act:23-オレたちの防空壕 トンネルを抜けるとそこは戦場だった。
今日は昭和51年6月10日木曜日、平日だ。小学2年生の弟のクニオは4年生のオレと違ってまだ授業が少ない、本日は給食を食べてそのまま下校だったようだ。そしてクニオは宿題をとっとと終わらせるとオレの帰宅を待つことなく、一人で若菜歯科医院のヤッチャンの家に遊びに行ってしまったという。オレは母さんに聞いてヤツの行動のその全容を知った。
さらに確認したところでは、ヤッチャンの家にはどうやらレアキャラのウェーズミ、通称「お面のケンちゃん」もくるようだ。ほほぉ、滅多に来ないケンちゃんが来るのか珍しいな。
ん、でも待てよ?大多喜無敵探検隊メンバーがレアキャラ含めて3人も集う場に、なんで隊長のオレが呼ばれないんだ?色々めんどくさい特攻野郎のユーイチが呼ばれないのは非常に分かるが、どこまでも公明正大で品行方正、常に皆の尊敬を一手に集めるこのオレが誘われないのは何故だ解せん!もしかしたらあいつら、オレに隠れてなにか良からぬことを企んでいるのではないか?
でもまぁーあの3人は同じ学年で穏やかな性分も似ているし、前からたまにこうしてコソコソと集まってるんだよなぁ‥。ふん!でもどうせネクラ集団の寄合いだ、きっとみんなで家に閉じ籠って、ニヤニヤとTVマンガや国鉄木原線の話で盛り上がってるんだろう。まぁオレにとってはつまらん場であることは間違いなさそうだな。
よぉーし、ならばこっちから願い下げだ!
いいかよく聞くんだ、昔から子供ってもんはだなぁ、天気のいいときは外で遊ぶもんなんだ、特に今日のように快晴の日は当然だろう!貴様らはこんな日に外で遊ばなくてどうする?カビやキノコが頭に生えても知らないぞ!
そう思いなおすとオレも一先ず家を飛び出すことにした。つい2~3日前に我が千葉県にも梅雨入り宣言は出たものの、今朝のNHKの天気予報では、本日は夏を先取りしたような晴天だということなんだ。せっかくだ、十分満喫しようじゃないか。
しかし家を飛び出してはみたものの、どうも一人では盛り上がりにかけるもんだ。天気はよいが、さてこれから何をやろうか、どこに行くかが全く思いつかない。仕方がないのでまずは隣のユーイチを呼びに行くことにした。暇人なあいつのことだ、きっと家にいるに違いない。
オレはユーイチの家の引き戸を、いつものように無造作にガラガラと開けると、これまたいつものように大声で叫んだ
「ユーイッチくーん‥、出動だぁぁぁぁ!!」
その声に反応して、今日も家の奥からヤツがドタドタドタッと走ってきた。
やはりいたな暇人め。
そして、お互い顔を合わせた瞬間、軍隊式の挨拶を受ける
「大多喜無敵探検隊 サナダ隊長に敬礼! 」
ユーイチの最大限の敬意を受け、オレも軍隊式の敬礼を返しひと言
「ご苦労! 」
うんうん、やはりユーイチはオレの最も信頼できる相棒だ、ここまで阿吽の呼吸である。今日もユーイチは大多喜小学校推奨のオレンジ色の体操着と緑色の半ズボンのまま、カミカゼの鉢巻きに仮面ライダーXの変身ベルトを装着してお出ましだ。そしてヤツはビーチサンダルを履くと、玄関に立てかけてあったミズノの金属バットを手に持った。
うむ、これでヤツも出動準備完了だ!
オレたちはいつものように大多喜無敵探検隊の駐屯地「青龍神社」に向かうと、早速本日の作戦会議をはじめた。
まずはオレから情報共有したいことがある、ユーイチよく聞いてくれ、なんとクニオはオレたちに内緒で現在ヤッチャンの家に遊びに行っており、そこに珍しくお面のケンちゃんも合流するそうなんだ、この状況を貴様はどう思うか!?
案の定ユーイチも「何でオレが誘われないんだ!」と全くオレと同じことをいった、さらに隊長はともかく同級生のオレが誘われないのはアタマおかしいと。
おいおい、隊長はともかくとは何ごとかユーイチよ!
とはいえ、過去に前例のない差別と屈辱を受けた我々2人の本日の作戦目標は自ずと固まっていった、オレたちは仲間外れにされた報復措置を決行することにしたのである!
