見出し画像

熊野古道で芽吹いたささゆり。やがて咲くかも。

あれは夏の終わり、8月31日のことでした。いつものように旅雑誌の仕事で出張していた清水さんと私。今回の取材地は熊野古道です。早朝から中辺路を撮影し、続いて三重県熊野市の鬼ヶ城(世界遺産の海岸景勝地)も取材して、山上の宿「霧の郷たかはら」に到着したのは夕刻でした。

「霧の郷たかはら」は私にとって思い入れのある宿。かつて熊野古道を紹介するウェブサイト「みちとおと」を制作した時、オーナーの小竹さんに地元の古老を紹介してもらうなど、たいそうお世話になったのです。(「みちとおと」を経て出版レーベル・道音舎を立ち上げるに至りました)

なので今回、思いがけず再訪の機会をいただき「このタイミングで行けるのは、なぜ?」と、一瞬考えました。何かと意味付けたがる思考パターンに、うっかりはまってしまった。

数年ぶりに小竹さんとお会いして、「その節はお世話になりました」とお礼を言いました。にこにことフレンドリーに対応してくれる小竹さんは、あいわからず愛想が良くてテンション高い!

ちなみに私と清水さんは日常的にテンションが低いです。

さっそく清水さんが撮影に取りかかります。

外観や客室を撮ったら次は夕食です。お皿の位置を微調整しながら、展望抜群の食堂でじっくりと料理の撮影を進める清水さん。

「終わりました」

清水さんがそう告げると、ようやく食事がいただけます。早朝から汗だくで取材してきた私たちも、ここでほっと一息。晩御飯です。清水さんも、この時だけはテンションが上がります。(あんまり顔に出ないけど)

食事中は気がゆるむので、時には泣き言なんかも言い合います。私たちは仕事でしか会わないので、話題はたいてい仕事のこと。

「わたし最近、こんなことがあって…」
「あー、それは嫌ですね。じつはわたしもちょっと凹んでて…」

フリーランスにありがちな悲話をぼそぼそ語っているうちに、「なんとかせねばダメですね」という前向きな流れになりました。珍しいことです。

「もっと自由に、わくわくしながら表現したい」という思いは同じ。日々悶々と抑え込んできた表現欲がくすぶってきた感じです。熊野に漂う磁場の影響を受けたのでしょうか。よみがえりの聖地ですもの。

「あ、だったら私たち、ユニット名をつけて活動したほうがいいですね。阿佐ヶ谷姉妹みたいに」
「あ、そうですね」
「しらゆり、とか?」
「しらゆり? ぷっ」

その時でした。清水さんがテーブルの上のルームキーをガシッと手にして「ささゆり」と言ったのです。ルームキーにぶらさがった木の札には、黒マジックで書かれた「ささゆり」の文字。

そう、私たちの部屋の名は「ささゆり」

この微妙な展開に違和感を持つこともなく、客室「ささゆり」に戻った私たちは、ささゆり。

部屋で歯磨きをしながらふと見ると、「豊國」と署名の入った浮世絵が壁にかけられていました。私は歯ブラシを口から抜いて振り返り、清水さんに声をかけました。

「清水さん、この絵いいですよ。アイコンに使えそう」
「ほんと。北浦さん、どっちの女の人がいいですか?」
「ん、私は左かな?」
「どう見ても左のほうが若いじゃないですか、左は私でしょう」

清水さんが珍しく強気で言い切ったのでひるみましたが、私は譲ると言いませんでした。

浮世絵に見ほれながら歯磨きを続ける私の横に立ち、さっそく清水さんが歌川豊國の名をスマホで検索。

「大丈夫です。著作権ありません」
という経緯で晴れてアイコンも決定しました。

「撮りたいものしか撮りません。書きたいことしか書きません」をコンセプトにフォトグラファー清水とライター北浦でゆるゆるとブログを始めてまいります。「あなた撮ってね、わたし書きます」というキャッチコピーも考えました。

その日、山上から見た夕景は神々しくも幻想的で、ささゆりの誕生を祝福していたかのようでした。さらに翌朝9月1日、ふとんから這い出て障子を開けると峰々を埋める見事な雲海が一面に広がっていたのです。

熊野の神様、ありがとう。


※写真の掲載を快諾してくれた霧の郷たかはら・小竹治安(しの じあん)さんにもお礼を申し上げます。

                (写真・清水いつ子 文・北浦雅子)


▼ 仕事のご相談などは以下のメールアドレスにお願いします。(写真家とライター、別々のお話でもOKです)
sasayuri0831*gmail.com   
*を@に変えてください

#霧の郷たかはら #熊野古道 #旅 #旅行 #旅日記 #旅エッセイ #エッセイ #エッセー #編集 #編集者 #ライター #旅ライター #フォトグラファー #カメラマン #カメラ #写真家 #写真 #撮影 #フォト #photo #photographer #photography #フリーランス #取材 #出版 #コラボ #私の仕事


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?