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町の中で仕事をする 絵描きでデザイナーで書店主 ペレカスブックの7年間

・・・絵描きが営む小さな書店の7年間・・・

これは、絵描きのわたしが小さな書店を埼玉県草加市で7年間、
営んできたお話です。
ピンチだらけの毎日を送るうちに、
ゆるやかに町と繋がっていく7年間。
気楽に読んでいただけたら嬉しいです。

はじめまして。こんにちは。
ペレカスブック店主の新井由木子です。
好きなことは本を読むこと、絵を描くこと。
自覚している性格は、不器用だが粘り強い。
お酒と猫を、こよなく愛しています。

日々のことは、こちら
https://www.instagram.com/pelekasbookwork/

ペレカスブック開店当初 マスコットキャラの猫魚ペレニャンが見えます

・・・絵描きの限界・・・

わたしは元々イラストレーターです。
1998年に当時イラストレーターの登竜門と言われていたHBギャラリーファイルコンペにて大賞受賞以来(古いことすぎて、ネット上どこにも記録がありません)、大好きな『物語』の隣にある絵、挿絵の仕事を続けてきました。
物語のために。読者のために。精一杯の絵を描く仕事は楽しかった。
とはいえ娘をひとり抱えたシングルマザーなこともあり、画業だけでは生活が成り立たないためパートタイムの仕事で収入を補ったりしてはいましたが、豊かでなくとも心は満足する生活を続けてきました。

アクリル絵の具とインスタントコーヒーを使って描いています

その間、著作を3冊出版。

挿絵と違って定点視点の必要な絵本作りは難しかった。1冊作るのに2年かかっています。

けれど、そんな生活を20年続けるうちに次第に感じてきたのは、次々と新しい才能が花開くイラストレーション業界で上位で走り続ける自分の技量の無さと、体力勝負のパートタイムを掛け合わせて生活していく限界でした。
『今の仕事のスタイルでは、やっていけない』
そう実感したときにはすでに50歳目前。
車の免許も、世の中に通用する資格もなにもない。
力を合わせて人生を乗り越えていくパートナーもいない。
『いい絵を描く』という、ぶっちぎりに抽象的なことだけに全力を傾けてきた半世紀。
正直、呆然としました。
この先、どこから生活費を稼ぐのか、、、。
(というか、どういうつもりで20年やってきてたんだよ、と自分に問いたい)

・・・ポジティブにネガティブに仕事を選ぶ・・・

その先の仕事を考えたときに、自分の中に確固としてあったのは、それぞれひとつづつのポジティブとネガティブでした。
ポジティブなことは、とても本が好きだということ。本の仕事なら辛いことがあってもきっと続けていける。
ネガティブなことは、組織に属するのが苦手だということ。
良きにせよ悪しきにせよ、その2つは譲れないというか、わたし自身の本質のようなもので、それを許容してくれる仕事しかこの先続けていけない確信だけはありました。
そして浮かび上がってきたのは、自分の書店を持つという仕事。
大きな生活のためのエンジンでなくてもいい。
無理なく自分のスタンスで。
関わるひとも、少しでも自分に近い価値観のひとたちですむ仕事。
そんな経緯で2016年文藝春秋にて桐野夏生さんの連載『夜の谷を行く』への挿絵が終わったのをきっかけに、立ち上げたのが小さな書店『ペレカスブック』です。
それは同時に、出版社からのギャランティやパートタイムでの労働対価ではなく、本屋として町からお金をいただく試みのスタートでした。

おしゃれなカフェの中の本屋としてスタートしました

・・・たちまち窮地に落ちいる書店の経営・・・

書店は分厚いホットケーキが人気の草加のカフェ・コンバーションの中を間借りする形でスタートしました。
カフェ店主の協力もいただき本棚などだけの最低限の造作で始められたので、初期投資がかなり抑えられたことは良かった。
が、カフェ店主と当初予想していた『相乗効果』は、思った以上に手応えがありませんでした。
カフェ好き=本好きという思い込みです。
売り上げは伸びず、更に書籍販売の収入が売価の20から30パーセントという利益率の悪さも追い討ちをかけてきます。
店頭での売り上げは年200万円程度で、実際の利益は年に60万円に届かず、とてもやっていける収入ではありません。
しかし本屋がなかなか儲からないのは、始める前から知っていたこと。
本屋を営みながらも『本の周辺』のことで、収入を補っていくことはマストです。
当初計画し実施していたのは、作家を呼んでのイベントやワークショップの開催。
イベントで収入を補いながら事業を伸ばしていくことを、成長の軸と考えていました。
しかし、そこにコロナがやってきました。
人を集めてお金を稼ぐことが出来ない時代の襲来です。


