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ベネチアの偽装夫婦(フランス恋物語81)

姫と騎士(ナイト)

昨夜、フィレンツェの日本食レストランで、北原さんはとんでもない告白をした。

「レイコさん・・・君は僕のタイプドストライクなんだよ。

でも、安心して。変なことはしないから。

僕にとって君は”姫”だから、言うことは何でも聞くし、嫌がることは絶対しない。

ただ、イタリアにいる間、傍にいさせてくれるだけでいいんだ。」

・・・私は今までの人生経験を思い出し、北原さんは害のなさそうな人物だと判断したので、彼の考えを受け入れることにした。

心細い女一人旅より、優しくて信頼できる北原さんと一緒に旅する方が楽しいに決まってる。

谷原章介似のルックスも好きだし、2日間一緒に過ごして少しづつ彼に惹かれてゆく自分にも気付いていた。

・・・とはいえ、旅が終われば私はパリに戻り、ミラノに住む北原さんと会うことはない。

彼を好きになったとしても、深入りすまいと心に決めていた。

Venezia

10月7日。

北イタリア旅行3日目は、ベネチア観光の日だ。

私と北原さんは早朝の電車に乗り、フィレンツェからベネチアに移動した。

【Venezia】(ベネチア)
中世にはヴェネツィア共和国の首都として栄えた都市で、「アドリア海の女王」「水の都」などの別名を持つ。
英語では「Venice」と呼ばれ、これに由来して日本語でもヴェニス、ベニスと呼ばれることもある。
150を超える運河が177の島々を分け、運河には400におよぶ橋がかかる。
地上では、迷路のように狭くて曲がりくねった路地や通りに自動車は入れず、橋も歩行者専用である。
何世紀もの間市内の輸送を担ったのはゴンドラ(gondola)だったが、現在は水上バスやフェリーが普及し、ゴンドラは観光用に利用されている。
ここでしか見られない「水の都」の景色を求め、毎年世界中からたくさんの観光客が訪れている。

ベネチアの玄関口であるサンタ・ルチーア駅を出ると、目の前に運河が広がり、「ベネチアに来たんだ!」と強く実感する。

運河の水面が太陽に反射してキラキラ輝き、向こう側には古い寺院が見えて幻想的な風景が広がっている。

「あの船は何?」

私が尋ねると、ベネチア旅行経験者の北原さんが教えてくれた。

「あれは”ヴァポレット”っていう市民と観光客のための船だよ。

僕は前行った時、乗り放題のチケットを買ってフル活用したけど、レイコさんも乗ってみる?」

船好きの私は「乗りたい。」と答えた。

「じゃ、駅前でチケットを買っておこう。」

北原さんはそう言うと、券売機で24時間乗り放題のチケットを購入した。

浸水の街

ホテルに荷物を預け身軽になった私たちは、まず観光の中心地であるサン・マルコ寺院に向かった。

しかし、入場を待つ観光客の列がすごかったので、明日の朝イチに行くことにした。

しかも今満潮で、寺院前は浸水状態・・・。

私は見たことのない光景を見て、北原さんに声をかけた。

「見て、あの高級そうなカフェのギャルソン。

制服はホテルマンみたいにパリッとキマってるのに足元だけ長靴だよ。

面白くない?」

北原さんもその姿に驚いたようだ。

「でも平然と仕事をしているから、ここでは普通のことなんだろうね。」

ビーチサンダルの観光客は水浸しの状態で寺院前を歩いているが、私たちはスニーカーなので早々と退散することにした。 


サン・マルコ寺院を諦めた後、運河の方を見るとヴァポレット乗り場が見えたので、私はある行き先を思い付いた。

「そうだ、映画『ベニスに死す』の舞台になったリド島に行ってみない?」

北原さんは言った。

「いいね。

でもその前にトイレに行ってきてもいい?

