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ヨハンの告白(フランス恋物語88)

 Little secret

10月21日、水曜日。

マルタの英語留学生活も、今日を入れて残り5日となった。

この頃になるとグッと気温も下がり、私はヨハンから借りた服を着て登校するようになっていた

ヨハンはルームメイトのオランダ人の男の子だが、小柄な彼の服はサイズ的に問題ない。

また、彼の洋服は中性的でオシャレで、「似合ってるよ。」と言われることもあった。

私は嬉しい反面、ヨハンから服を借りていることはみんなに秘密にしていた・・・。

Classmates

1週間以上一緒に過ごしていると、クラスメイトの陽気なスペイン大学生たちとも仲良くなった。

私も元々ラテンのノリは好きなので、いつも明るい若者たちを羨ましい気持ちで見ていた。

彼らは、まだ水曜だというのに「今夜ディナーに行こうよ。」と私とクララを誘ってきた。

クララは「楽しそうね。行く!!」と即答した。

私もみんなとの思い出を作っておきたいと思って、「行く」と返事した。

彼らは「他のクラスの友達も来るし、誘いたい友達いたら連れてきていいよ。」と言うので、ヨハンとカオリさんにも声を掛けてみることにした。

Kċina ta' Malta

その日の19時。

ヨハンとカオリさんも加わった私たち4人は、約束したレストラン前でスペイン大学生たちを待った。

しばらくすると主催者である彼らと他のクラスのメンバーもやってきて、10人以上の大所帯となった。

今日のメンバーはスペインの若者で占められており、とにかくみんなノリノリで明るかった。


私たちが入ったのはマルタ料理レストランだったが、私はマルタ料理を食べるのはこれが初めてだ。

マルタ料理といえば、ウサギ料理が有名である。

「ウサギ・・・ついに食べちゃう!?」

同じく、ウサギ初体験のカオリさんと顔を見合わせた。

他のメンバーたちに聞くと、みんな食べたことがあって「チキンに似ているよ。」と教えてくれた。


私たちは、隣り合わせた3つのテーブルに分かれ、様々なメニューを頼んでシェアすることにした。

メニューを開いてみると、様々なマルタ料理が載っている。

【マルタの名物料理・飲み物】
シーフード・・・タコ、イカ、マグロ、季節が合えばウニも美味しい。アリョッタ(魚介のスープ)は国民食。
ウサギ料理・・・トマトで煮込んだ”ストゥファットタルフェネック”(ウサギのシチュー)がポピュラー。
リコッタチーズ・・・リコッタチーズを使ったチーズケーキ、パスティッツィと呼ばれるパイ包みなど。
ヤギのチーズ・・リコッタチーズよりも少しクセがあるが、マルタの特産品。
”CISK”(チスク)・・・マルタのローカルビール。
マルタのパン・・・外が固く中がもちもち柔らかい。
マルタワイン・・・安くて美味しい。
マルチーズコーヒー・・・コーヒーの上に乗っているクリームは、サボテンの実からできたリキュール。酒類になるので要注意!!

私は、美味しいスパークリングワインとシーフードがあれば十分だったが、せっかくだからということで、ウサギも食べてみることにした。

ウサギの煮込みが運ばれてくると、私とカオリさんは、「せーの!」と言って、一口目を口に運んだ。

カオリさんはもぐもぐしながら、一口目の感想を述べた。

「そうだね・・・。

肉はすごく柔らかくて、味は鶏肉というよりは魚のような、よりあっさりとした感じじゃない?」

その感想に対し、私は独自の意見を述べた。

「それよりも、配合されたハーブが好みじゃなくて、こっちの方が気になりました。

ウサギ以前の問題ですね。」

私たち共通のうさぎの煮込みの感想は、「食べられるけど、リピーターになるほどでもない」というものだった。


食事が終わる頃にはみんなアルコールで出来上がっていて、元々高いテンションがさらにアゲアゲになり、「クラブ行こうぜ!!」と盛り上がっていた。

私はあまりクラブは得意ではないが、「マルタの仲間との思い出作りに」ということで、彼らに付いていくことにした。

I Gotta Feeling

こうして私たち一行は、レストランから徒歩10分くらいのクラブに入った。

スペイン大学生たちは何度か行ったことがあるみたいで、私たちに簡単な説明をした後、フロア中央に集まりワイワイと踊り出した。

私とカオリさんは踊り方がわからず早々と脱落し、隅っこの方に移動すると「若いね~」「楽しそうだね~」と言いながら、楽しそうに踊る彼らを眺めていた。


スミノフを飲みながら、カオリさんが言った。

「知ってる?

