マガジンのカバー画像

ソ連旅

15
運営しているクリエイター

#海外旅行

観光旅行をしていたら、ソ連がこわれた

観光旅行をしていたら、ソ連がこわれた

かつて、ソ連という世界一面積の広い国がありました。ザンネンながら30年前の1991年にこの世から消えてなくなりました。ソ連の遺産はだいたいロシアが受け継いだのですが、たとえばクリミア半島をめぐってウクライナと争いがおきたりしています。

ゴルバチョフさんがソ連共産党のトップになってから、ソ連は変わりました。東西冷戦が終わり、世界も変わりました。1989年にベルリンの壁が崩壊してから、ワクワクが止ま

もっとみる
ソ連が消滅して30年がたちました。

ソ連が消滅して30年がたちました。

1991年12月25日。私はこたつに座ってミカンを食べながら、ソビエト連邦大統領を辞任することを告げるゴルバチョフさんの姿を、もの悲しい気持ちで見つめていました。これをもって、ソ連の赤い旗がクレムリンから降ろされ、そしてロシア共和国の三色旗が翻ったんでした。翌日、最高会議でソ連邦の消滅が確認されました。

そして2021年12月25日。もう一度あの日に出会うため、noteで振り返ってみます。

1

もっとみる
グルジアはすでにジョージアだった 【ソ連最後の夏⑦】

グルジアはすでにジョージアだった 【ソ連最後の夏⑦】

ソ連の旅は、中央アジアから今度はグルジア共和国に飛びます。ソ連の「連邦」という土台がいよいよ怪しくなったのが、ここグルジアから。民族のいきおいが増すグルジア共和国の首都、トビリシを訪れました。

Welcome to Georgia!空港の税関をくぐると「ジョージアへようこそ!」と英語の横断幕が出迎えてくれました。ジョージア?アメリカのジョージア州?とクビをひねったんでした。当時は冷戦で、ソ連はア

もっとみる
砂の街ブハラで迷子になった【ソ連最後の旅⑥】

砂の街ブハラで迷子になった【ソ連最後の旅⑥】

サマルカンドだけでなく、ブハラというシルクロードの古い都に行けるということで、なんだか得した気分でした。ソ連という人工的な国に、イスラム文化が色濃く残る街。しかしというべきか、やはりというべきか。社会主義的な「ソ連時間」はここでも健在で、スケジュールが押しまくり、歴史的な建造物には、ほとんどたどり着けなかったというザンネンなお話。

↓のつづきです。

再び、飛行機が飛びません
ウズベキスタンの首

もっとみる
ソ連最後の夏の旅⑦レニングラード

ソ連最後の夏の旅⑦レニングラード

ゴルバチョフが拘禁され、国家非常事態委員会によるクーデターが起こった、2日目。ソ連第2の都市レニングラードでは、「非常事態令」が出されました。もうなんか世界史的にすごいことが起っている中、私たちはワクワクしながらレニングラードの町を探検しました。

キャビア売りのトオルホテルに付属したレストランで朝食を取っていると、顔なじみになったウェイターがやってきました。あだ名はトオル。俳優の渡辺徹に似た風貌

もっとみる
ソ連最後の夏の旅⑧レニングラード

ソ連最後の夏の旅⑧レニングラード

まさか、まさかが続いたレニングラードでしたが、事態は急転します。ただの観光旅行のはずが、どうしてこうなった。

外務省より「帰国せよ」朝食の席で。添乗員のキムラさんが緊張した顔でニュースを伝えました。
「昨晩、モスクワで市民が戦車にひかれ、殺されるという事件がありました。そして日本の外務省より通達が出されました。旅行者は、できるだけ早く帰国しろというものです」

予定ではその晩、夜行列車でモスクワ

もっとみる