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今日のうんち

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食べたら、でるもの。なにかを食べては、今日も出す。 2018年4月16日よりまいにち更新される、白川烈が書くエッセイです。 クサいときもあるかもしれませんが、それはご愛嬌で。… もっと読む
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2023年2月の記事一覧

チラッと秘密を見せ合って

*話し言葉は、その人の本性であり、むき身の部分なのだと思う。逆に「敬語」はドレスコードだ。時と場合を弁えて、失礼のないよう、場に馴染むよう、言葉に服を、歯に衣を着せる。

ぼくが好きな瞬間は、敬語で話している人が時折、自分の地元の方言が出ちゃうような一瞬。関西だと「〜でしたら」が「〜やったら」なんてなっちゃうようなことね。その瞬間を垣間見るのが好きだ。これはもはや、癖に近いようなことだと思うけれど

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贈り物と一緒に言葉を贈ろうよ。

*花には「花言葉」というものがあるが、あれは木とかにはないんだろうかね。そもそもどうして花だけなんだ。贈るからだろうか。それなら別に木についていたって、魚についていたっていいじゃないか。贈る言葉なら、ありとあらゆる贈り物につけたっていいじゃない、ねえテツヤさん。

松の木なら、「遅刻」とか。「福がある」(末)とかね。ヒノキは「嘘八百」(ピノキオってヒノキでできてそうじゃない?)とか「元気(木)があ

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時間を秤に掛けてみる。

*「過去」と「今」を天秤にかけたら、ほとんどの人が「今」に傾くと言うだろうね。じゃあ、「今」と「将来」という2つの時間を天秤にかけたとき、その2つは釣り合うのだろうか?

例えば今の一日と、10年後の一日は、釣り合うか?数字の上ではイコールで結びたくなるが、本当にイコールで結んでしまっていいのか、疑いたくもなる。もっと分かりやすくしてみるなら、1歳のときの一日と、40歳の一日とでは、まったく重さが

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「いいことをしよう」としない。

*「いいことをする」というのは、素敵なことです。「いい」というのは、「良い」であり「好い」であり「善い」でもあります。「いいことをする」なんて文脈だと、とくに三番目の意味がおおきく使われそうです。しかし、細く長く考えていたんですよね。「いいことをする」という目的と大義で常にいるのは、自分はなんだか気持ちいいことのように思えない、それはなぜなのだろう、と。

「いいことをしよう」というのは、ひとつの

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オンリーワンのチョコクッキー

*今年もバレンタインデーが過ぎた。毎年、当日は家の前に五トントラックの大渋滞(もちろん、ぜんぶちょこだぜ)ができるので、交通整理や謝りに回ったりで大変なんだけれど、今年はまあ、穏やかに過ぎた。穏やか過ぎて、今の今までバレンタインの存在を忘れるくらい穏やかに過ぎた。

今のぼくにとってバレンタインは、チョコをもらう日でもあげる日でもなく、母親が小さい頃に毎年作ってくれていたチョコチップクッキーを作る

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確率のはなし。

*「確率」という数学がある。大人なら誰もが知っていて、そして誰もが使ったことのあるやつだ。確率計算をして高い方、低い方、半々など便利なツールである。ぼくもゲームなんかをするときには、確率を計算して、より高い方を選んだりする。

ゲームでは確率の高い方を選びがちだが、こと自分の人生においてはどうだろう。確率の高い方を選んできただろうか。上手くいく確率が高い方、リスクが少ない方など、メリットデメリット

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不安や恐怖は失くならない。

*不安や恐怖は人生についてまわる。むしろそれがないなんて人は、生きていたらけっこう危ういんじゃないかと思うほどだ。不安や恐怖を失くそうと動いても、動けば動くほど付きまとってくるものだったりする。ここらはいっちょう、「不安や恐怖はなくならない」と決めて、対処していくのが吉だ。

不安がなかったら、きっと練習なんてしないだろう。恐怖がなかったら、それに備えようとも思わないだろう。恐怖や不安のいっさいが

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「好きになれたらいいね、雨」

「好きになれたらいいね、雨」

*「ニイちゃん、これから仕事?」朝、チェーンのカフェの喫煙所で、四十代くらいの女性に声をかけられる。目が合ったわけでもない。ただ喫煙所には僕と女性しかいないので、消去法を使うまでもなく、僕に投げられているのは明白だった。女性の顔を見て一瞬だけ「おれですか?」という目線を送る。あんただよ、と目線が返ってくる。

「これから、というか仕事中というか」慌てて飛んできたボールにまごついていると、「私は今か

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好きなものを見つめるまなざし。

*やっぱり「好き」っていいなぁ。ここ最近はまるで日課のように「好き」について考えている。好きなものについて語っている人の話は面白いし、何よりそのまなざしがいい。純度の高いそのエネルギーをお裾分けしてもらった気持ちになる。あらゆる表現は「慰め」だと、ぼくはここで何度も書いたことがあるけれど、その源泉はやはり「好き」という気持ちがあるように思う。

「好きって何だ?」とか「あの人ほど好きになれない」と

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ことばという架け橋。

*大人になって授業を受けていると色々な発見がある。それは授業を受ける側としてもそうだし、受けている身で「自分ならどんなふうに説明するだろう?」と考えたり、どうすれば分かりやすいかを考えながら受けていると、アウトプットを意識したインプットになるので、エネルギーは使うが、理解が深まるような気がしている。ああ、今から学生時代に戻れたら、もう少し成績が良かったかもなぁ。

それについて理解している人が説明

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すべて受け入れられる恐怖。

*友人から誘われたある会に顔を出したが、そこの居心地が悪く、ぼくは途中で逃げ出すように姿を消してしまった。その会にいるほとんどすべての人が、自分のことをすべて受け入れますよ、なんでも肯定しますよ、みたいな姿勢でこられてしまったのだ。ぼくはそれが表面上のものだと気付いているし、表面上のものではなかったとしても、たった数分前に会っただけの他人のことを、まるまる100%で受け入れようとすることに、ぼくは

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得るよろこびと、失う恐怖

*何か新しいものを手に入れたりすることは、嬉しいことだ。知識でも能力でも技術でも、小さい頃におもちゃを買ってもらったことだって、等しく嬉しかった。しかしぼくは、それ以上に、その何かを失うときの怖さの方が、喜びよりもよっぽど大きく感じるのだなということを、この年齢にしてようやく気付いてしまった。

何かを手にいれる喜びより、何かを失う怖さや寂しさの方がよっぽど大きくて、人生につきまとう。何かを失って

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共感とは、すでにそこにある。

*小さい頃に何度か読んだことはあったが、大人なってからはほとんど触れたことがなかった。つげ義春さんの作品を、いま片っ端から読んでいるところだ。「ねじ式」「無能の人」・・・こんなの、小さい頃に読んでも分からなかっただろうな。けれど大人になった今、もんのすごくつげさんの世界にハマってしまっている。どこか気持ち悪さと、エロさと、哀愁しかない世界に、憧れを抱いてしまう。

「退屈な部屋」という漫画なんか、

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チップという文化

*優しさや親切といったものの良いところは、やっぱり「行動」ありきで語られるからではないかと思う。ただ内に秘めているだけのものを「優しさ」とは呼ばないし、呼べない。行動して初めてそれは具現化される。半分以上自分に向けて言っているけれど、「こっちだってあれこれ考えてるんだ!」ってのは、なかなか暴論だと思う。どれだけ考えようが、ひとつも具現(実現)されていないのなら、それは「ない」ことと等しい。

「愛

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