ヨハンは1滴もお酒を飲んでないのに、スペイン大学生らと同じテンションで踊ってるんだよ。すごいよね。

やっぱり欧米人のノリだと、アルコールなしでもいけちゃうのかな?」

アルコールといえば・・・私はヨハンに対して前から思っていることを言ってみた。

「ヨハンって初めて会った時から思ってたんですけど、清廉すぎて"修道士"とか"聖人"に見えるんです。

だからお酒を飲まないのも彼らしいなって思いました。」

カオリさんは吹き出した。

「確かに!!

それにしても、”修道士”ってピッタリの言葉だね。

20歳の男の子なのに全然いやらしさがなくて、ヨハンでも女の子を好きになることとかあるのかしら?」

・・・それについては、私もまったく同感だ。


最後の方で、THE BLACK EYED PEASの人気曲「I Gotta Feeling」がかかると、彼らの盛り上がりはピークになり、みんなで手を繋ぎ円になって子どもみたいに回りだした。

普段洋楽を聴かない私も、「この曲はいいな」と気に入った。


「ほら、レイコもカオリもおいで!!」

クラスメイトのスペイン男子に呼ばれ、私たちも思いきってその輪の中に飛び込んだ。

気持ちのいい音楽とアルコール・・・そして底抜けに明るい仲間たちに囲まれ、私の気分もいっきに上がっていった。

あれ!?思ったより楽しい。

こんなに本気ではしゃいだのって、いつぶりだっけ・・・!?

