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ヨハンの香り(フランス恋物語86)

マルタの気候

10月末にパリから日本に帰国予定の私は、パリにいる間にヨーロッパ内で英語の短期留学に行こうと決めた。

留学先はマルタを選んだのだが、その理由の一つに「温暖な気候」が挙げられる。

【マルタの地理】
マルタは地中海の中央部、シチリア島の南約93kmに位置する。
主要な島はマルタ島とゴゾ島、コミノ島の三つである。

「イタリアのシチリア島より南」・・・この語句を見ると、もう「暖かそうな島」というイメージしか出てこなかった。


そして出発前には、10月のマルタの気候についても調べてみた。

【マルタの10月の気候】
気候は地中海性気候のため、冬は温暖で雨が多く、夏は暑く乾燥している。
10月の平均気温は22度前後と、暖かい日には海水浴も可能。
中旬までには雨季が始まり、気温が下がってくる。
最後の日曜日からは冬時間が始まり、日ごとに日照時間が短くなってゆきます。

この文章を読んで、「やはりマルタはパリより暖かい」と確信した。

もしかしたら、東京の10月より暖かいのかもしれない・・・。

そう思った私は、パリの自宅から夏服と薄手のパーカーしか準備して行かなかった。

この安易な判断から、私はマルタで苦労することになるのである・・・。

Air conditioner

10月15日、木曜日。

この日は珍しく、気温が高かった。

でも私は寒がりなので、日陰で風に当たっていればちょうどいいくらいの気候だった。


しかし教室に入ってみると、冷房によってガンガンに冷やされていて、その寒さに身震いした。

「え、10月でも冷房ってつけるものなの!?」

ヨーロピアンのクラスメイトたちを見ても、みんな平気な顔をしている。

みんなに「寒くない?」と聞いても、「全然。」と答えるばかり。

やはり白人は寒さに強いようだ。


まさか10月に冷房を付けるとは想像もしてなかった私は、学校に上着を持って来ていなかった。

午前中は寒さに耐えるのに必死で、授業の内容が全く頭に入ってこない・・・。

ランチタイムに一旦アパートに戻りパーカーを取ってきたが、それを着ても午後の授業は寒く感じられた。

それでも、あと1週間ちょっとの辛抱だし、マルタのどこに服屋があるのかわからないので、私はマルタ滞在のために服を買う気にはなれなかった。


クラスメイトのクララとは、放課後に散歩したりカフェに寄るのが日課になっていたが、この日は「 I'm not feeling well today. I'm sorry.」と言った。

クララは、「OK. Take a good rest.」と言い、他の仲間たちと出かけて行った。

Shower

私が住んでいるアパートのバスルームは、バスタブがなくシャワーしかない。

そもそも欧米は入浴の文化がないし、「学生用のアパートにはバスタブすら不要」だと思っているのだろう。

でも、やっぱり今日みたいに体が冷えた日は、お風呂が恋しい。

そんなことを思っていても仕方がないので、私はいつもより熱めの温度でシャワーを浴び、体を温めようとした。

私はパリのアパルトマンのシャワーで、お湯を出し過ぎた後に水しか出なくなって、困った経験があった。

私はその辺も注意して、ペース配分しながらお湯を出していたつもりだったのだが・・・。

「キャッ!!」

何の前触れもなく、温水が冷たい水に変わった。

「あぁ、もう水しか出ないのか。」

私はまだ頭を洗っている途中で、泣きそうになった。


・・・すると、バスルームのドアをノックする音が聞こえた。

「Reiko, are you OK?」

ルームメイトのヨハンの声だ。

私の悲鳴を聞きつけて駆けつけたようだった。

「OK!! No probrem!」

驚いた私は、こう答えるのがやっとだった。

ヨハンは心配して来てくれていて、下心ゼロなのはわかっている。

バスルームには鍵をかけているし何もビビることはないのだが、「やっぱり彼氏じゃない異性と一緒に暮らすのはイヤだ」と私は思ってしまった。

Talk with Johan

バスルームから出ると、ヨハンが心配そうな顔で待っていた。

「大丈夫よ。シャワーの湯がいきなり冷たくなって驚いただけ。」

私は、髪を拭きながら言った。

「それは大変だったね。

ここのシャワーって、日によって調子悪くなるんだよね。

大丈夫? 何か温かい物でも飲む?」

・・・ヨハンはすごく優しい人なのに、さっき「一緒に住むのはイヤだ」と思った私は、自己嫌悪に陥った。

「じゃ、コーヒーをお願い。」

ヨハンは、私のために美味しいコーヒーを入れてくれた。


リビングのソファで、私は今日のグチをヨハンに聞いてもらった。

「そっか・・・。レイコは寒いのが苦手なんだね。」

準備不足の私が悪いのに、彼は相手を否定するようなことは絶対言わない。

「パリの自宅には冬服もいっぱい置いてあるのに。

たった1週間ちょっとのために、マルタで服を買う気もしなくって・・・。」

するとヨハンは、ある提案を思いついた。

「そうだ!!

良かったら僕の服を貸してあげるよ。

僕は背が高くないし、レイコはサイズも合うと思うよ。」

私は、反射的に答えた。

「え、いいの・・・!?」

Clothes

私は、ヨハンの中性的な容姿とファッションセンスを前からいいなと思っていた。

マーク・ザッカーバーグ似のヨハンは、オランダ人には珍しい低身長で、その幼い顔立ちから20歳の年齢よりも若く見えた。

彼の服なら私の体に合うし、デザイン的にも違和感ないだろう。

でも、ただのルームメイトに、ここまで親切にしてもらっていいのだろうか・・・。

「私はあなたのファッションセンスが好きだし、服を借りられたらすごく嬉しいけど・・・。

でも、本当に借りていいの?」

ヨハンは「もちろんだよ。じゃ、いくつか持って来るね。」と言って、自分の部屋に服を取りに行った。


彼はすぐに、私に似合いそうな服を見繕って持ってきた。

試着した姿を見せると、「すごく似合うね。」と褒めてくれた。

私はお言葉に甘えて、それ以降は彼の服を借りて行動するようになった。

Scent

自分の部屋に戻ってからも、ヨハンに借りた服を手に取って眺めていた。

彼の選ぶ服は色彩が綺麗で形も良くて、「明日からこれを着ていける」と思うと嬉しくなった。

今夜は冷えるので、早速その中からスウェットを着て寝ることにした。

首を通すとほのかにいい香りがして、それだけでうっとりしてしまいそうだ。

気になる人や持ち物からいい香りがすると、その人が気になってしまうのはなぜなんだろう?


・・・私はヨハンについて考えた。 

彼が私を異性として好意を持っていないことは、5日間一緒に過ごしてよくわかっている。

きっと、困っている人を見たら放っておけない性格なんだろう。

ヨハンは、本当に修道士みたいな人だ。

彼のことはあまり考えないようにしなきゃ。」

そう思っているのに、いい香りは私の鼻腔に残り続け、なかなかヨハンを忘れさせてくれなかった・・・。


明後日土曜日は、学校主催の観光ツアーに申し込んでいた。

私はマルタの新たな景色と出会い、仲間との交流もさらに深まってゆくのである・・・。


ーフランス恋物語87に続くー


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