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小説

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地球の子 / 紀政諮

地球の子 / 紀政諮

 この小説は、総合表現サークル“P.Name”会誌「P.ink」七夕号に掲載されたものである。本誌は2023年7月7日に発行され、学内で配布された。



 会場は自由席だった。植民百年を誇るように全て木で出来た椅子の、いちばんいい席をひろう。フードを深く被る。座面に置かれたパンフレットをとる。使い捨て鉛筆をつまみ、アンケート欄をひらこうとした。

 かたん。意味もなく、照明が落ちる。

「本日

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長谷川不可視「トリップ・オア・トリート」後編

長谷川不可視「トリップ・オア・トリート」後編

「ダン!」
 そのまま扉はバタン、と閉まってしまった。劣化の具合を差し引いても不自然に重厚な音だった。それっきり何の物音も聞こえてこない。
 数分後、ドナベールは勇気を振り絞ってドアの前に立つ。長身のドナベールよりも更に細長いドア。ドアに触れるだけで生気を吸い取られるようだ。
「……はぁー」
 開けたくは無い。だが超常的な何かを信じているわけでも無い。この恐怖から察するに中にいるのはひどくても多分

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紀政諮「嫉妬なんかと一緒にするな」後編

紀政諮「嫉妬なんかと一緒にするな」後編

 男がいつも通り顔をふきながら洗面台から出てくるのを、彼女は、リビングのソファからながめていた。
「ほかえり〜」
 およそ在日一世では知り得ないであろう日本語のスラングをなげかけてみると、え? と、しどろもどろになった。普段から彼女は、こんな具合の遊びをよくする。
「ん〜ん。今日もかわいいね笑」
 そう場を収めて、テレビの方に向き直る。
 それは単なる遊びというだけではなかった。それは、彼女のちょ

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