絵描きが関わるワークショップなので、紙や絵の具のマチエールを楽しんでもらえるように。
準備はなかなか大変でした。楽しかったけど。

・・・絵描きのスキルで町で生きる・・・

・・・町のお店を応援するデザインの仕事・・・

そこで積極的に始めたのが絵描きのスキルを生かした、町のお店からいただくデザインの仕事です。
じわじわと依頼が増えていったのは、(儲からなくも)本屋として実店舗を持っていたことは大きかったと感じています。
店頭での会話から始まって、カフェへ来るお客さんからその先へ、デザインの依頼は広がっていきます。
コロナが開けてからは新しい仕事を立ち上げるお客さんからの依頼もいただくようになり、更に最近ではsnsを通しての仕事の相談もいただくようになってきました。

イラストレーションはすべて新井が描きました。
様々なタッチの話は、また別のnoteを書きます。

また、町の工場と力を合わせた制作物を仕上げることができるようになってきたのも、『町の他の商売と出会っていける』実店舗を持っていた強みだったと実感しています。
自分の暮らす町の、普段通りかかる道の上にあるお店のデザインを手伝うということは、デザインの完成の先も一緒に走れるということ。
お客さんの商売が歩みを進めるにつれ、日常的に伴走して必要なものを補ったり、お客さんの新しい試みを手伝っていくことができる。
町でデザインをするということは、お客さんと歩みを共にするという、責任とつながりと、大きなやりがいのある仕事です。

ダンボール工場・シール工場・荷札工場・製本工場と力を合わせて
町の農家さんや商売をするひとに、製品を作って届けています

・・・本屋としては・・・

・・・本を売ることはほんとうに難しい・・・

さて、本業の本屋の経営はどうなっていったのかというと
本を売ることは、ほんとうにとても難しい』という、
未だ解決策の見えない道の途上におります。
本を売るために実際に行った、工夫と結果を羅列してみます。

工夫:絵本に注力した品揃えにして、オリジナルラッピングペーパーや絵本専用のオリジナルバッグを開発。
結果:カフェでくつろぐ親子連れの、お子さんの楽しむ託児所のような場所になってしまった。

工夫:作家を呼んでイベントを打つなど、タイトルに絞った販売をしてみる。
結果:コロナでイベントができなくなる、だけでなく、作家と約束した本の販売数をクリアできなくて大量在庫を抱えることに。自分の力不足。

工夫:品揃えを大人向けに転換。更に、自分でレビューを熱く書ける読み応えのある本を置くことにする。
結果:本を目的に来店し一度での大量買いや、わざわざ当店で本を予約してくれるありがたいお客さんが現れてくれるが、数人である。

ぞうの絵本バッグの在庫は大量にあります

本の販売だけでギリギリでも生きていくには、少なくとも月に100万円売らなければならないのに、達成にはあまりに遠い道のりがあり、打開策も見えていません。

・・・本屋でいるためにオリジナル製品を作る・・・

そこで、本屋を続けたいために始めたのが、本屋の本職を支えるための、本よりも利益率の高いオリジナル製品の制作です。
草加市近辺の町工場と力を合わせて制作することを大切に、
紙工場の皆さんとは、紙のめいろやメモブロックや草加の地図を、
皮革業界の皆さんとは、革のブックカバーを作っています。
工場の職人技は本当に見事で、更に大掛かりな設備と工場を何十年も維持していく胆力も努力も並大抵でなく、工場って本当にすごい。
とはいえ、どんな業界にも課題があります。
工業製品には時代が進むにつれて貨幣価値が下がっているにも拘らず、未だ昔のままの金額での仕事をするしかなかったり。
製品を作ってもどこにも名前が出ないことも、なんだか寂しいことでもあります。
とある工場長の『ラーメン屋さんが羨ましいんですよ。目の前で『美味しい!』ってお客さんに言ってもらえるから』という言葉を胸に、ペレカスブックの製品には、関わってくれた工場の名前を必ず明記するようにしています。

