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ピンピンころりん子ちゃん 10

 そこは、あらゆるものが白を基調にしていた。ぼくをとり囲む人びとの衣服、白い犬、白い猫、時計台の文字盤、なじみのない白大理石は発泡スチロールの書き割りのようで、不思議とその質量とお金のにおいを感じさせなかった。

 露出が過剰な風景のせいで、ここでは奥行きという概念がないのかもしれない、とそのとき思った。目の前にいる人びとは、ぼくが目覚めたのを知って、歓声をあげた。しだいに群衆の奥へ奥へと伝わってこだまする声が、ぼくを緊張させた。

「ようこそ、天国へ」と背の低い男がいった。男は着物のような服を着ていた。色はもちろん白だった。

「ここに新しいひとが来たのは、かれこれ三〇年ぶりだよ。おめでとう。今日から君も家族だ。よろしく」

 これまで生きてきて、ほとんど注目されるという経験のなかったせいだろう、ぼくは困惑していたし、無条件の歓迎が恐ろしくもあった。手をジーパンのポケットに入れようとしたところで、自分が新しい衣類をまとっていることに気がついた。白いバスローブのような服だった。滑らかな生地で、ほとんど重さが感じられないほど、かろやかな服だった。ぼくは慌てて足元に目をやった。もちろん、足元も白く輝いていた。

 しぼり出すように、よろしくお願いします、とぼくはいって頭を下げた。

 はじめに声をかけてくれた、背の低い男が住人の紹介をしてくれた。一人ひとりにあいさつを終えるまでに、三度の食事休憩があり、一回の睡眠が入った。

 人びとの視線に戸惑いながらも、ぼくは、はやくもこの場所が好きになりはじめていた。まわりにいたのは、礼儀正しくて感じのいい人たちばかりだし、白い建物は現代的でアップル社の製品のように清潔そうだった。
 
 白いひげをサンタのようにたくわえた老人が最後にあらわれた。
「ようこそ、わたしはここの監督をしている山本です」と男は名のった。
「ここの住人はわたしのことをスーパーバイザーと呼びます。あなたもそう呼んでくれてけっこうです」と男はいった。

 大きな歓声と拍手が起こった。スーパーバーザーはあたりを一瞥すると、手をあげて人びとを制した。
「では、よしおさんはこれから手続きがありますから、みなさん、散会して仕事に戻ってください」
 人びとは去り際に、ぼくの肩を軽く叩いて、ひとこと声をかけていった。背中が少しもぞもぞした。

 手続きというのは、分厚い登録簿にただ記帳するだけで終わった。あとは、ここでの生活で守らなければいけないことを収録した、プロモーション動画を見てレクリエーションは終わった。

 スーパーバイザーはそのあと、新しい家にぼくを連れて行ってくれた。部屋が決まると、仕事の説明を受けた。ぼくに与えられた仕事は、街の清掃だった。
                        つづく

                     

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