見出し画像

ミカエルの強い言葉(フランス恋物語92)

Le matin

10月28日、水曜日。

朝、目覚めると、目の前にミカエルの美しい寝顔があった。

「あ、そうか。

昨夜いい感じだったのに、途中でやめちゃったんだっけ・・・。」

タイミングが悪すぎる自分の体を恨んだ。


・・・でも、ダメだったものは仕方がない。

私は今、こうやってミカエルと一緒に寝ているだけでも、この上ない幸せを感じる。

ギリシャ彫刻のように完璧な美しさで眠るミカエルを前に、私はこの贅沢すぎる時間をどう過ごそうか迷った。

ミカエルの美しい寝顔を眺め続けるか、

その美しい唇にキスをするか。(起こしてしまう可能性があるが)、

もう一度、彼の胸に顔を埋めて眠りに落ちるか・・・。

私は彼の寝顔を見つめることにしたが、しばらくすると眠気に襲われてまた寝てしまった。


数時間後、ミカエルのキスで私は目が覚めた。

目を開けると、ミカエルが笑顔で私を見つめている。

「Bonjour.」

可愛らしく微笑むミカエルに、私は寝ぼけた声で挨拶した。

「Bonojour, mon chéri.」

起き抜けに見る彼の笑顔はまぶしすぎて、めまいがしそうだ・・・。

Le galette

「じゃ、今からガレットを作るね。」

ミカエルは私に調理器具や調味料の場所だけ確認すると、「レイコは待ってて。」と言い、一人でキッチンに立った。

私がシャワーを終えてリビングに出ると、そば粉の香ばしい匂いがした。


”galette”(ガレット)は、フランス北西部のブルターニュ地方発祥のそば粉で作られ、小麦粉で作られるクレープの元になった料理である。

ミカエルは1枚目に、定番といわれる、中央にハム、半熟の目玉焼き、チーズを乗せた”galette complète”(ガレット・コンプレット)を出してくれた。

一口食べてみると、ガレットのそば粉の香りがふわっと広がる。

ハム、チーズ、半熟卵の目玉焼きが生地の味を引き立てて美味しかった。

私が「C'est délicieux!!」と褒めると、ミカエルは微笑み、2枚目のガレットを焼きながら説明をした。

「フランスではハムやチーズを入れる食事系の塩系クレープ生地のことを”galette”(そば粉のガレット)、甘いデザートの生地を”Crêpe”(クレープ)と言うんだよ。」

私は今までなんとなく食べていただけで、その違いすらちゃんとわかっていなかった。


2枚目はサーモンのスモーク・ほうれん草・半熟の目玉焼きが載ったガレット、3枚目にジャムやアイスを乗せたデザート系クレープをいただくと、お腹がいっぱいになった。

「ミカエル、どれも美味しかったよ。

本当にありがとう。

こんなに上手に作れるのなら、プロになれるんじゃない?」

私が感想を述べると、彼は嬉しそうに言った。

「本当!?

実は僕、ワーキングホリデーで日本に住めたら、東京のクレープリーで働こうと思っているんだ。

将来、自分のクレープリーを出すのが僕の夢だよ。」

私は、彼の日本移住計画が具体的なのに驚いた。

「そうなんだ。

私は、モデルの仕事もいいと思うけどな。

かけもちでやってみたらどう?

ミカエルがクレップリ―で働くことになったら、私食べに行くね。」

私は、ミカエルがクレップリ―で働いて女性客にキャーキャー言われる姿を想像した・・・。

La poste

この日は、ミカエルに私のパリ生活じまいを手伝ってもらうつもりだった。

私が借りている部屋は、「家具や荷物は次の住人のために置いていっていい」と言われていたが、それでも日本の実家に送りたい物はたくさんあった。

荷造りは既に済ませていたが、複数の段ボールを一人では運びきれないので、La poste(郵便局)に一緒に運ぶ作業をミカエルにお願いした。

ミカエルは「もちろん。僕にできることなら任せて。」と言ってくれた。


最寄りのLa posteに行くと、日本に荷物を送る手配をした。

それからもう一つ、私はここで「La posteの銀行口座を閉める手続き」をする必要があった。

私はフランスの企業から給料を受け取るために、トゥールに住んでいる時にLa posteで銀行口座を開いていた。(その時はホームスティ先のマダムが保証人になってくれた)