オリジナル製品の数々です。
工場の名前の入ったオリジナル製品

・・・これから・・・

・・・いったい何足のわらじを履いているのやら・・・

書店主・デザイナー・イラストレーター・自社製品開発、、、。
いったい何足のわらじを履いているのやら、自分でも呆れてしまいます。
『絵だけ』とか『本屋だけ』で、スッと立っている作家や店主たちを見ると、ああ、なんて美しいんだろうといつも憧れています。
でも、いくつものわらじを履いていると、それぞれをコンボで技を組み合わせ、製品を作れるようになる良さもあります。
工場長直々に、出来上がった製品をお客さんに納入するときには、『ありがとうございます』が交わされて、顔の見える製品作りの暖かい喜びもある。
工場からは顔の見えるお客さんのために何かできることはないか、なんて声も最近聞かせていただくようになって、何かが生まれる気配を感じています。


6山の蛇腹折りを特別発注することで、表と裏で2つの表紙を持つカタログが作れました。
更に大きな紙に2面付けして切り出すことで、同じ内容で商品の価格が入っていないカタログを
一度に作ることができました。
ギフトとして商品を贈るときに使えるカタログです。
これは工場を直結しているからこそできた技です。

・・・しかし、儲からないことをどうするか・・・

さて、、、これだけ多岐にわたって仕事をしていると、
なんだか儲かっているように見えますか?
それが、、、全然儲かりません。お金に余裕があったことがない。
原因は、色々なことをやりすぎていて、それぞれが完徹するまで時間がかかりすぎていること。
製品のアピール不足は、時代に合った方法を勉強中。
課題が目の前にてんこもりです。

・・・本屋の実店舗を閉める・・・

さて、2016年に始めたカフェの中の実店舗は2023年5月にクローズしました。
理由は諸事情あります。
ますます繁盛して賑やかになっていくカフェのなかで、逆に本に似合う沈黙のある場所が欲しくなってきたこと。
老父母の暮らす郷里の離島に、今までよりも多い頻度で帰りたくなったこと。
今は草加市の自宅に全ての本をひきとり、一室を作業部屋として仕事をしています。
訪れてきてくれるのは、デザインの相談にくるひと。
それから何故か、人生相談にくる若いひとも、ちらほら。
作業中に聞こえてくるのは、無数の小さな鈴を振るような雀の鳴き声、雨の音。
街中でありながら、静かで集中できる仕事の場所になっています。

草加と式根島を行ったり来たりしています。

7年間の実店舗営業は終わりました。
でも、やはり町の中に本屋が、もっとあったほうがいい。
そこはいつでも寄れる、ひとが集まる場所でありながら、読み・考えることのできるところ。
共感至上主義ではなく、自分のなかの違和感に向き合える場所。
2年先の2025年には、再び本の場所を持ちたいと思っています。
本が並んだ棚と、本を読んだり仕事ができる机が3つくらいある場所にしたいな。
その時は、きっと来てね!

・・・おわりに・・・

いきなりですけど、、、。
生きやすさって、なんなんですかね。
仕事場に遊びにきてくれる若いひとの話を聞いていると、
客観的に見ればその子の落ち度ではないことに悲しんでいたり、
時代や環境に合わない自分に苦しんでいたり、
元気に見えるけれど何かに振り回されていて、その先が心配だったりします。
人生にはそんな時代があって良いのですが、
どうしても辛いときには、自分を責めずに、休んだり逃げたりして欲しい。

半世紀生きてきて思うのは、
ひとは弱いままでもいいのではないかということです。
でも、弱いだけでなく『深く』あって欲しい。
深いということは、経験値が多いということ。
そして経験値は実社会で培われるだけではなく、
本を読むことでも増えていきます。
良い本はどんな分野のものでも、推敲しつくされ、凝縮しつくされたエッセンスであり、本そのものが、ひとつの人格とも言えます。
読んで、知識を増やして、深くて柔らかい心を培って欲しい。
強さよりも深さのほうに、生きやすさがあることもあるからです。
(ポイントとしては自分に都合のよくない本にも触れてみること。)
だから、ひとりのひとが豊かに生きるために
『本屋・書店』が、もっと町の中にあったらいいと思います。

ふたたび本屋ができますように

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本と一緒に、みなさまにお会いできる日を、楽しみにしています。
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ペレカスブック
新井由木子
埼玉県草加市住吉1-12-23
(移転準備中・自宅事務所にて運営中)
https://www.pelekasbook.com
pelekasbook@gmail.com
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