「よし、1000倍返しだ!」
こういうところでもユーイチとは非常にウマが合う、やはりユーイチは前世のオレの弟だったのだろう。
念のため断っておくが、これは決して逆恨みではないぞ、そもそもオレたちが逆恨みなどするような小物に見えようか!重要なことなのではっきり言おう、これは漢の誇りをかけた報復なのだ。
まぁ何はともあれ、そうと決まれば話は早いぞ、彼らに飛び切りの恐怖を味わせてやろうじゃないか。我々を蔑ろにした罰だ。弟のクニオ、お面のケンちゃん、ヤッチャンにお灸をすえてやろう。
題して「暁のお灸作戦」である!
作戦名だけはすぐ決まったが、ではそのお灸には何がよいか?
まずやつらが集結する正確な場所の確認だ、それはヤッチャンちの庭に面した縁側の部屋に違いない、いつも遊びに行くとあの部屋に通されるんだ。そこで東京出身のオシャレなお母さんが焼いてくれた都会の味の美味しいクッキーを皆で呑気に頬張り、さぞやひと時の平安を謳歌していることだろう。
そこに血気盛んな我ら漢の中の漢2人で突撃だ!
縁側からネズミ花火でも大量に放り込んでやろうか?それとも煙幕花火がいいか?偽りの平和をぶち壊してやろうではないか ウッシャシャシャシャ!
いやいやそんなのでは生易しいぞとユーイチはいう。
ユーイチは、皆が恐怖に打ち震え、毎晩しょんべんチビるようなものじゃなくてはダメだと力説したのだ。
ならばと再度オレが提案した作戦全容は以下になる。
「暁のお灸作戦」
1. ヤッチャンちの裏庭に町営駐車場の崖伝いからこっそり侵入
2. 談笑する彼らの真ん前に強行突入
3. 速やかに「不気味虫」と「ヘビ」を投下
4. 恐怖に絶叫する彼らを尻目にヤッチャンちの表門へ全力疾走
5. 無事に安全圏まで逃げ切り作戦完了
イタリアの極左テロ組織「赤い旅団(※1)」も真っ青になるであろうこの無慈悲な作戦計画を聞いたユーイチは、満足げにニヤリと不敵な笑みをうかべ、そして囁くようにいった
「‥へっへっへ隊長、やっぱアンタ天才だよ」
ユーイチよ、オレが頭がいいってことは今に気付いたわけではあるまいフフフフフ。オレは毎回校内のIQテスト(※2)で常に最高値を叩きだしている、その結果あまりに先生がビックリして、都度ウチの親を呼び出すほどなのだ!
そして先生みんなが口をそろえて同じことをいうぞ「何でサナダくんはこんなにIQ高いのに勉強できないんだ」とな、どうだすごいだろう!
さぁ作戦計画はできたぞ!そうと決まればさっそく本作戦の必須アイテム「不気味虫」と「ヘビ」の採集をはじめようじゃないか!
不気味虫は防空壕に行けば、バーゲンセールで叩き売りするほど幾らでも捕まえられるだろう、そしてあそこなら何某らかのヘビもいるに違いない!
そうそう、ここで不気味虫について少々解説しておかねばなるまい。オレたちが不気味虫と呼んでいるのは主に以下の昆虫や節足動物のことで、一般的には不快害虫と呼ばれる昆虫類だ。
これら不気味虫たちの呼び名は、大多喜町や房総南部の方言「房州弁(※3)」での呼称だそうだが、人一倍聡明なオレはもちろん標準語の呼び名も知っている、日々NHKで勉強しているのだよ!
そして忘れてならないのはヘビだ!我が弟クニオはヘビが大嫌いなんだ、アオダイショウでもヤマカカ(※4)でもなんでもいいんでヘビを一匹クニオの眼前に放り込んでやらねばいかん!オレたちを仲間外れにするような、そんな性根が腐って人の道を踏み外しかけている可愛い弟を律してやれるのは他ならぬ実の兄、このオレ以外に誰がいるというのだ!
クニオめきっとヒィーヒィー泣き叫んで天をも呪うことだろう。とはいえせっかくだ、過去に体験したことのない最大の苦痛を与えてやろうじゃないか、しっかり本能に叩き込んで、やつが二度と同じ過ちを繰り返さないよう、兄として気付かせてやるのだ!これは愛の鞭でもある!
