ミカエルとの再会(フランス恋物語78)
de Nancy à Château-Thierry
旅行最終日の9月26日の朝。
昨日まで一緒に旅していたミヅキちゃんをホテルに残し、私は一人ナンシーから電車に乗った。
大好きなミカエルに会いに行くために・・・。
Château-Thierry
昼過ぎには、ミカエルの住む町”Château-Thierry”(シャトー・ティエリ)に着いた。
特にこれといった観光名所があるわけでもなく、彼との縁がなければここに来ることはなかっただろう。
【Château-Thierry】(シャトー=ティエリ)
コミューン北部は(地方区分上で)ピカルディー、西部はイル=ド=フランス、東はシャンパーニュと接する。
現在は行政上ピカルディー地域圏に属するが、フランス革命まではシャンパーニュ地方に属した。
イソップ寓話を基にした寓話詩で知られる、17世紀に活躍した詩人、Jean de la Fontaine(ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ )の生誕地でもある。
シャトー=ティエリは、第一次世界大戦中の1918年にアメリカとドイツが交戦した地で、前線が置かれた。第二次世界大戦中の1940年にもフランス遠征の舞台となった。
ミカエルには電車到着時間を告げてある。
ホームに降りて周りを見渡すと、私を探すミカエルの姿が見えた。
3ケ月ぶりに会うミカエルは相変わらず美しく、前より髪が伸びて大人っぽくなっていた。
「Michaël!!」
声をかけると、彼は私を見付け微笑んだ。
その笑顔を見ただけで、私はなんともいえないくらい幸せな気持ちになる。
ミカエルが私の目の前まで来た。
彼の再会の挨拶は、ビズなのか、キスなのか、一体どっちなんだろう・・・。
私が待っていると、ミカエルは少し遠慮がちにキスをした。
その絶妙なバランス加減に、私の胸はときめいた。
駅を出ると、私たちは手を繋いで歩いた。
3ケ月前に初めて会った日もキスした後は手を繋いで歩いていたが、まるであの日の続きのようだ。
「ランチは食べた?」
私が「まだ。」と答えると、ミカエルは「まずはランチに行こう。」と提案した。
シャトー・ティエリの駅周辺は住宅街で、思ったほど田舎でもないようだ。
ただ、私のようなアジア人は目立つだろう。
ミカエルは私と地元を歩いて、知り合いなどに見られても気にしないのだろうか・・・。
大丈夫だからこの町に呼んでくれたのだろうが、美しすぎる彼の恋人と思われるのは、恐れ多く感じた。
私は、ミカエルがくれた詩のお礼を言わなきゃと思った。
「前にミカエルが私に書いてくれた詩、ロマンチックですごく素敵だった。
私、男性に詩を書いてもらったの、生まれて初めてで感激したよ。
本当にありがとう。」
ミカエルは照れたように言った。
「レイコに喜んでもらえて嬉しいよ。
8月に彼氏ができたと聞いて、何度も諦めようと思ったんだ。
でもずっとレイコのことが好きで、その想いを詩に書いてみた。
自分がどれだけ好きか知ってほしくて、詩を贈ったんだよ。」
私はミカエルに謝った。
「他の人を彼氏に選んでしまってごめんなさい。
でももう別れたし、今の私はミカエルのことが好きよ。
今日、あなたに会えてとても嬉しい。」
すると、ミカエルは立ち止まって私を抱きしめた。
「僕もレイコが会いに来てくれて、すごく嬉しい。
もう会えないかもしれないと思っていたから・・・。
3ケ月前に会って以来、君を抱きしめることを毎日夢見ていた。
今日は会いに来てくれて、本当にありがとう。」
・・・ミカエルの腕の中でそこまで言われ、私は夢見心地だった。
Le déjeuner
連れられてきたのは、マダムによる個人経営のビストロだった。
今日の”plat du jour”(日替わり定食)が"Saumon Meunière"(鮭のムニエル)と書いてあったので、私たちはそれを選んだ。
私はミカエルと話して、この3ケ月の間に自分のフランス語力が上達していることを実感した。
これもすべてアンナ先生のおかげか・・・。
