驟雨に流る2【記憶No.01】鈴の音2
五月雨の音が心地よい。
パラパラと降っては止む、優しい音。
一人の仏間は薄暗い。蛍光灯のスイッチに手を伸ばす。ジジジ…と音がして明かりが灯っても、旧家の仏間は妙な暗さを感じる。
壁や柱に染みついた線香の香に混じって、ふと、老人特有の甘っとろい匂いが鼻先をかすめた気がした。
これが死者の匂いというものだろうか。
座敷の長押にずらりと並ぶ遺影が、じっと私を見下ろす。
私は小一時間前も、この位の人数に見られていた。いや、もっと敵意を込めたジロリとした視線だったが。
母の実家に到着してすぐに、一通り従妹と関係者一同に嫌な顔をされる。
おいおい。葬儀前の掃除に招集しておいてその顔はないだろう。
「ピアスなんてつけて。随分大学生活が楽しいようで」
「お化粧まで覚えて色っぽくなったのね。学業は疎かになっていないといいわね」
しっかりと嫌味も忘れてないようだ。お元気そうで何より。
既に全員結婚して子供を連れてきた従妹たち。
母から簡単にどの子どもどの従妹の子か説明を受ける。従妹3人の子どもは計9人。
地元のお嬢様お坊ちゃま私立幼稚園の制服が汚れる位に走り回っている。蝋燭や葬儀の装飾がある場所でもお構いなしだ。
“随分とこしらえたことで”
“しつけも出来てないようですが、その幼稚園に入れたのはどのコネですか?それとも金?”
思うことは全て口に出さないまま、会釈をする。
喪主は喪主で故人を前に、その他親類たちと葬儀の進め方に盛り上がっている。勿論、悪い意味で。
勘弁してほしいですね。
故人が安置された一部屋に通された時、安らかな故人の顔を見て、挨拶よりも祈りよりも先に心の中で悪態をついてしまった。
「じゃあ、セレモニーホールの打ち合わせに行ってくるから。仏間のお掃除お願いね」
街中でよく見る茶色のブランドバックと小物で全身をキメた姿で、喧しいだけの親戚一同は出で行った。
“全く似合っていませんよ”
大きな溜息を一つ。
やっと広い家に静寂が訪れた。
座敷の長押にずらりと並ぶ遺影を一つ一つ降ろす。
この後、まとめて埃を払わなくては。
古い時代のものは白黒の肖像画が色褪せて、薄く黄色に染まっている。
数えて10枚弱。
子どもの頃、母に連れられてこの家に来た時は、この薄暗い仏間でゴロゴロ本を読むのが好きだった。
いつも優しく静かに入る西日に障子の影が映っていて。
この仏間だけが、やれ学歴だ、やれ職業だと煩く騒ぐ親戚共の声が唯一聞こえなくなる場所だった。
寝ころべば知らない人たちに上から見られている不思議な感覚はしたけれど、私に何を言ってくる訳ではない人たちだった。その位の認識だった。
今思えば、気味悪く思われても仕方がなかったと思う。
同年代の従姉妹たちとつるむこともなく、薄暗い仏間でゴロゴロしながら本を読んでいる子ども。
それも、自分たちよりも“劣っている”と認識している子どもが。
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