そしてなにより不気味虫とヘビの採取地、防空壕の崖を登れば、すぐにヤッチャンちの裏庭だ。新鮮捕れたて不気味虫を、フレッシュなままお届けできそうじゃないか、なんて効率的なんだろう。あぁ彼らの阿鼻叫喚が目に浮かぶようだ。
「スゴイね、まるでテロリストだね!」
はっ!話に熱中するあまりオレたちは周囲の警戒を怠っていたようだ!声に驚き振りかえると、そこにはマークンが立っていたのだった。
地べたにしゃがみ、顔をあわせて夢中で密談していたオレたちは、接近する土屋のマークンに全く気付かず、迂闊にも彼にこの秘密計画をそっくり聞かれてしまっていたのだ、トンだ失態である!
和菓子屋さんの息子、土屋のマークンは、大好きなカールを買いに尾高屋に向かう途中、我らが大多喜無敵探検隊の駐屯地「青龍神社」の前を通りかかったところでオレたちを偶然見つけて傍にきて、‥そしてずーっとオレたちの話を聞いていたということだ何てこったい!
マークンよ、そういうときは早めに声をかけるんだ!
しかし和菓子屋の息子が、よりにもよってカールとはな、何とも皮肉なものだ。オレもカールは好きだが、貴様の父上が作るあのむちゃくちゃ旨い十万石もなかを毎日いくらでも食べることが許されるマークンなら、なにもお金を出してまでカールなんざ食わなくともよいだろうに。ご両親が聞いたら、さぞや嘆くに違いない。
ちなみにマークン、カールはカレー味に限るぞ!最近発売されたバターミルク味は明治製菓の失敗作だ、あんなのはカールじゃない!(キリッ)
‥まぁカールの話はともかくだ、我らの秘密を聞かれたのならば仕方がない、かくなる上は可哀想だが、秘密を守るためにもマークンを大多喜無敵探検隊に引き込むしかあるまい。
小学2年生のマークンは、クニオやユーイチたちと同級生、朗らかで気のいいやつなんだ。おまけに体格が人一倍よくって柔道クラブに通う元気でパワフルな男の子だ。それゆえ彼の秘めたる戦闘力は間違いなく高いはず。もし彼が大多喜無敵探検隊に入ったならば、今後想定しうる不測の事態で、その実力を如何なく発揮してくれることだろう。さらにオレやユーイチと同じ坊主刈りだぞ!
そうとも漢は黙って坊主刈りなのだ!間違ってもクニオやヤッチャン、お面のケンちゃん、そして良家の坊ちゃんヒロツンのように軟弱者な長髪はオレたちにはあり得ない、我らはそもそも貴様らと志からして違うのだよ!
今回作戦計画の秘密を守る目的以外にも、彼を大多喜無敵探検隊に引き込むメリットは十分大きそうだ。
オレとユーイチは互いに目くばせし合うと、今度はマークンを前後に取り囲み、そして熱意をもって入隊を勧めたのだ。
やぁマークン、いい肩してるね!
どうだ、大多喜の愛と平和を影ながら守る
我らが大多喜無敵探検隊に入らないか?
ただいま隊員募集中だ!
なお、この入隊勧誘トークは、以前テレビで見た自衛隊のセリフを応用したものである。
フフフ、マークンよ、青龍神社の前を通ったのが貴様の運の尽き、いや己の天命と思うがいい、これはある意味縁起ものだぞ滅多にないことなのだ!
大多喜町の未来のためにも、どうか自分の運命を素直に受け入れるんだマークン!さぁ!さぁさぁ!さぁああ!
そんなオレたちの決死の説得により、マークンは二つ返事で入隊OKだ!こうして彼は、栄えある大多喜無敵探検隊メンバーとなったのだった!
ただし彼はまず「見習い隊員」からスタート。なにより大多喜無敵探検隊は、この大多喜町の愛と平和を影ながら守る秘密結社故に、重責を伴う正規隊員では最初から荷が重く、嫌になってしまうかもしれないという親心からの判断だ。そして正規隊員になるには、幾ら今回のように緊急時の現地徴用兵であろうとも、所定の儀式が必要になるためだ。
入隊の儀式についての詳細は「act:5-禁じられた遊び 爆発四散する『野〇〇』」を参照してくれたまえ!
