ピンピンころりん子ちゃん 1

 ぼくは自動車の部品を作る町工場で働いている。勤務は三交代制で、工場は二十四時間稼働していた。工場長に無理をいって、半年前から週三回、ぼくは夜も働かせてもらっていた。このあと食事を済ませて、仮眠をとったあと、また出社しなければならないのだった。

 足は重い。スニーカーの裏がアスファルトに、べたべたとこびりついていく。これは磁石の斥力と引力のようなものだ。ただそれはあべこべになっている。すーっと離れては、ぺたん、つるり、と交互にがなり立てる。これでは歩くこともままならない。ぼくは足元へ目をやる。街頭の灯りの下で、細い脚は頼りなく、ぎしぎしと古い音を立てた。

 視界は狭い。ぼくは目を閉じる。じっとしていないと、からだから、何かがふわっと浮かびあがってしまいそうだ。ここ数年、いろいろなものが出ていくばかりだった。思考は出払ったように空っぽでありながら、いつもどんちゃん騒ぎを演じているようで、入れ物でありながら、いつまでも部外者のぼくは、飲み物一杯ほどの恩恵も受けることができないでいるのだった。
 
 そんなことをつらつらと考えていると、いま帰り道を歩いているのか、通勤しているのか、わからなくなってしまった。

 ぼくはこれまで遅刻も欠勤もしたことがないから、工場長も工長も、ぼくを信頼してくれている。だれからもそうみなされているから、よけいに勤勉であろうと努めてもいる。デリヘル嬢を呼べば、容姿に注文をつけたこともないし、どんなサービスであろうと文句をいったためしもない。手クセの悪い相手が、シャワーのあいだにぼくのバッグを物色していても、気にすることはない、といって延長したこともある。
 要するに、ぼくはどこへ行ってもいいひとだった。あまり誇れることじゃないかもしれないが、どんな種類のものであれ、性質がないことに比べればましだ、とぼくはいつも考えていた。

 家の前で、母親がぼくの帰りを待っている。

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