただきながら、私は契約終了を早めたお詫びと、半年間お世話になったお礼を述べた。

「気にしなくていいのよ。

2ケ月前には連絡をくださってたから、次の人もすぐ決まったし。

こちらこそ、お部屋を綺麗に使ってくれてありがとう。」

そんなことで「ありがとう」と言われるのは恐縮だった。

私はご主人にもフランス語で、お礼を述べた。

「4月に会った時より、フランス語が随分上手くなったね。

僕たち夫婦の会話も理解できているし、すごいじゃないか。」

私は結婚後何十年経っても仲の良いこのご夫婦を、羨ましい目で眺めた。

「私もこういうパートナーを見つけて、ずっと仲良く過ごしたかったな。

でも、もう帰国するし夢で終わってしまったが・・・。」

帰国できるのは嬉しかったはずなのに、”フランス人のパートナーを見つける”という志半ばなのは、少し心残りに思った。

絵梨花

空港へは、エリカちゃんが見送りに来てくれる約束をしていた。

オペラ座の前から一緒にロワシーバスに乗ると、私は数日前に美月ちゃんに聞いたのと同じ質問を彼女にもした。

「今さらだけど、エリカちゃんの漢字ってどういう風に書くの?」

すると彼女は呆れたように言った。

「え!? 初めて会った時に教えたよ。

絵画の”絵”に、”梨”の”花”って書いて、”絵梨花”だよ。

私が生まれたのが4月で、母の実家の梨の花が満開で綺麗だったから、その名前にしたって。」

私は、以前聞いたことをすっかり忘れていた。

「そうだったの。ごめんなさい。

沢尻エリカにそっくりだから、勝手に脳内でカタカナに変換されてたよ。

絵梨花ちゃんの名前の由来、とても素敵だね。

今度こそ、ちゃんと脳にインプットし直します。」

絵梨花ちゃんは苦笑した。

「沢尻エリカね・・・たまに似てるって言われるけど。

確かに、フランスにいると漢字意識しなくなるよね。

私はちゃんと覚えていたよ。

”王”へんに命令の”令”と、子どもの”子”でしょ?」

「すごい!! さすが絵梨花ちゃんはしっかりしてるね!!」

私は最後まで、年下の彼女に敵わないのだった・・・。

Aéroport de Paris-Charles-de-Gaulle

航空会社のチェックイン後時間があったので、私たちは空港内のカフェに入って最後のガールズトークをした。

彼女に会うのは久しぶりなので、9月の終わりから10月に起きた自分の恋愛事情をかいつまんで説明した。

「9月の終わりはニームでファビアンといい雰囲気になり、10月に入ったら北イタリア旅行で北原さんと恋に落ち、その次はマルタ留学でヨハンに片思い、数日前にはミカエルがお泊りに来た・・・って、次から次へと怒涛の恋愛ラッシュだね。」

絵梨花ちゃんは呆れるのを通り越して、面白がっている風だった。

「絵梨花ちゃんと9月に会った時、『10月末までは恋愛はお休み』とか言ってたのに、全然守れてないね。

ごめんなさい・・・。」

この1ケ月を振り返ってみて、お休みどころか、常に恋している状態に我ながら驚いた。

絵梨花ちゃんは笑いながら言った。

「いいのよ。玲子ちゃんが傷付いてなければ。

今話していても楽しそうだし、それぞれの恋がちゃんと消化できているならそれでいいんじゃないの?

全然引き擦っているようには見えないよ。

どの人も玲子ちゃんを本気で愛して大事にしてくれてたんだから、女としてこんなに幸せなことはないと思うよ。」

なるほど・・・言われてみればそうかもしれない。

「ところで、私からも報告があるの・・・。」

いつも聞き役だった絵梨花ちゃんが、珍しく自分の話を始めた。

「なになに?」

私は身を乗り出した。

「最近彼氏からプロポーズされて、来年結婚することが決まったの。

挙式はパリだけど、2月に東京でもパーティーを開く予定だから、玲子ちゃんも参列してくれない?」

絵梨花ちゃんが・・・結婚。

「おめでとう!! 本当に良かったね。」

私は彼女の手を握り締め、自分のことのように喜んだ。

Bonne chance

出発の時間が近づき、私たちは出国ゲート前で最後の会話をした。

「ところで、玲子ちゃんの実家って関西じゃなかったっけ?