そうしてオレたち3人は、それぞれ一旦家に戻り、虫かごと懐中電灯、そして捕虫網と割り箸を持参し、あらためて青龍神社に集結することにした。
目指すは青龍神社の下の窪地の町営駐車場、その崖に今も不気味に口を開けるあの防空壕だ!さしずめ今日のオレたちゃ闇の虫使いだな、勝たずして何の我らぞ!!
ちなみに本日のミッションにヒロツンは誘っていない、3年生のヒロツンは不気味虫が大の苦手だからだ。なにしろあいつは良家のお坊ちゃんだから、こういうのはハナから無理らしい。それに無理に誘うと、あそこの怖い爺ちゃんに怒られるのでダメだ。「君子危うきに近寄らず」なのである。
オレたち3人は青龍神社に再度集結すると、鳥居前の砂利道を下って町営駐車場に移動、程なくして真っ黒な口をポカンと開けた防空壕の前にたどり着いた。実をいうと青龍神社からここまでは1分もかからない。
ここで不気味虫を採取したのちに、オレたちは計画通り速やかにこの崖の上の歯医者のヤッチャンちの裏庭に強行突入予定だ。
手はず通りに各々は、肩に虫かごをたすき掛けに、片手には懐中電灯を、そしてもう片方の手には捕虫網をしっかりと握りしめている。そうそう、もちろん小さい虫を摘まむための割り箸も忘れてないぞ!
このまま地底探検に行って地底人を捕まえてこれそうな完全フル装備なのだ凄いだろうフフフ。
あぁよく見たら、ユーイチだけは捕虫網の代わりにいつもの金属バットを握ってるな、懐中電灯も持ってきていない。あいつはオレの話をちゃんと聞いていたのだろうか、金属バットで一体どうやって虫取りをするんだろう?
でもユーイチに問いただすと色々メンドくさくなりそうなので、オレは見なかったことにした。
この町営駐車場の崖には、大戦中に掘られた30年ぐらい前の防空壕が今も残っている。10mほどの間隔で並ぶ2つの穴はそれぞれ縦1.5m×横1mほどで、その入り口から5mほど真っすぐ入ると、ちょうど奥で「コ」の字型に繋がっていて、最奥部には広い空間が掘られている。そこには戦時中のものらしい新聞や雑誌、食器などが今も散乱している。まぁこれだけ散らかっているのは、ようは誰もこんなところをわざわざ掃除なんてしないからなんだろうけど、お陰でちょっとした不思議空間になっているんだ。
そしてこの防空壕は、今日のように3人もいるなら気にもならないが、1人だけで入ると、とっても心細くなる場所なんだ。
通年うじゃうじゃ生息する不気味虫やヘビがこのうえなく気持ち悪いというのもあるが、それ以上にここの暗闇と静寂さは独特で、なんだか底知れない薄気味悪さが漂っている。上手い表現が見つからないけど、この防空壕の中の空気全部が真っ黒な墨で出来てるような、そのまま地獄に繋がってそうな、そんなおどろおどろしい雰囲気があるんだ。
たとえオレのように強靭な心を持つツワモノであっても、1人では本能的に恐れを抱かずにはいられない場所である。
だからこそ今日はワクワクだ。これだけ仲間がいれば怖くないし、何か新しい発見ができるかもしれない。
まー今回の作戦計画そもそもの始まりは、オレたちを仲間はずれにしたクニオ、ケンちゃん、ヤッチャンへの無慈悲な報復作戦であったが、今となっては報復用の不気味虫(とヘビ)の採取より、この防空壕自体を久しぶりに探検することの方に興味は向いてきている。
今回マークンも本作戦の趣旨に大いに賛同し、こうして新たな同志としてここにいる。せっかくだ、皆でこの冒険を楽しもうじゃないか。
「さぁ諸君、パーティのはじまりだ!」
オレはそういうと、まずは先陣きって防空壕に踏み込んだ。
続いてユーイチ、新隊員のマーくんが続く。
防空壕に入ってすぐに、壁面を這うゲジゲジを発見!しかしゲジゲジは懐中電灯の灯りに驚いて、一目散に真っ暗な防空壕の奥に逃げていってしまった。思った以上に動きが早いぞ予想以上だ!なにより通路が狭くて思うように捕虫網が振れなかったのが今回取り逃がした敗因だろう。
しかし便所コオロギは簡単だった、足元に巣食うコイツらはすぐ手で捕まえられた。シマシマ模様が気持ち悪いが、コイツらはバッタの仲間で毒はない、それに便所にいなけりゃ特段バッチぃわけでもない、だからこうして素手で触れるんだ。
オレたちは大漁トレトレ状態の便所コオロギを詰めこんだ虫かごをぶら下げながら、懐中電灯の灯りを頼りにどんどん奥に進軍だ。
と、その時である
「ぐぉおおおぉぉぉーーー!!!」
防空壕内に大きなうめき声が響き渡った、突然マークンが吠えたのだ!ビックリしたぞ!
