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驟雨に流る1【相談No.01】黒い服の女6

「あの時のシーシャ代、お礼がしたいから」

開花の春は近い。あと数か月もすれば、あの日に降った春驟雨の時節に向かうのだろう。

同じシーシャ屋で正面に座る“黒い服の女”。
攻撃性と厭世的な感情が入り交ざる瞳が、今日は怖い。

「呼び出されたってことは、分かったのね?」

目をそらして、返事と溜息代わりの白い煙を吐いた。

『巖頭之感』って知ってるかい?
明治時代、自殺したエリート学生が自殺現場に残した遺書だよ。
“悠々たる哉天壤、遼々たる哉古今、五尺の小軀を以て此大をはからむとす。ホレーショの哲學竟に何等のオーソリチィーを價するものぞ。萬有の眞相は唯だ一言にして悉す、曰く、「不可解」。
我この恨を懷いて煩悶、終に死を決するに至る。
既に巖頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし。始めて知る、大なる悲觀は大なる樂觀に一致するを“


「随分、遠回しね。何が言いたいの」
女がシーシャのマウスピースを軽く噛んだのを見逃さない。

流したかった。
流してほしかった。私と“黒い服の女”以外の場所に。
自分の前から消えてくれれば、後はどうでもいいと感じるのは、この世界共通の思想だ。
自らの子孫にまで影響があること位、分かっていた上で儀式をした祖父も。
仮説を伝えたら、自分が感じている違和感を置き去りに、全てが万事解決で終わるのではないか、と願う私も。

犬神よ。流して欲しい、と願われるお前は何も悪くないのにな。


宇宙や時代の全てを知ることも、誰かの思い全てを知ることも、真相はただ「不可解」の一言。今から話す結果が、貴女をちゃんと良い方向に向かわせてくれるか、私は心配しているんだよ。

祖父の行った鶏を使った犬神の儀式。
それにより犠牲になった祖父と、血縁者。
子孫である“黒い服の女”に犬神が引き継がれた可能性。
儀式の解除も可能かもしれない、某神社。


「すごいじゃない。完全解決。流石はROKUJOさん。“土着の呪い”なんて言った占い師とは違うね」

無言。
そして。

“不可解”なものが残ってる。
そしてそれは、“不可解のまま”であった方が良いのかもしれない。

口から違和感の正体を出す。

ねえ。
鶏、どこから持ってきたの?
祖父の家で飼ってなかったんでしょう?
祖父はこの儀式、どこで知ったの?
「犬神」の儀式、鶏でできるなんて、どこで知ったの?
少なくとも、私は知らなかった。
ネットで調べた?…ガラケーがやっとの老人が?
んで結局、祖父の家は取り壊されて、最後に誰が得をした?
なんで、貴女はいつも表に出てくる感情が薄いの?
喜怒哀楽、出すのが怖いんじゃないの?

疑問符が口から止まらない。
口から流れてくるものは1つの回答と2つの可能性だ。

回答:
“祖父のした犬神の儀式は、近所の誰かに聞いたもの”
相手はおそらく、隣人トラブルの相手の味方かグルの人間。その人間が鶏まで準備して祖父に儀式をさせた。

思い詰めていた祖父は、儀式を行ってしまう。

ここから先は2つの可能性。

可能性1:
犬神の儀式は成功するも、相手の呪い返しか、犬神のコントロールが不能となり祖父が犠牲になる。その後、コントロール不能なままの犬神は“黒い服の女”に渡ったことから不幸が続いている。“黒い服の女”があまり感情を表に出さないのは、憑いている犬神が発動するから。無意識に。

可能性2:
祖父が教えられた犬神の儀式は、重要な部分が故意に伝えられなかった。その為、儀式は失敗し、祖父は犠牲になる。その後に起こった不幸は偶然か、それとも犬神の儀式に起因する不幸である。
おそらく、儀式の故意に伝えられなかった部分は、首を刎ねる時に、鶏に姿を見られた所。

他の占い師が言っていた「土着の呪い」も、ちゃんとした土着の呪いだよ。
悪意をみんなで隠して、一つの家の先祖代々の家を潰した。儀式に関係して人が死んでも知らんぷり。土地の所有者も…今は隣人になっているんじゃないかな。ここまできたら、もうしっかりとした呪いだ。
もうその土地に関わらない方が良い。家も無いなら、関わりようがないかもしれないけど。

「お願いだから、埋められた鶏の上を歩きたい、なんて言わないでね」
シーシャの会計をしながら冗談めかして警告すると、“黒い服の女”は少し笑ったような気がした。

口の端をしっかり上げた“黒い服の女”は鶏の目をして口を開く。
「それも、悪くないね」
春驟雨の日の痛みが、全身に走ったような気がした。

“黒い服の女”と別れて空を見上げる。
息を吐いて、イメージする。
埋められた鶏の上を踏み固めて、人知れず願掛けに山に入る者達。
祈りの下にある誰かの不幸など知らず、今日もまたその地に呪いを溜め込んでゆくのだろうか。

雨でも降ればいい。それも、思いっきり全部を流すくらいの。
望まず持たされたものを、全部リセット出来る位の雨が。
けれどそんな雨雲はまだ遠い。ならば、せめて次の雨まで、無名の占い師のままでいるのも悪くない、と思った。

驟雨に流る1【相談No.01】黒い服の女 【完】
次回、
驟雨に流る2【記憶No.01】鈴の音 近日中公開予定

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