小説はどこまで作家の個人的嗜好を反映しているのか。「夏物語」川上未映子。反出生主義。

今年の本屋大賞ノミネート作、川上未映子さんの長編「夏物語」。反出生主義関連の文献を調べていた際に、出会って、読んだ作品なんだけど、川上未映子さんは芥川賞受賞作「乳と卵」でも反出生主義について触れていて、ご自身も反出生主義者なのかなと思いきや、私生活ではは「乳と卵」と「夏物語」の間でお子さんを出産なさっている。私は反出生主義的な考え方を頭の片隅にでも思いついたことのある人がどうやって実際にしかも産める性なので当人が出産するに至ったのか、不思議で不思議で仕方がなかった。自分の中で新たな命を生み出すことをどうやって正当化し、腑に落としこんだのか、その産むことを決意するまでの、彼女の頭の中の思考プロセスを知りたかった。

一通りざっとネットに落ちている彼女のインタビュー記事を読んでみても、KAWADEムック本の反出生主義に関する哲学者永井均さんとの対談のページを読んでみても、私の知りたい情報は載っていなかった。ちなみに、永井均さんもお子さんがいらっしゃる。

昨日の晩、ふと、聞いていたポッドキャストのおススメに、川上未映子という文字が出てきて、飛びついてみると、「人生に、文学を。」という日本文学研究者ロバートキャンベル氏が毎回小説家をゲストに迎え、日本文学について語り合う番組であった。川上未映子さんがゲストの回が、その番組の最新作であり私の画面にも流れてきたというわけだ。紹介文に、夏物語を中心に話が展開されていくと書かれていたので、興味本位で全て聞いてみた。

すると質問コーナーで、「小説を書くということは自分の頭の中を見せるようなものであり、書くことに恥じらいを感じたりするものなのか」といったような読者の質問に対し、「あくまで小説を書くことは創作でありフィクションの世界の話なので恥ずかしいといった思いを抱くことはない」といった旨の答えを返していた。(質問内容とそれに対する回答を正確には覚えていないのであくまでこんな感じの趣旨だったってことです)

そこで、私は気づいた。てっきり、私は、「夏物語」は彼女の頭の中、彼女の考え方、主義主張が完全に投影されたものなのではなく、あくまで創作なのだと。私完全に勘違いしていた。哲学者の永井先生もあくまで多くある主義の中の最近注目されている主義の一つとして、学問的に学者として反出生主義を扱っているのであって、個人的な興味や感情が介入しているわけではないのだ。あくまで学者としてその理論の内容だとか正当性について論じているだけなのだ。反出生主義者の私はてっきり、盲目的に、反出生主義について語る人たち、その考え方を一度でも持ったことのある人は、反出生主義を支持しているのかと思ってしまっていたが、彼女たちは、あくまで自分のいる立場の上で、語ってるだけなのだ。

彼女は、あくまで出生に対してただ疑問を抱いていたことがあるだけで、決して反出生主義を内面化しているわけでもなんでもないだ。わずかな疑問から、調べ物も経て、あそこまでのストーリーを積み上げ、自分で生み出した主人公にあんな主張をさせてしまうなんて、あんな世界を作ってしまうなんて、作家の仕事のすごさに圧倒された。改めて、小説を書けるその偉大さを感じた。

以下、夏物語を中盤まで読み終えたあたりでnoteの下書きに殴り書きした私の文章。

反出生主義について書籍を調べている最中に見つけた川上未映子の「夏物語」。2019年11月号の現代思想、ベネターの生まれてこない方が良かった、そしてシオランの生誕の災厄などなど、専門書チックなものや、難解に見えるものばかりが軒を連ね、アマゾンで調べても決して多くはないレビュー数、どれを手に取ろうか迷っていたところに、反出生主義が絡んでいるという噂の夏物語を知った。しかし、滅多に小説なんて、ましてや純文学なんて読むことのない私としてはこれまたかなりハードルが高いもので、手に取るのにかなり躊躇した。小説ではなく、川上未映子のことばのたましいを追い求めてという作品の中に、哲学者である永井均さんと交わした反出生主義をテーマの対談についてのページがあると知り、早速本屋でその部分だけを立ち読みしてしまった。正直、そこからあまり新しい知見が得られたわけではなく、ただ、反出生主義について語っているこの二人が、なんと子持ちであるという事実をさらりと言い渡され、戸惑うばかりだった。理由が全く分からなかった。男性の永井さんはともかく、産める性である川上さんがなぜ母親になったのか。夏物語その理由が隠れてるのかもしれないと思った。私のリサーチ不足で、どうやら芥川賞を受賞した川上さんの作品「乳と卵」と、夏物語の前半部分はほとんど同じで、夏子視点が付け加えられたくらいらしい。少し、読む順番を間違えたなとは思った。夏物語の前半部分、乳と卵にも全く同じものが載っているらしい、緑子の日記だけは、深く共感できた。結局子供を産む決断をする夏物語よりも、乳と卵をよんで、緑子に寄りかかってるくらいが今の私にはちょうどいいのかもしれない。乳と卵を書いた後に川上未映子は心変わりしたのだろうか。実際に、乳と卵を出した後、夏物語を出す前に、彼女は出産しているらしい。反出生主義が絡んでいる夏物語の存在をしって、川上未映子という作家を知った身ではあるし、ほかの彼女の作品を読み漁ったわけでもないので、彼女のことを全く知らないに等しいが、果たして私はこの作品を読み終わる頃になぜ彼女は子供を産んだのか、その理由を私は知ることができるのだろうか。仮に教えてもらったとして、その理由が私にとって納得できるものとなるのだろうか。ちょうど折り返し地点あたりを読んでいる今の私としては、夏子の考えにはらわたが煮えくり返りそうなのだが、終わる頃には彼女に寄り添えているのだろうか。果たして今の私は。

結局、川上未映子さんが、なぜ子供を産むことに納得できたのか、というその答えは得られず、そもそも私の問い自体が間違っていたという結論に終わるのだが、まぁ良かったとしよう。彼女はあくまで反出生主義者の登場人物たちを書いていただけなのだ。反出生主義は私の専攻のジェンダーの領域からも検討の余地ありなので、今後もっと深めていけたらなと思います。では、本日もお付き合い頂きありがとうございました~!


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