そして振り向いたオレたちは驚愕した、なんとマークンのTシャツに全長20cmはあろうかという見事なハガチ(むかで)が貼りついていたのだ!
うんうんコイツは頭が赤いぞトビズムカデ(※5)だ、咬まれるとめちゃくちゃ腫れる凶悪なムカデ、不気味虫の代表だ、なんということだろう!
このひときわ大きく不気味なハガチの襲来は
ひょっとしたら我々をこれ以上行かせまいとする
人智を越えた至高の存在からの警告なのではないか?
なにかの探検隊番組のナレーションのようなこんなセリフが、一瞬オレの脳裏を過ったのだが、、まーまずはこの大物のトビズムカデを剥がすことが優先だな。ユーイチが照らす懐中電灯の灯りの中、オレはマークンのTシャツにガッチリ貼り付いたトビズムカデを割り箸で掴むと、無造作にバリバリと引きはがした。
ハガチ、つまりムカデってやつは、足がやたら多いので物凄い力でへばりつくのだが、それでも所詮は虫ケラだ、オレたち人間様の力の前には敵うわけがない。オレは程なくしてTシャツからハガチを毟り取ることに成功した。
しかしこの意表をついた「敵」の襲来によりマークンは急に嫌気がさしたようで、彼は外で待ってるとだけ言い残し、さっさと防空壕から出ていってしまった、あらまぁ残念。
‥でもまぁいっか、彼のお陰でこんな立派なハガチを手にいれることができたんだ、マークンに感謝だ!
だんだんと目が暗さに慣れてきたせいか、他にも色々と不気味虫を見つけることができた。ヤスデやヘイハチ(ゴキブリ)、そして大人の手の平サイズの軍曹も見つけたが、ヤスデやヘイハチは何だかバッチぃのでちっともありがたみがなく、とはいえ軍曹、つまりアシダカグモはあまりにも素早過ぎて、ゲジゲジと同様に全く捕まえることが出来ない。
まぁ大きなハガチと便所コオロギを捕まえられたし、今日はコレで良しとするか、ヘビはとうとう見つけられなかったけど、なによりヤッチャンたちを待たせちゃ悪いしなぁ、
‥いや待ってないか。
漠然とそんなことを考えながら懐中電灯であっちこっちと無造作に照らすうち、一瞬キラッと光るものが目にとまった。オレたちは「なんだろう?」とその光ったものに近づいて、あらためて懐中電灯で照らしてよく見てみた。
それは
黒く変色した
小さな仏像だった。
途端に空気がキーンと張り詰めた。
おいおい何だか急に背筋に厭なものを感じる、冷や汗も出てきたぞ!?
ここは防空壕の一番奥の広い空間の、そのちょうど真ん中あたりだ。
胸の高さで壁が小さく掘られていて、そこに変色した仏像がひとつ置かれていたんだ。何やら神棚みたいにも思えるが、そんな清らかさはなく異様に禍々しいぞ、なんて不気味なんだろう、んー、こういうのは冗談でも嫌いだやめてほしい!
‥まさかここには、幽霊や妖怪でも出るというのか!?
ふと我に返りユーイチを見たら、ヤツの表情は異様にこわばっており、そして思いっきり青ざめていた。
この不気味で只ならぬ雰囲気を、やはり貴様も感じるというのか!
えーいどこまでも気の合うヤツめ!
でもなユーイチよ、貴様には否定してほしかった!
‥そういやさっきから何やらオレたち以外の人の気配を感じないか?オマエも感じるだろう、おまけに何だかヒソヒソ誰かが小声で話す声まで聞こえてきたぞ。懐中電灯に照らされていない真っ暗な壁沿いには、気のせいか薄っすらと何人もの人影まで見えるようだ。
こ、これはまさかの心霊現象!?
しかしここで認めてしまったらオレたちは負けだ!一気に恐怖に呑み込まれかねない、でも!でも‥!
あぁそうか、これはきっと防空壕の外から人の声が入ってきたんだな、きっと外で待つマークンの、大きな大きな独り言だ!
