記事一覧
ピンころりん子ちゃん 12
長い、多くの、扁平な時間が流れた。ここに来てから何十年にもなる。
いつのころからか、ぼくはここでの暮らしに、退屈するようになっていた。いまでは、からだのなかでくすぶっていた不平不満がわがもの顔でふんぞり返って、満月のような太鼓腹を突き出していた。
ぼくがここに来てから、ただひとりも、新しい住人はやって来なかった。
親身になって面倒をみてくれた上司に対しても、ぼくはそっけなくなっていった。彼は
ピンピンころりん子ちゃん 11
「ここではだれもが仕事をしなければならない。天国たるもの、常に清潔でなければならない」とスーパーバイザーはいった。
翌日、指定された場所に行くと、広場で最初に声をかけてきた背の低い男が、ぼくを迎えてくれた。男は軽トラックに乗るようにいった。
軽トラは、するすると現場へ向かった。どこまでも白い街、白い現場は特徴がなく、もし男に置いていかれたら、とてもひとりでは帰れないだろう、とぼくは思った。
ピンピンころりん子ちゃん 10
そこは、あらゆるものが白を基調にしていた。ぼくをとり囲む人びとの衣服、白い犬、白い猫、時計台の文字盤、なじみのない白大理石は発泡スチロールの書き割りのようで、不思議とその質量とお金のにおいを感じさせなかった。
露出が過剰な風景のせいで、ここでは奥行きという概念がないのかもしれない、とそのとき思った。目の前にいる人びとは、ぼくが目覚めたのを知って、歓声をあげた。しだいに群衆の奥へ奥へと伝わって
ピンピンころりん子ちゃん 9
目が覚めたときに、気に入ったのはあたりの静けさだった。とても静かな場所だ。それに、とても暗い。どちらもぼくの好きなものだった。平べったい闇は、いま自分がいる場所の足元さえ不確かなものに変えていた。自分が横になっているのか、起き上がっているのか、そんなことさえ判然としない。不思議とからだの重さは感じられなかった。
「よしお、よしおや」とどこからともなく聞こえてくる声に合わせて、前方にろうそくの明
ピンピンころりん子ちゃん 8
ぼくは、家で借りてきた本を開いた。しかし、労働に追われてしまうと、からだはくたびれて、頭はすり切れて、ほんの一行の活字を追うことさえむずかしかった。
ぼくは本を閉じて横になる。天井を見つめる。それは平たく、健気な様子をしていた。
何もかも、でたらめにできている。ぼくは、ウィリアム・ブレイクを半年ばかりも読んでいた。それなのに、たった一行のことばさえ頭のなかに響かない。これを生活といえるの
ピンピンころりん子ちゃん 7
ふらふらと疲れた足が導いた先は、前日にクモを見た通りだった。日の落ちた街で、そのちっぽけな路地は頭のなかのように暗かった。
ほとんど前日と同じような格好でクモは獲物がやってくるのを待っていた。ぶっくりと膨れた腹は子どもでも宿しているのだろうか。クモは死んでいるようにじっとしていた。
ぼくはピクリとも動かない、そのクモが動く姿を見たかった。スニーカーの先でクモの巣に触れた。糸はほとんどく
ピンピンころりん子ちゃん 6
「よしおや、はやまってはいけない。まずは父さんの話を聞いておくれ」と父親はいった。
「さっき駅前で、南方からの帰還兵にあったんだよ。よしおや、彼はお前と同じ年のころだろうか。片足を地雷でやられちまって、物乞いに身をやつしていたよ。戦友は全員、殺されちまったっていってたよ。お国のために、不自由なからだになって、もう働くことができなくなっちまったんだよ。捕虜にとられて、それでも家族に会いたい一心で、
ピンピンころりん子ちゃん 5
真夜中から夕方まで働いてぼくは家に帰った。単純作業に耐えることができる人間の許容量を超過していて、頭のなかに騒々しい重機の音がこびりついていた。帰り道だというのに、仕事をしてきた、という実感がまるでなかった。夢うつつなまま、からだはどこかへ、海草のように漂っていた。
何はともあれ、それはもう終わったことだ。今夜は自分のものだ。この夜だけは、自由に使うことができる。
「よしおや」と玄関先で待
それでも、やっぱりお金が好き
FIREにあこがれて、株を買ってみたりもしたけど、ドロドロに溶けた
証券口座に残ったのは、なんだったのだろう。
今日も、明日も、ぼくは勤めに出ます。
それは今日のためでもあり、明日のためでもあります。
うまくいかないことのなかにも、キラリと希望がかすめることがあって、
そのおかげで未来をワクワクすることができます。
自分の性格と、自分の希望。投資をして初めて知ることができた。
喉をカラカラに
ピンピンころりん子ちゃん 3
「お父さん、そんなことはいわないでください。お父さんのお陰でいい会社に就職することができたんじゃないですか。それに、親の面倒を見るのは、当たり前のことなんですから」
ぼくはそういって、縮こまる父親の肩を抱いた。
「だけど、世のなかにはもっと不幸なひとがいるもんだ」
と父親は話しはじめた。
「うちはこれでも運のいい方さ。父さん、今日散歩していたら、浮浪者の母子を見かけたよ。ぼろぼろになった服を着
ピンピンころりん子ちゃん 2
母親は髪がぱさぱさしていて薄い。それは年のせいでもあり、性格のせいでもあった。何か困ったとき、母親はいつも家の前であっちへこっちへ、落ち着きのないガチョウのようにきょろきょろしていた。
「よしお、ちょっと聞いておくれよ」と母親はいった。
「お母さん、背中が痛いんだよ。背中がじくじくして痛くてたまんないんだよ。病院に行かせておくれよ」
母親は大きな肩を小さくして、ぼくのことを見ている。そのし
ピンピンころりん子ちゃん 1
ぼくは自動車の部品を作る町工場で働いている。勤務は三交代制で、工場は二十四時間稼働していた。工場長に無理をいって、半年前から週三回、ぼくは夜も働かせてもらっていた。このあと食事を済ませて、仮眠をとったあと、また出社しなければならないのだった。
足は重い。スニーカーの裏がアスファルトに、べたべたとこびりついていく。これは磁石の斥力と引力のようなものだ。ただそれはあべこべになっている。すーっと離
画像生成AIチャレンジ
AIでここまで正確に自分自身を再現できるとは思いませんでした。
この画像は、まさに自分です。笑顔の素敵なところもそのまま。
肖像権とか、そういうのどうなってるんだろうって思うくらいです。
簡単な言葉で、自分自身を描くことができました。
文字は何となく、背景は普段外に出ないので、あえて外の風景にして
みました。
生成AIがさらに進化してくれたら、きっと自分のマンガも作れるようになるでしょう。a
ピンピンころりん子ちゃん 0
工場からの帰り道、ぼくは一匹のクモを見つけた。それはただのクモで、別に変わったところがあるわけでもないのだろう。ごま粒ほどの八つの眼と平凡に暗い腹があるだけの、ありきたりで、なんの変哲もないクモだったと思う。
ぼくはクモのことなんて何も知らないし、知ろうと思ったこともない。それでも、そのときは、スニーカーの裏が地面にぺたりと貼りついてしまったようで、ぼくには、どうにもしようがなかったのだ。