食事をしながら、ミカエルは自分の近況を話しだした。
「実は、この7月で大学を卒業したんだ。
今、僕はバイトでお金を貯めながら、日本語の勉強を頑張っている。
来年か再来年にはワーキングホリデービザを取って、日本に住むつもりだよ。
レイコ、その時は一緒にいてくれるかな?」
「ミカエルが日本に来るかもしれない」・・・その言葉に、私の胸は高鳴った。
「Bien sûr.」(もちろん。)
そう答えたが、心の中では「それまでに絶対彼氏を作らないと約束はできないけど」と付け加えていた。
だって、彼がワーホリビザを取れるかどうか、本当に来日できるかどうかなんて、今はわからない。
そんな不確定な条件に合わせて、自分の未来を約束することはできなかった。
「彼が本当に日本に住むことが決まったら、その時に考えればいいだろう」と私は思った。
メイン料理の鮭のムニエルはさっぱりとして美味しく、私の胃にも優しかった。
ミカエルが、この料理について説明してくれた。
「このBeurre blanc sauce”バターソース”って普通は白ワインを使うんだけど、ここはシャンパーニュ文化圏だから白ワインの代わりにシャンパンを使ってるんだよ。
バターソースの後味が、爽やかでほどよい酸味があるでしょ?」
・・・本当だ、ミカエルの言うとおりだ。
「ミカエルすごいね!!
もしかしてかなり料理が得意なんじゃない?」
ミカエルは照れながら言った。
「僕は子どもの頃から料理が大好きで、母に色々教えてもらったんだ。
機会があれば、レイコにも料理を作ってあげたいな。」
ミカエルに料理を作ってもらえる・・・そんな夢のような日が来るのだろうか。
私は美しい青年を眺めながら、彼が我が家のキッチンに立つ姿を想像した。
Porte Saint-Pierre
ビストロを出ると、ミカエルは言った。
「そういえば、レイコはジャンヌ・ダルクが好きだったよね。
彼女が来たという場所に連れて行ってあげるよ。」
私は驚いた。
「え、ジャンヌダルクはこの町にも来たことあるの?
知らなかった・・・。」
考えてみると、シャトー・ティエリはパリとランスの間にあるので、ジャンヌ・ダルクがここに来ても不思議ではない。
私たちは、ジャンヌ・ダルクゆかりの地に向かって歩くことになった。
マルヌ川にかかる橋を渡ると大きな交差点に出て、その中心にこの町の出身者である”Statue Jean de la Fontaine”(ラ・フォンテーヌの像)の前が立っていた。
「ラ・フォンテーヌの『うさぎとかめ』『北風と太陽』の話はとても有名で、日本人はみんな知ってるよ。」と言うと、ミカエルは驚いていた。
歩いて10分ほどで、ジャンヌ・ダルクが来たという”Porte Saint-Pierre”(サン・ピエール門)に着いた。
そこには、当時から残ってそうな石造りの門が建っていて、ジャンヌ・ダルクの名を掲げたプレートが付けられている。
プレートには、「1429年7月30日にジャンヌ・ダルクがこの門を潜った。」という記録が書いてあった。
ちゃんと細かい日付まで書いてあることに「彼女がここに来たという事実」がリアルに感じられ、私は感激した。
「ごめんね。僕はあまり歴史に詳しくなくて。」
ミカエルは謝ったが、私はここに連れてきてもらえただけで嬉しかった。
Château de Château-Thierry
サン・ピエール門を離れると、ミカエルはすぐ近くにある城跡に連れて行ってくれた。
彼は謙遜して言う。
「ちゃんと残ってる城じゃないし、つまんないかもしれないけど。」
私は思っていることを正直に言った。
「私は遺跡が好きだし、朽ち果てながらも、昔の名残を残した城跡って大好き。」
その言葉を聞いてミカエルはホッとしたようだった。
私は、彼のそういう謙虚なところも大好きだ。
シャトー・ティエリ―城の城跡は、小高い丘の上にあった。
坂を登り城内を一通り散歩し終わると、私たちは城壁に立ち、シャトー・ティエリ―の景色を眺めた。
そこには、ジャンヌ・ダルクの時代から変わっていない、可愛らしい町並みが広がっていた。