そして人影らしいものはきっと、、そう!きっと単なる錯覚だ、オレたちは疲れてるんだ、そうに違いない!
オレはそう考えなおすと、これらの現象を出来るだけ気にしないことにしたが、でもやはり気にはなるのは当然で、目は無意識に脱出経路をキョロキョロと探す始末だ。
そんな中、真っ暗闇の防空壕の中で明かりが射しこむ一点に目がいった。来た時とは別の、もう一つの防空壕の入り口からの外の明かりだった。
何にせよここは一旦防空壕を出よう、急いで出よう。外で待つマークンと合流して作戦を練り直すんだ。あの薄気味悪い仏像や、目の錯覚だろうけど、あの薄い人影の話も共有しないといけないしな。
ヒソヒソ声についても、マークンが独り言をいっていたに決まっているので、ぜひともやめさせたい!どうしてもやめさせたい!
そう思うとオレたちは、余計なものが一切見えないよう脇目を振らず、只々外から射しこむ光だけを睨みつけて、足早に防空壕の入り口を目指した。
ウゥゥゥゥ~~!ウゥゥゥゥ~~!
ウゥゥゥゥ~~!ウゥゥゥゥ~~!
突然サイレンが鳴り響いた!
あと一歩で防空壕を出るところだったのでビックリしたのなんの、あまりにビックリして、オレとユーイチはまるでトノサマバッタのように防空壕から大ジャンプで飛び出した!
大音響のサイレンは、あっちからもこっちからも聞こえてくる、サイレンの大合唱だな。一体全体なにが起こったんだ??
同時にスピーカーから男の人の声も聞こえてきたけど、サイレンの音にかき消されて何を言ってんだか今ひとつよくわからない。
この突然の出来事に、オレたちは防空壕の前でしばし立ちすくんでしまっていた。そして、この大きなサイレンの異様さと同様に、ちょっとした違和感も感じはじめていた、
実は防空壕の前の田んぼが、ヤケに広がっていたんだ。
青龍神社の下の窪地の半分には町営駐車場があり、残りの半分だけに田んぼがあった筈だけど、でも今はその町営駐車場が綺麗さっぱり消えて、窪地の全部が田んぼになっている、あれあれーなんだこりゃ?
そういや防空壕の外で待ってる筈のマークンも見当たらないぞ、飽きて帰ったのか、それともこのサイレンにビックリして逃げちゃったのかな?
そして気になることがもうひとつ、さっきからこの大きなサイレンに混じり、ゴォゴォーとこれまた大きくて重たい音が辺りに響き渡っている、どうやら飛行機の音っぽいけど、今まで聞いたことないような体に響く音だ。オレたちは田んぼのあぜ道の真ん中まで走り出して、空を見上げた。
すると鴨川の方、つまり南の方角から、ペカペカ銀色に輝く大きな飛行機が、それこそ空を覆うように何十機も飛んできたんだ、うわスゲェ迫力!!
いやちょっと待て?あれってアメリカのB29じゃないか?
ずいぶん高いところを飛んでいるようだけど、大きいんでここからでもハッキリ見える、すげぇなB29の実物なんて初めてみたわ!戦後31年、当時のリアルな戦闘機なんて早々今の時代で見れるもんじゃない、今日は良い日だ!
‥ここまでフフフ、どうだオレは詳しいだろう、実はオレは戦闘機や戦車、戦艦は昔から大好物で常に勉強しているのだよ!そしてこれは、どうやらアメリカ軍の演習か、それとも航空ショーか何かだな、さっきからB29の周りでドン!ドン!と威勢よく花火が上がっているもんな(※6)。うんうん間違いなくイベントだろう。それにしても物凄い数だよなぁ、数えてみたけど30機ぐらい飛んでいるぞ!
なによりこのB29のエンジンの重低音がすごい!この振動で地面がさっきから震えてるし、田んぼに張られた水にも波紋が出来ている。これぞ本物の迫力だな!ユーイチよ、しっかりと目に焼き付けて、あとでマークンはじめ、クニオやケンチャン、ヤッチャンに散々自慢してやろう!
