見出し画像

ピンピンころりん子ちゃん 9

 目が覚めたときに、気に入ったのはあたりの静けさだった。とても静かな場所だ。それに、とても暗い。どちらもぼくの好きなものだった。平べったい闇は、いま自分がいる場所の足元さえ不確かなものに変えていた。自分が横になっているのか、起き上がっているのか、そんなことさえ判然としない。不思議とからだの重さは感じられなかった。

「よしお、よしおや」とどこからともなく聞こえてくる声に合わせて、前方にろうそくの明かりが灯った。暗闇に慣れた目は、そんなたよりない光でさえ直視できなかった。薄目を開けて、徐々に明りに慣れてくると、ぼくはそのちらちらと揺れる光を見つめた。 

 あたりをきょろきょろとうかがったが、見えるものといえば、やはり、ぼんやりとしたその光だけだった。光のなかで、ろうそくの炎と影が踊っていた。先ほどの声がもう一度聞こえた。返事をしなかったせいだろうか、その声は何度もぼくの名を呼んでいた。

「よしおや、返事をしなさい」としびれを切らしてその声はいった。

 ぼくは短く返事をした。どこから聞こえてくるのか、所在を突き止めようとしたが、さっぱりわからなかった。ステレオで聞こえてくるような声であり、頭のなかで響いているようでもあった。

「おまえはこれまでよくがんばってきました」とその声はつづけた。「うそつきの両親に育てられたというのに、いつも心は清らかだった。工場での働きぶりもすばらしいものでした。よって、おまえは天国に行く権利があります。これからは労務で疲れたからだをいたわり、思いのままに生きていきなさい」

 それだけいうと、あたりはまた静かになった。よくわからないまま、ぼくは返事もせずにじっと黙っていた。ろうそくの明かりがすっと消えてしまうと、また眠気を感じた。自分の最後の記憶をよく覚えていたから、なかばやけになっていたせいもあるのだろう。いわれたことを考えようともしなかった。すべては終わったことだった。いまはいつまでも眠っていたかった。その願いに忠実に、ぼくはその場で眠りこんだ。

                          つづく
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?