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『オルタナティブアルコールドリンクブランド』ノンアルケミスト

分解と再構築を繰り返す。まるで錬金術師(アルケミスト)のように。

錬金術という言葉をご存知だろうか。
この一文でにやけた人は、世界史が好きか、もしくは“あの漫画”が好きな人だろう。
“あの漫画”。そう、通称『ハガレン』こと『鋼の錬金術師』だ。

知らない人に向けて説明すると、錬金術とは科学技術を持って卑金属から貴金属を精錬しようとする試みを指す。この試みが長きにわたって続いた結果、数々の歴史を刻み、今の香水やアルコールにつながる蒸留技術がこの世に誕生した。人類に数えきれないほどの叡智を授けてきたのだ。

物質の構成要素を把握した上で、熱を加えたり力を加えたり、物質を掛け合わせたりして新たな物質を精錬する。『鋼の錬金術師』では「錬金術の基本は理解・分解・再構築だ」と説明されていた。

さもよく知っているように語ってきたが、錬金術がなんたるかについて私に分かりやすく教えてくれたのは、オルタナティブアルコールドリンクブランド『ノンアルケミスト』の代表、井上豪希さんだ。

『ノンアルケミスト』 代表 井上豪希 氏

「この錬金術の過程や姿勢にとてもよく似ているんです、このブランド。だから名前に『アルケミスト』という単語を使いました」

一体、“オルタナティブアルコールドリンク”とは何なのか。そして、錬金術に似ているとはどういうことなのか。その質問を投げかけると、科学者のような、それでいて子どものような目をして井上さんはこう言った。

「ノンアルコールを作る、という説明では足りないんです。私たちが目指しているのは、アルコールを使わずして新たなアルコールドリンクを生み出すこと。ノンアルからアルコールを精錬する、そう、まさに錬金術なんです。とはいえ、正確には“アルコールドリンクのようなもの”を作っているので、アルコール度数は0%。そこはご安心ください」

元々は料理人だったという井上さん。一体なぜドリンクに目を向け、そしてノンアルコールの世界に足を踏み入れたのか。その理由を訊ねると、

「丹精込めて料理を作っても、お酒を飲めない方にペアリング(ワインや日本酒などの「アルコール」と「料理」の組み合わせ)を提供できず、もどかしさを感じていたから」

だと語る。アルコールを使わずしてペアリングする方法はないか。そんなことを考えながら、スープを作るような感覚で開発を進めていったそうだ。

偶然の産物ではなく、狙いを定めた「おいしさ」を生み出す。

「開発する上でまず最初に行うのは、理想の味わいを頭の中で事細かに想像すること。そして、その味わいにするためにどんな食材が使えるか一つひとつイメージし、足し算・引き算・掛け算・割り算をして開発のロードマップを描くんです。そのロードマップをもとに、実際に手を動かして何度も試行錯誤を重ねていきます。ドリンクの開発というと格好良く聞こえるかもしれませんが、研究者や開発者といった方が近いかもしれません」

と、井上さんは語る。「どんな食材が使えるか一つひとつイメージし、足し算・引き算・掛け算・割り算をして開発のロードマップを描く」という部分。ここに『ノンアルケミスト』ならではの特徴がある。「普通」の範囲で足し算・引き算・掛け算・割り算をするのではなく、常識や当たり前を軽々と飛び越えていくのだ。

例えば、ナチュールの赤ワインをイメージしたドリンクを作ったとき。

赤ワイン独特の飲みにくさを演出するために何が必要か考え続け、まずは飲みにくさそのものを分解していったところ、液体の「とろみ」が関係していると気がついたそうだ。そこで井上さんが目をつけたのは、なんと昆布。利尻昆布を浸漬させ、とろみに加えて、香り、旨味、ミネラル感を重ねることができた。飲みにくさをデザインすることで、味わいも重層的なドリンクになったという。

その姿勢を、井上さんは「本家のモノマネをしたって勝てない。ノンアルコールワインだからこその工夫を凝らしたい」と語る。

「モノマネ芸人のコロッケさんがすごいのは、ただそっくりそのまま本人のモノマネをしているのではなく、本人以上に特徴を表現したり、モノマネそのものを自分の個性にしているからだと思うんです。私たちがやるべきなのも同じ。ワインという常識にとらわれて真似するだけでなく、新しい可能性を模索したいんです」

そんな自分自身を誇ることなく、井上さんは「向上心があるというより、根が偏屈者なんですよね」と語る。

「自分もそうだし、なんの根拠もないけどアルケミストって偏屈者だったと思うんです。『一般論に屈するもんか』『できないと言われるからこそ燃える』というか。ちょっと曲がった、そんな思考が『ノンアルケミスト』には根付いている気がします」

他の「アルケミスト」たちと協力し、『ノンアルケミスト』の、ひいてはノンアルコールの可能性を広げていきたい

『ノンアルケミスト』の今後の展望について、井上さんは「他のアルケミストたちと手を取り合いたい」と語る。

「アルケミストと名乗っていますが、私たちが特別なのではなく、他にもたくさんのアルケミストたちがこの世界にはいる。料理人も農家さんなどの生産者もそう。それぞれの領域で分解と再構築をしている人たちがたくさんいる。そうした人々と協力して、新たなペアリングを開発するなど『ノンアルケミスト』の可能性を追求していきたいです」

そんな『ノンアルケミスト』の、最終的な目標とは何なのか。爆売れさせることか、アルコールドリンクより人気になることか。そのどちらでもなく、フードロスに貢献できるブランドに成長させることが目標とのこと。

「どこまでいっても僕は料理人。一人の料理人として、未来の食産業を考えることは使命だと思うんです。今は廃棄フルーツや後継者不足、環境問題などが生産者さんたちを苦しめている。ノンアルケミストは自由なブランドだから、廃棄フルーツの果汁を活用したドリンクを開発するなど、こうした社会課題の解決に貢献できるようにしたいです」

と同時に、ただただ『ノンアルケミスト』を楽しんでくれる方々を増やしていきたいという想いもあるとのこと。

「切り捨てるようですが、このドリンクはあらゆる人々ではなく食のリテラシーが高い人に届けたいと思っています。食やドリンクの楽しみを知っている人、深い味わいを楽しみたい人、そんな人々に驚きや喜びを届けられるよう努力していきたいですし、そのために『ノンアルケミスト』は直販店か限られた酒屋さんでしか取り扱わないようにしています。つまり、酒販の免許を持っている人しか扱えないドリンクだということ。販売数を増やすことを考えたらデメリットしかありませんが、届けたい人にきちんと届けるために、今のところはこの方法を続けるつもりです」

取材が終わると、井上さんが「今開発中のドリンクがあって」と試作中の一杯を振る舞ってくださった。一口飲んで感じたのは、味わいの繊細さ。私はグルメでもないし味覚だってそれほど優れているわけではないが、それでもこのドリンクが計算し尽くされた食材の組み合わせと本当に細やかな調整によって生み出されたものだということだけは理解できた。奥行きがある、とも言えるかもしれない。その感覚が不思議で、面白くて、飲むたびに「おお」と声が出た。カメラマンとして同行してもらった同僚も「おいしすぎる」と叫んでいた。錬金術師たちの気持ちは分からずとも、そんな錬金術師たちの試みを見守っていた人の気持ちは少し理解できた気がした。

錬金術師による、オルタナティブアルコールドリンク。興味がある方はぜひ飲んでみてほしい。きっと、その緻密な計算と研究を感じて舌を巻くはずだ。

ブランド情報

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I am CONCEPT. 編集部

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執筆者:望月さやか

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