B29は、みんな北北西に向かって編隊飛行をしているようだ。あれは県庁所在地の大都会、千葉市の方角だな。そっかー、これはきっと大都会の千葉市で航空ショーをやってるんだなチキショー!都会はいいよなぁ。。
しばし呆然と空を見上げてたオレたちの背後から、突然爆音が潜り抜けた。
おぉー!今度はP47サンダーボルト!あれはアメリカ軍の戦闘爆撃機で、そんなに早くはないけど爆弾をいっぱい詰めるやつなんだ、なんてマニアックなんだろう!コイツの機体も太陽の光を受けて、ジュラルミン色にペカペカ輝いている、すげぇすげぇ!!
オレたちは防空壕の崖を背後にしていたので、このサンダーボルトの接近には全く気が付かなかった、だからいきなり低空飛行で頭上をバヒューン!と抜けていったのには本当に驚いたんだ。
その戦闘機は、大多喜中学校の上空あたりで旋回すると、今度はこっちに向かって飛んできてくれたぞ、なんてサービス精神旺盛なパイロットなんだ素晴らしい!
オレとユーイチはワクワクしながら田んぼの真ん中で、パイロットに向けてジャンプしながら大きく手を振った!
戦闘機は爆音をあげながらオレたちの頭上をビュン!と抜けると今度は新丁の上空あたりでまた大きく旋回して、今度はこちらに機首を向けて一直線に飛んできたカッチョイー!!
そしてパイロットの外人さんの顔が見えた瞬間だった。
バリバリバリバリバリッ!!!
戦闘機の両翼の機銃が火を吹いた。本当に火花が見えた!
その銃弾は間一髪オレたち2人を挟むように弾痕を伸ばし、田んぼの水をバシバシバシッ!と勢いよく跳ね上げていった。
「ゲゲゲェ!!」
オイオイ、オイオイオイオイ!あの弾は本物じゃないか、あぜ道に穴があいてるぞ超リアルすぎるぞ!
一体全体これはどういうことなんだ、あのパイロットはオレたちを撃つ気満々じゃないか洒落になんねぇ!
なにはともあれコリャーいかん!とにかくオレたちは防空壕に引き返すべく全速力だ!しかしなんとユーイチは、さっきの機銃掃射で腰が抜けたようで、あぜ道にヘナヘナと座り込んでしまった。
これはまずい、本気でまずい!
ユーイチよ走れ死ぬ気で走るんだ、
でなきゃこりゃー本当に死ぬかもしんないぞ!
アメリカ軍の戦闘機は、今度は泉水あたりの上空でUターンしてきた!ヤバイまた撃つ気だ!!これじゃ防空壕まで間に合わない!
しっかしあのパイロットは中々しつこいヤツだな、そんなんだと嫌われるぞ!ここにいるユーイチみたいにな!!
その時だった、今度は茂原の方角、北から新たに戦闘機が5~6機、これまたバリバリもの凄い爆音を轟かせて、横一列でこっちに向かってスッ飛んできた。
うぉぉぉ!!あれはゼロ戦?ゼロ戦じゃないか!緑色に日の丸の零式艦上戦闘機52型だ!これも実際に飛んでるのを初めて見たぞ!!
さっきからオレたちを狙っていたしつっこいP47サンダーボルトはゼロ戦の編隊に気付いたようで、オレたちにトドメをさすつもりか腹にぶらさげていた銀色の爆弾を徐に切り離したぞマジかぁぁぁぁーーーーー!!!!
それはオレたちの目の前の田んぼに、まるでスローモーションのように落っこちてきた。
「ぐわぁぁ!あのヤロウ爆弾落としやがったオレしぬーーー!!」
ユーイチよ叫ぶ暇があったら伏せるんだぁ!
咄嗟にオレはユーイチに覆いかぶさってあぜ道に伏せた。
ひゅーーーーーん
‥ボッチャーン!
爆弾はそのまま田んぼに落下して、派手に水しぶきを上げた。
どうやらあれは爆弾じゃなくプロペラントタンク、ようは増槽、増加燃料タンクだったようだ。あのアメリカの戦闘機は、機体を軽くしてゼロ戦と戦う気なんだ!
なんにしてもオレたちは助かったようだな、やれやれ・・。
でもプロペラントタンクを落とされた田んぼのお百姓さんは涙目だよなぁ、綺麗に植えられてた稲がぐちゃぐちゃだ、おいアメリカのシツコイおっさん!降りてきて田植えを手伝うんだ!
そのうち1機のゼロ戦が暴走族のバイクみたいな大きな音をバリバリガリガリ響かせて、ゆっくりオレたちに近づいてきた。青龍神社の鳥居に接触するんじゃないかといった超低空飛行だ。
あれ?ゼロ戦のパイロットがキャノピーを開いて手を伸ばして、オレたちになんだか合図してら、ハンドサインのようだ、まるで忍者部隊月光(※7)みたいだな!