なんで成田行きなの?」

・・・絵梨花ちゃんの記憶力はすごい。

私は正直に話した。

「私の両親は、娘を実家に連れ戻そうとする気持ちがすごく強いんだよね。

それがイヤだから、先に東京で部屋を契約してから帰省するつもりなの。

東京では、元カレが『部屋を使っていい』って言うから、数日間お世話になることになって・・・。」

私の発言に、絵梨花ちゃんは驚いているようだった。

「でも、その元カレはおうちにいるんでしょ?」

私は細かい事情を説明した。

「平日は地方出張でいないけど、土日は東京に帰ってくるって。

明日は、『空港に迎えに来る』って約束してるよ。」

彼女は核心を突く言葉を聞いた。

「・・・ってことはお泊りだよね?」

「・・・そういうことになるね。」

「復縁はありうるの?」

それは、自分でもよくわからなかった。

「こればっかりは会ってみないとわからない。

嫌いで別れたわけじゃないから、彼のことはまだ好きだし。

でも、相手がどう思ってるのかわからないし、私だって考えが変わるかもしれない。

とにかく、会ってみて判断する感じ。」

賢明な彼女は、最後まで私の心配をしてくれた。

「そっか・・・。

色んな事情があって仕方がないとは思うけど、私はもう近くにはいられないんだし、あまり心配かけないでね。

私は玲子ちゃんの幸せを願っているんだから。」

私は絵梨花ちゃんに抱きついた。

「ありがとう。

私、絵梨花ちゃんのおかげで助かったこといっぱいあったよ。

もう近くにはいられないから、自分自身がもっとしっかりしないとね。

私も絵梨花ちゃんの幸せを祈っているよ。

結婚おめでとう。」

しばらく抱き合った後、私たちは笑顔で別れた。

de Paris à Narita

私は、海外旅行が大好きなくせに、飛行機は大嫌いだ。

エコノミー席は狭いし、長時間ずっと同じ姿勢でいるのは辛い。

好き勝手に出歩けないのも、電車みたいにいざという時自力で下界に出られないのもすごくイヤだった。(そういう意味では、”船で世界一周の旅”もありえないと思っていた)

それでも海外旅行は好きなので、「早くどこでもドアで出来ないかな?」と、本気で考えたりした。


こんな退屈な時間を少しでも早く終わらせるため、いつも飛行機の中では爆睡するのだが、今回は帰国直後のことが気になって、なかなか眠れそうにない。

「私と智哉くん・・・これからどうなるんだろう!?」

智哉くんは、渡仏直前の丸1年お付き合いした6歳年下の元カレだ。

「フランスに行きたい」という私の気持ち。

そして、「バツイチの玲子とは結婚は考えられない」という彼のこだわり・・・。

そんな二人の利害が一致(!?)して、かつて私たちは”期間限定の恋人”という奇妙な関係で結ばれていた。

お互い嫌いで別れたわけではないので復縁はあるかもしれないが、未来のパートナーとしての可能性は限りなくゼロに近い

もう会わない方がいいのはわかっているのに、再び双方の利害が一致し、私たちは帰国直後、一夜を共にする約束をしてしまった。


私は数日前の、ミカエルとすごした甘美な夜を思い出した。

私の体にはまだその時の記憶が残っているのに、明日の夜には別の男の子と一緒に過ごそうとしている・・・。

仕方のないこととはいえ、頭の片隅に罪悪感は残り続けていた。

・・・でも優しい智哉くんのことだ。

私が拒めば、諦めてくれるかもしれない。

無理やり楽観的に考えることで、私はやっと眠りにつけた。


しかし、優しかったはずの元カレは、たった10ケ月の間に変わってしまっていたのだった・・・。


ーフランス恋物語94に続くー


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