レイコさんはそこのベンチで待ってて。」

・・・それが、二人の関係性を変える”あるきっかけ”を作った。

きっかけ

北原さんがトイレを探している間、私は船乗り場が見えるベンチで待つことにした。

イタリアのガイドブックを読んでいると、脂ぎったイタリアオヤジが隣に座り、「Can you speak English?」と聞いてきた。

私はついいつもの癖で、「Non. Mais, je peux parler français.」(いいえ。でも、フランス語なら話せる。)と答えてしまった。

すると、その男はフランス語でナンパを始めたではないか。

私は「結婚していて、今夫を待っているところだ。」と断ったのだが、「じゃ、彼が来るまで話そう。」と言って離れそうにない。

私は席を立ちたかったが、北原さんに「ここで待ってる」と言った手前、安易に移動することも憚られた。

すると、それをポジティブに捉えたイタリアオヤジは、ここぞとばかりに猛プッシュしだした。

私はのらりくらりとかわしながら、北原さんが早く戻ってくることを祈った。

偽装夫婦

しばらくすると、「待たせてごめんね。」と言いながら、こちらに走ってくる北原さんの姿が見えた。

「あなた、待ったわよ!!」

私は北原さんに駆け寄り、大げさに抱きついた。

そして、男の方に振り向くと、「C'est mon mari.」(この人が私の夫よ。)と誇らし気に告げた。

フランス語を知らない北原さんも事情を察して、「お待たせ。」と言いながら私の腰に手を回す・・・。

私たちのラブラブぶりを見せつけられたイタリアオヤジは、忌々しげに席を立った。


・・・しかし、その男はすぐ近くのベンチに移動しただけで、まだ視界の範囲内にいる。

「あ、そうか。

同じバポレットに乗るから、ここで待つしかないんだ。

あのイタリアオヤジしつこかったから、もうちょっと夫婦のふりをしなきゃいけないね・・・。」

私がつぶやくと、北原さんは嬉々として言った。

「それなら、任せて。」

そう言うや否や、突然私にキスをした。

「誰もそこまで頼んでない!!」

拒絶しようとしたが、その言葉は北原さんの唇に塞がれた。

・・・でも、ここで彼に呑まれてはいけない。

私は”姫”であって、主導権は私にあるのだから。

やっと唇が離れると、私は平静を装って注意した。

「誰もそこまで頼んでないよ。

日本人の夫婦は、やたらめったら人前でキスしたりしないでしょ。」

すると、北原さんは”夫”モードでこう言った。

「ほら、あの男まだ見てるよ。

もっと仲のいいところ見せつけておかないと、僕のレイコがまた狙われてしまう。」

そのキャラ変ぶりに驚いていると、彼は当たり前のようにキスを再開した。

それは私の好みを知り尽くしていて、抵抗する気持ちを完全に奪ってゆくものだった・・・。

「この人、相手のツボを見抜く天才だ。」

私は、北原さんの新たな才能を見付けて感心していた・・・。


ヴァポレットが到着すると、あのイタリアオヤジも一緒に乗ってきた。

乗船後は離れた場所にいたので、私たちの偽装夫婦状態もそろそろ解除していいはずだった。

しかし、北原さんは「アイツがいるから、下船するまでは夫婦のふりをしよう。」と耳元で囁く。

甲板に出て外を眺めていると、彼は後ろから私を抱きしめた。

「やめてよ!!タイタニックの真似みたいで恥ずかしいじゃん。」

私が振り向くと、北原さんはその唇を塞いだ。

ダメだ、そんなことをされると、ますます彼の魔法にかかってしまう・・・。

結局、リド島で下船するまでの約20分間、私たちはずっとラブラブ夫婦のように過ごしてしまった。


リド島に上陸すると、北原さんは繋いでいた手を離し、通常モードに戻った。

「あぁ、”夫婦ごっこ”楽しかったね。

でも、もうアイツはいないし解除しなきゃ。」

・・・確かに「船に乗ってる間」って言ってた通りだけど。

さっきまでイチャイチャしてたのに、急に解除されるのはなんだかちょっと寂しいような・・・。

いやいや、そんなことを思ったら、まさに彼の思うツボだ。

私は「そうね。」と答えるのがやっとだった。

パリのウエノさんの時もそうだったけど、今回の北原さんといい、「年上のイイ男を甘く見てはいけない」と私は痛感した・・・。

Lido

車禁止のベネチア本島と違い、リド島ではメインストリートの「グランヴィアーレ・サンタ・マリア・エリザベッタ通り」で車が走っていることに、私は驚いた。

【Lido】
ベネチア本島の南に横たわる全長約12kmの細長い島。
アドリア海に面して続く海岸には高級リゾートが並び、並木道を走る自動車など本島とは異なる雰囲気が漂う。
毎年9月に開催されるベネチア国際映画祭の会場としても知られている。