「素敵な眺めね。
昔ながらの建物がちゃんと残っていて、中世の時代に戻ったみたい。」
私が感想を述べると、ミカエルは嬉しそうに言った。
「これは子どもの頃からずっと眺めて来た、僕のふるさとの景色だよ。
レイコに気に入ってもらえて、すごく嬉しいよ。」
私たちは微笑み合うと、キスをした。
Les bisous
私たちはしばらく城内を散歩していたが、もう行くところもなさそうなので、一角の草むらに腰を下ろした。
ここは前後を城跡と城壁に挟まれた死角のようだった。
平日の昼間だからか、周りには誰もいない。
気が付くと、私とミカエルはどちらともなく唇を重ね、それは永遠に続きそうに思われた・・・。
ミカエルのキスは、優しくて丁寧で繊細で、そして何よりも愛に溢れている。
キスとキスの間に見る、至近距離のミカエルの顔が美しすぎて、彼への愛しさは増すばかりだ。
ミカエルの顔を見ると、中学生の時に恋焦がれていたエドワード・ファーロングを思い出す。
当時のピュアな気持ちが蘇り、私はそれだけで満ち足りてこの上なく幸せな気持ちになる。
普通ならこれだけキスをしたらその先を意識してしまうのに、ミカエルは私にとって憧れの人すぎて、そこまで考えが及ばないのだった。
でも・・・ミカエルはどうなんだろう?
昨日ミヅキちゃんが言っていた「22歳の男の子なんだから、キスだけで済むわけがないじゃん」という言葉が頭に浮かぶ。
私はミカエルのことが大好きなので、今日もし彼が求めてくるのであれば、応じるつもりでいた。
しかし、ミカエルの様子を見ていると、家やホテルに誘ったり、ましてやここで・・・ということはなさそうだ。(さすがに外は無理だが)
彼に本心を尋ねることはできないので、私は気にしないことにした。
だって、もう二度と会えないのかもしれないのだから・・・。
・・・私たちはシャトー・ティエリ―城の城跡で、飽きることもなく何時間もキスをしていた。
暗くなったことに気付くと私たちはキスをやめ、顔を見合わせ照れたように笑った。
Gare de Château Thierry
城跡を出ると、私は「今からパリに帰る。」と言った。
ミカエルはディナーに誘ったが、そんなことをしたら本当にパリに帰りたくなくなってしまいそうなので、私は心を鬼にして断った。
私が帰るとわかると、ミカエルは寂しそうな顔をした。
3ケ月前のパリデートの時もそうだったが、こんな時「寂しい」という気持ちよりも「こんなに私のことを好きでいてくれるんだ」という気持ちの方が上回る。
それくらい、ミカエルは私の憧れの人だった。
ミカエルは駅のホームまで私を見送りに来てくれた。
私が乗ろうとする電車が近づくと、ミカエルは私を抱きしめて尋ねた。
「レイコ、また会ってくれる?」
あぁ、なんでこの人は、私にここまで言ってくれるのだろう?
「Peut-être・・・.」
私は「多分」と答えるのが精一杯だった。
ミカエルは発車ギリギリまで、私に熱いキスをした。
それは映画のワンシーンのようで、私を酔わせるのに十分なシチュエーションだった・・・。
de Château-Thierry à Paris
電車がシャトー・ティエリを離れ一人になっても、私は寂しい気持ちになることはなかった。
・・・どれだけキスをしても、彼が私に愛情表現をしても、ミカエルは「自分には手が届かない、浮世離れした憧れの人」であり続けた。
「会えただけで幸せ」
「キスしただけで幸せ」
「彼が好きと言ってくれるだけで幸せ」
そして・・・
「二度と会えなくても、会えた日の思い出が残るだけで幸せ」
そう思えるくらい、私にとってミカエルは特別な存在だった。
à l'Italie
2泊3日の旅を終え私はパリの自宅に戻ったが、10月5日からはイタリア旅行が控えていた。
残念ながら、イタリア旅行は一緒に行く友達が見付からずやむなく一人で行くことになった。
それにより、イタリアでも私は新たな出会いを経験してしまうのである・・・。
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