なになに崖を指さして、手でシッシッ‥、ん?アッチいけ?
あぁ、防空壕に逃げろということだな!
なるほどOKだ!ここは貴兄の忠告に従おう!
オレは両手で大きな丸をつくり、彼に答えた。
しかし操縦うまいよなぁ、あんなデカい戦闘機なのに、失速しないであれほどゆっくり飛べるもんなんだなぁーこりゃビックリだ。お陰で尾翼に書かれた数字も読み取れたわ、「252-26(※8)」って書いてあったぞ覚えておこう!
オレたちを見守るように低く旋回していた番号252-26のゼロ戦は、オレたちが防空壕に向かって走るのを確認すると、今度は爆音を一段高く轟かせて、一緒に来たゼロ戦たちが待つ上空高くにバリバリ爆音をあげて、これまた凄い勢いで昇っていった。
B29は地平線の向こうに隠れつつあったが、さっきのアメリカの戦闘機は上空の高いところでゼロ戦たちにまだまだ追われていた。
オレたちは防空壕の入り口から顔だけ出して様子を伺っていたが、今の状況は冷静に考えるとかなりおかしいんだよな。これは昭和51年の今じゃなく、それこそ父さん母さんが言ってた太平洋戦争じゃないのか?
でもまぁおかしいとは思いつつも、オレたちは目の前の状況に呑み込まれていて、驚きに次ぐ驚きの連続だ、いったい今日だけで何度ビックリしたことか、、さっきなんか命の危険も感じたぞ!
そうこうするうち、さっきのシツコイおっさん操縦のサンダーボルトはゼロ戦軍団に撃墜されて、胴体から火を噴き、黒い煙を伸ばして落ちてきた。
よっしゃヤッター!ざまーみろいクソッタレめー!!
そのサンダーボルトだが、濛々と黒煙を出して左右にユラユラと揺れながら、、なんとこっちに向かってみるみる落ちてくる!まるで特攻じゃないかヤベェ!どうやらオレの悪口が聞こえてしまったようだな!
それにしてもP47サンダーボルトのシツコイおっさんよ、そんなにオレが憎かったのか!
オレたちは必死になって不気味な防空壕の奥に駆けこんだ!気分はマッハ5ぐらいの勢いだ!
そしてオレたちが防空壕の奥に到着するホンの直前に、敵の戦闘機は防空壕の入り口で大爆発した。その瞬間、爆風と共に破片と火炎が防空壕の奥までドッと飛び込んできて、オレたちは呆気なく吹き飛ばされた
「うわーーーー!!」
ゲホンゲホン、いやーこりゃタマラン、本気で死ぬかと思った。
オレたちは最初に入った防空壕の入り口から咳きこみながら這い出した。
「あれ、遅かったね?不気味虫は大漁だった?」
そこにはマークンがいた。
マークンの背後には、いつもの町営駐車場が広がっていた。
オレとユーイチは目を見合わせ、空を見上げ、そして黙りこくってしまった。
ヤッチャン宅にこもる不穏分子への報復計画「暁のお灸作戦」もどっかに吹き飛んだ、もうそんな気分じゃないや。
クニオ、ヤッチャン、そしてお面のケンちゃん命拾いしたな。今日はこれぐらいで勘弁してやろう(まぁまだ何もしてないが)。
1976年(昭和51年)6月、
オレが小学4年生の頃の、近所の防空壕での思い出だ。
いやいやまてまて、ちょっとまて、
オレたちはホンの一瞬だけ、昭和20年6月10日(日)に行ってきたのかもしれないぞ。あとで知ったんだけど、あの日、千葉県にも空襲があったんだ。
そして、さらにひと月後の7月7日は、もっとたくさんの人が亡くなった七夕空襲。千葉市が焼け野原になって、たくさんの人が悲しい思いをしたんだ。
空を覆うB29にアメリカの戦闘機P47サンダーボルト、そしてゼロ戦の編隊、、
なにか途方もない何者かが、オレたちに見せたかったんかもしれないな、
どうかあの戦争の時代を忘れないでくれよってさ。
【注意】登場人物名及び組織・団体名称などは全てフィクションであり画像は全てイメージです…というご理解でお願いします。
大多喜町MAP 昭和50年代(1970年代)
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