私は急に楽しくなって、彼らと一緒にクラブにも参加して良かったと思った。

こうして、「I Gotta Feeling」はマルタの夜の思い出の曲となったのである・・・。

Accident

楽しい気分で一日を終えるはずが・・・帰宅すると家がえらいことになっていた。

リビングの天井から水が滴り、床がビチョビチョに濡れているではないか。

私とヨハンは急いで床を拭き、水滴が落ちる部分にバケツを置いた。

そして、手持ちのタオルを用意して、上階の住人であるカオリさんの元へと急いだ。


「カオリさん大丈夫ですか?お手伝いします。」

大量のタオルを持った私たちを見て察したカオリさんは、すぐにうちに入れてくれた。

「迷惑をかけてごめんなさい。

普通に洗濯機を使っていただけなのに、何でこんなことになったのか・・・。」

どうやら彼女宅の洗濯機の排水溝周辺に問題があったらしく、カオリさんは半ベソになりながら一生懸命に周りの床を拭いていた。

私はオロオロしながら、とりあえず一緒に床を拭いた。


ヨハンは冷静に水漏れ部分にタオルを詰め、学校の緊急連絡先を調べて電話をすると、管理人と業者を呼ぶよう手配していた。

カオリさんは心配そうに聞いた。

「迷惑かけてごめんね。

レイコちゃんたちの部屋、大丈夫だった?」

私は、彼女が安心するよう笑顔で言った。

「水漏れ部分はリビングの何もない所で、床が濡れてただけだから大丈夫ですよ。

床は拭き終わって、とりあえず大きいバケツ置いてしのいでます。」

カオリさんは、なおも私たちに謝った。

私は、彼女に同情した。

ここの建物に問題があるんだから、カオリさんは何も悪くないですよ。

ヨハンが管理人さんたちを呼んでるし、何とかなるでしょう。

もし、今夜自分ちで眠れなさそうなら、うちに泊まってもらっていいので安心してください。」


ヨハンは手配を終えると、自分のタオルを持ってきてテキパキと床を拭き始めた。

そして、カオリさんが安心するよう、優しい言葉をかけ続けた。

この時のヨハンはとても男らしくて頼もしく、とても20歳の男の子には思えなかった。

その完璧すぎる対応に、私はすっかり惚れてしまっていた・・・。


30分後、管理人と業者がやってきた。

業者のおかげで水漏れは止まったが、「これは応急処置的なもので、後日しっかり点検して修理する必要がある」と言った。

そして、「カオリさんには過失はなく建物側に問題があるので、弁償などの心配はいらない」とのことだった。

カオリさんも英語は堪能なはずだが気が動転していたため、彼女に代わってヨハンが業者とやりとりをしていた。


結局、カオリさんは数日以内に同じアパート内の空室に引っ越すよう指示された。

管理人は「今夜この部屋で寝てもいいし、新しい部屋を使ってもいいし、お任せします。」と言って、カオリさんに鍵を渡し、業者と一緒に帰って行った。

この部屋は悪臭がしていたし、何の準備もなく新しい部屋で過ごすのも何かと大変だろう。

「どうします?

良かったら、今夜私の部屋に泊まりに来ますか?」

カオリさんはホッとしたように言った。

「本当にいいの?

じゃ、お言葉に甘えようかな・・・。」

こうして、今晩カオリさんはうちに泊まりに来ることになった。

Come out

水漏れ事件が一段落すると、我が家のリビングに集まって3人でお喋りした。

話しているうちになぜか会話のテーマが”コイバナ”になり、カオリさんが現在の彼氏の話を始めた。

私は「フランス人の彼氏と付き合っていたが、8月に別れた」と無難なことだけを言った。

そして、次はヨハンの話す番になった。

ヨハンは・・・。

ヨハンは彼女がいるんだろうか?

もしくは、好きな女の子とかいるんだろうか?

ついさっき自分が「好きになった」と確信したばかりの男の子が、恋愛について何と語るのか・・・私は固唾を飲んで見守った。


すると彼は、さらりと告白した。

「僕は、ゲイなんだ。」

「え・・・!?」

・・・でもそれはショックというよりも、彼の持つ清らかさと中性的な雰囲気の謎が解けて、むしろ納得のいくものだった。

私は、彼を好きだと確信して1時間も経たないうちに失恋したことになるが、初めから異性を求める世俗的な恋ではなかったので平気だった。

人として尊敬する気持ちがすごくあって、その先に存在するほのかな恋心、とでもいうのだろうか。

・・・こういった感情は自分の人生で初めてのことで、とにかく不思議で仕方がなかった。


ヨハンは、「オランダにいた時に好きな男性がいたがうまくいかなくて、まだ誰とも付き合ったことがない。」と正直に話した。

そのエピソードを聞いて、やはり私が思っていた”修道士”のイメージは外れていないと思った・・・。

Gilrs Talk

日付が変わってしまった頃、カオリさんは布団を持ってきて私の部屋で一緒に寝た。

私はカオリさんにさっき起こった自分の失恋話をした。

「カオリさん・・・。

実は私、前からヨハンのこと、気になってたんです。

それでさっき、ヨハンがテキパキと水漏れの対処をする姿を見て、完全に惚れてしまいました・・・。

失恋に終わったけど、そんなにショックでもないです。

ヨハンに対しては付き合いたいとかじゃなくて、ただ、すごく尊敬してて・・・その先に”大好き”があるって感じで。

こんな気持ちは初めてなので、自分でも不思議です。」

カオリさんは一息ついてから、返事をした。

「レイコちゃんの気持ちわかるよ。

あんな冷静に対処されて、私だって惚れそうになったもん。

ヨハンがあの場にいなかったらどうなっていたことか・・・。

彼は本当に聖人みたいな人だよね。

レイコちゃんは一緒にいられるのはあと数日だけど、残された時間を大事にしなきゃね・・・。」

そう言うと、カオリさんは寝息を立て始めた。


「ヨハンとの共同生活があと数日で終わる。」

その現実を思うと悲しくて、私は声を殺して泣いた。

そして、私とヨハンをルームメイトとして引き合わせた、いじわるな神様を恨んだ。


マルタ生活の最終日、私はヨハンと過ごすことで、一生忘れられない思い出を残すことになる・・・。


ーフランス恋物語89に続くー


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