ベネチア経験者の北原さんもリド島は初上陸のようで、二人で「ベニスに死す」のロケ地である海岸を探した。

メイン通り沿いには、いかにもリゾートな高級ホテルや、アールヌーボーの邸宅が建ち並び、それを見て歩くのも楽しかった。


20分弱歩いた所にあった歩道橋を渡り海に出ると、映画で見た景色が広がっていた。

そこには、「ベニスに死す」で登場した小さなビーチ・ハウスが今もちゃんと残っていていて、私は感激した。

「あの映画いいよね。あの美少年”タジオ”の美しさったら・・・。」

映画を思い出しながら言うと、北原さんは答えた。

「ビョルン・アンドレセンの美少年ぶりはすごいよね。

あれ以来の美少年といったら、『ターミネーター2』のエドワードファーロングくらいかな?」

”エドワード・ファーロング”と聞いて、2週間前にキスをした、彼そっくりのミカエルを私は思い出してしまった・・・。


海岸の散歩を終えると、ヴァポレットで本島に戻り、私たちは美術館や教会など、観光名所を見てまわった。

ベネチアは予想以上に美しい街で、「ここに来て本当に良かった。」と思った。

そして、こうやって楽しく旅できているのは、一緒にいる北原さんのおかげだから感謝しなきゃ・・・。

Vista notturna

ディナーを食べ終わると、私たちは運河からの夜の景色を見ようと、ヴァポレットの乗り場を探していた。

ベネチアの街を歩いていると、夜は昼間以上にロマンチックモードが上昇する。

周りにいるヨーロピアンカップルは、自分たちの年齢や人前でいることなど関係なく、抱き合ったりキスしたりしている。

そんな様子を見ていると私も人恋しくなり、隣にいる北原さんに「触れたい」と思うようになっていた。

昼間の”夫婦ごっこ”の感触が、鮮明に思い出される・・・。

「北原さんは同じことを思わないのかな?」

ふとその横顔を見上げてみたが、彼の表情から何も読み取ることはできなかった。

 Ordine

ほどなくして船乗り場を見付け、私たちはヴァポレットに乗り込んだ。

水上から眺めるベネチアの街はとても綺麗で、窓際の席に座った私は夢中で写真を撮りまくった。

しかし一通り撮り終わると、急に夜の寒さが感じられた。

太陽が照り付けていた昼間と違い、夜の船上は外からの風が冷たい。

私は隣にいる北原さんに何となく聞いてみた。

「ねぇ、寒くない?」

「そう?僕は平気だけど。」

・・・男の人って、寒さに強くて羨ましいなぁ。

「じゃあ、その着ている上着貸して。」と言うつもりが、なぜか私は違う言葉を発していた。

「じゃあ、あっためて。」

北原さんは少し驚いたようだが、すぐにこう解釈した。

「あぁ、今日の”夫婦ごっこ”の続きがしたいの?」

・・・そういうつもりで言ったのかどうか、自分でもよくわからない。

でも、彼に触れたいと思っていたことは事実なので、小さく「うん。」と頷いた。

「わかったよ。」

優しい笑顔で言うと、北原さんは後ろから私を抱きしめた。

北原さんとラブラブモードで見るベネチアの夜景はさっきよりも輝き、より美しく見えた。

「やっぱり、ベネチアの夜くらいロマンチックに過ごさないとね・・・。」

北原さんのキスを受けながら、自分の弱さをベネチアの夜景のせいにすることにした・・・。


船を降りてからも二人の”夫婦ごっこ”は続き、手を繋ぎ、時おりキスしながら、ホテルに向かって歩いた

私たちは出会った時からお互い惹かれ合っていたし、それに加えてベネチアという美しすぎる街が二人の気持ちを盛り上げていた。


・・・でも、ホテルに戻ったらどうするんだろう!?

私たちは同じホテルの別の部屋を予約している。

このまま盛り上がって、どちらかの部屋で一夜を共にしてしまったりするんだろうか・・・。

北原さんはそれを望んでいるの?

Alberghi

ホテルに着くと、私たちは一緒にエレベーターに乗り込んだ。

北原さんはエレベーターのボタンを押す前に私にキスをし、こう質問した。

「これからどうする?

同じ部屋に泊まって、明日の朝まで”夫婦ごっこ”を続ける?」

・・・究極の選択肢を出され、私の心は揺れた。

葛藤

私は、肉食系女子の友人・ミヅキちゃんが言っていた名言を思い出した。

「百戦錬磨の私が保証するよ。キスの相性=体の相性だって。」

瞬時に相手のツボを感じ取り、その人の好みにあった快楽を与えてくれる北原さん・・・。

もし彼と一夜を共にしたら、きっと今まで感じたことのない、めくるめく世界が待っているだろう。


しかし、それと同時に、賢明な友人・エリカちゃんの言葉も思い出された。

「レイコちゃんはもうすぐ帰国するんだし、いいなと思う人がいてもあまり深入りしない方がいいよ。」

・・・そうだ、私は”10月末まで恋愛自粛”って言ってたんだった!!(※キスはしちゃってるけど)


しかも、北原さんはカッコいいアラフォーで、どう見ても経験豊富な大人の男性だ。

きっとミラノではイタリア人の彼女とも付き合って、女を喜ばせるノウハウを知り尽くしているに違いない。

彼と寝たりなんかしたら、パリに戻った後も引きずるに決まっている。


私は一つ深呼吸をした後、自分の答えを述べた。

「ううん。ここでやめとく。

だって、明日には私たち解散するんだから。」

北原さんは少しがっかりしたようだが、すぐに笑顔に戻った。

「そうだよね・・・わかった。

でも、レイコとたくさんキスできて嬉しかったよ。」

そう言うと、エレベーターのボタンを押した。

自分の階に着くと最後のキスをして、「おやすみ。」と言い、降りて行った。


その夜は色んなことが思い出され、ドキドキしてなかなか眠れなかった。

「明日、どんな顔をして北原さんと観光すればいいのだろう?」


明日は旅行最終日に関わらず、さらに二人の気持ちは高まってしまうのである・・・。


ーフランス恋物語82に続くー


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