職員に尋ねると、口座を閉めるためには一筆書かなければならないと言う。

内容が難しいので代わりにミカエルに聞いてもらうと、ミカエルの代筆でもいいとのこと。

ミカエルは言われるまま、私の代わりに口座を閉めるための書類を書いてくれた。

私は「自分一人ではこの手続きができなかったかもしれない」と思い、ミカエルに感謝するのだった。

La soirée

La posteから帰ってくると、夕方は二人でのんびりうちで過ごした。

基本的にはベッドの上でくっついて、たくさんキスをしたり、お喋りをしたり、本棚にあったFrançoise Sagan(フサンソワーズ・サガン)の『Bonjour Tristesse』(悲しみよこんにちは)をミカエルに朗読してもらったりした。


ミカエルはしばらく朗読を続けていたが、急に本を閉じた。

そして私に向き直ると、真剣な表情になってこう言った。

「レイコ、僕は来年になったら、日本のワーキングホリデービザを申請するよ。

お金もだいぶ貯まったし、日本語の勉強もしているんだ。

ビザが取れたら、友達と東京のシェアハウスに住むつもりでいる。

そしたら、また僕と一緒にいてくれる?」

ミカエルの目は真剣そのものだ。

今までみたいに「~できたらいなぁ。」という軽いものではない。

私は少し責任を感じながらも、笑顔でこう答えた。

「Bien sûr. J'ai hâte de te revoir à Tokyo.」
(もちろんよ。東京で会えるのを楽しみにしてる。)

ミカエルは嬉しそうに私を抱きしめた。


晩御飯は、私の作ったお好み焼きを食べてもらった。

彼は「美味しい」と言ってくれたが、彼のガレットのようにお店に出せるようなレベルの物ではない。

私はミカエルを眺めながら、「彼が東京に来ることがあれば、美味しいお好み焼き屋さんに連れていってあげたいな」と思った。

Gare de l'Est

21時頃、”Château-Thierry”(シャトー・ティエリ)に帰るミカエルを見送りに、”Gare de l'Est”(パリ・東駅)へ一緒に行った。


電車をホームで待っている間、ミカエルは私を強く抱きしめてこう言った。

「昨夜は途中で中断してしまったけど、レイコはとても綺麗で良かったよ。

この続きは、東京でね。

僕は絶対東京に行くから、そのつもりでいて。」

昨夜の不完全燃焼は、彼の恋の炎をさらに燃え上がらせてしまったようだ。

私は彼の燃える瞳を見つめて、「D'accord.」(わかった)と言うことしかできなかった。


彼を乗せた電車が発車すると、私は一人ぼんやりホームに佇んだ。

ミカエルの「来年東京に行くから会おう」という言葉は、とても嬉しかった・・・。

今までなら「これで最後」という思いで彼と別れていたが、ミカエルの強い言葉を聞いて「もしかしたら最後じゃないかもしれない」と思うようになっていた。

とはいっても、”他人に期待しすぎない”というスタンスが変わることはないが・・・。


・・・私はずっと余韻に浸っている暇もなく、明後日の出発に向けて、やるべきことを考えなければならなかった。


明後日10月30日、私は10ケ月のフランス生活に別れを告げ、日本へと向かう・・・。

ーフランス恋物語93に続くー


【お知らせ】雑記ブログも書いているので、良かったら見に来てくださいね。(オススメページをピックアップしてみました。
【迎賓館赤坂離宮】東京の中心でヨーロッパ旅行気分を味わう
【X JAPAN・YOSHIKI 紅白歌合戦】歴代の出場回まとめ
【モロッコ】シャウエン オテルマドリッドが個性的すぎる!!


Kindle本『フランス恋物語』次回作出版のため、あなたのサポートが必要です。 『フランス恋物語』は全5巻出版予定です。 滞りなく全巻出せるよう、さゆりをサポートしてください。 あなたのお気持ちをよろしくお願いします。