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脳ストレス/トラウマは、身体から癒せる理由。『身体はトラウマを記録する』べッセル・ヴァン・デア・コーク (著)


1.はじめに

本書『身体はトラウマを記録する』は、トラウマやストレスに悩む、PTSD、うつ病、不安症、恐怖症などの関係者に読んで頂きたい本です。本書は約700ページもの大作ですが、そのポイントは以下に集約されます。

<本書の要約(意訳込み)>
重度のトラウマやストレスを抱えた方の脳を計測すると、理性・論理を司る脳部位が機能不全に陥っている。理性を保てないほどのストレスを緩和する為、情動と表裏一体関係にある身体知覚能力も、無意識に低下させている。その結果、自分自身の事を知覚できない失感情症に陥る。
彼らは、脳の言語機能が低下している為、認知行動療法などのトークセラピーでは回復効果が弱い。ストレス中枢である情動脳(扁桃体)は古い脳であるため、言語的アプローチは届きにくい。理性から情動へのアプローチではなく、より原始的な身体感覚(脳幹)から情動へのアプローチに、目を向けるべきだ。泣いている赤ちゃんを、お母さんが抱っこトントンすれば泣き止むように、身体感覚は情動に大きな影響を及ぼす。
EMDRのように身体感覚を通した心理療法は、WHOでもPTSD治療として認められている程である。私たちは身体感覚を通して、情動を繊細に知覚し、育み、癒すことが出来ることを、強く意識し直すべきだ。


最近、欧米で大人気のマインドフルネスが主張する「気づき」「観察」「アウェアネス」の重要性も、本書を読むことでようやく分かってきます。

現代病ともいえる鬱病やPTSD、〇〇恐怖症などでは、情動を司る脳「扁桃体」が暴走状態になっています。進化の過程で古くからある情動脳(扁桃体)は、言葉を喋れません。その情動メッセージを、最新脳である理性・言語脳ではなく、同じく古い「身体」に伝えます。理性が知覚できず、否定しようとも、ストレスホルモンは分泌され続けるので、身体症状として現れます。勿論、ストレスだけでなく、喜びも身体に現れます。


この情動脳の興奮を鎮めことに、各種のメンタルヘルスケアは四苦八苦しています。そのアプローチは、認知行動療法に代表される最新脳(理性)経由のトップダウン方式か、ピンポイントで情動脳を抑える薬投与の方式をとるが、その効果は思わしくありません。ならば、より原始的な脳(脳幹)からのボトムアップ方式の方が、効果を上げ易いのではないか。言語を扱う事のできない赤ん坊は、非言語的で原始的な「抱っこトントン」を通した、脳幹経由の刺激で安心感を得ていることを思い出して下さい。


成人後は、「抱っこトントン」という訳にもいかないので、代わりにEMDRやEFT(TFT)などの身体感覚を通した対応法があります。EMDRは、WHOでもPTSD治療法として認められています。EFT(TFT)については残念ながら、非科学的なトークをする方もいて困るのですが、要は身体刺激により安心ホルモン(セロトニン)を分泌させながら、トラウマ記憶を思い出す行為をします。これにより、トラウマ記憶に付随していた強ネガティブ情動をポジティブ情動に書き換え、トラウマをふつうの記憶に変換していると予想します。※筆者(私)の個人的主張です。

もう少し細かく書くと、EFTによるタッピング刺激は、迷走神経などに一種の「抱っこトントン」刺激を与え、脳幹を通してセロトニンなどの脳内ホルモン分泌を促していると予想します。脳は、記憶を思い出している際には、その記憶を書き換え可能になります。EFTは、この2つの合わせ技をしています。トラウマ体験を安心しながら思い出すことで、強いネガティブ感情を伴った記憶が、安心感を伴った普通の記憶に書き換えられていると予想します。

強いトラウマ下にある人は、理性的な言語脳が機能低下しており、言語からは安心感どころかコミュニケーション自体が困難になるから、身体から安心感を与える。合理的ですね。お化け屋敷を男女がデートすると、そのドキドキ感を恋愛感と勘違いすると言われるように、脳は勘違いし易いのです。EMDRやEFTは、お化け屋敷ではなく身体感覚を使って、脳をうまく勘違いさせているのです。


脱線が長くなりました。

700ページ近い本書を読むのは大変ですが、読み始めると止まらなくなります。以下メモも参考にしながら、必要に応じて読書メモも作りながら読み進めて頂くと、理解が進む筈です。是非、一読下さい。


2.読書メモ(意訳込み)


2-1.深刻なストレス・トラウマの影響(PTSD)

  • 深刻なトラウマを負ったPTSD者は、僅かなきっかけで発生するフラッシュバックに苦悩し、やがてそれから身を守ることを最優先にする。静かに放置され、自分の未来を少しずつ失う。薬物やアルコールの力を借りて、自らの機能を停止させ、周りの世界を締め出す。自分の中に閉じこもる代償として、楽しさや喜びの源泉まで排除する。

  • PTSD者のストレスホルモン系は、危険が去ったあとも、闘争/逃走/凍結の信号を継続し、正常に戻らない。脳の扇桃体と内側前頭前皮質の均衡が、根本的に変化している。軽いストレス刺激にさえ、たちまち過剰反応して、短気・睡眠障害・動揺・パニックの形で表れる。長期的には、様々な健康問題に発展し、身体の弱い所に現れる。内なる叫びを抑え込んでも、ストレスホルモンは止められない。ストレスを受けると、それがストレスだと気づく代わりに、偏頭痛や喘息発作を起こすこともある。

  • トラウマがフラッシュバックすると、そのトラウマ体験が今起こっているかのように感じる。その際の脳を計測すると、右脳が反応し、左脳が正常機能していない。トラウマの痕跡は主に右半球にある。人間の苦痛の殆どは、非言語的な愛と喪失に関わり、それらは右脳機能によるものが大半の為。
    更にトラウマにより、感情を言葉に表すのに必要な領域や、時間の感覚にかかわる領域、入ってくる感覚の生デ-タを統合する視床を含め、前頭葉が機能停止に陥る。意識的な制御が効かず、言葉での意思疎通が不可能な情動脳が、主導権を握る。入ってくる情報の保存・統合に必要な、海馬や視床など他の脳領域との接続も断たれる。その結果、トラウマ体験の痕跡は、統合物語ではなく、断片化された感覚的痕跡や情動的痕跡として構成される。

  • トラウマ者の多くは、感じている事を表現できない。感情を抑え込むことで世事処理をできる代わりに、自分が何を感じているのか気づけないアレキシサイミア(失感情症)に陥る。トラウマ者は、トラウマの恐怖を減らす為、身体感覚の知覚能力を無意識に低下させている。進化過程の中で古くからある情動脳は、言葉を喋ることが出来ない為、同じく古い身体にメッセージを伝えている。その為、感情が表出する身体感覚の知覚能力を、無意識に低下させている。これにより、感情知覚能力が低下した失感情症になる。情動知覚は、体内感覚の知覚能力に大きく依存するのである。

  • PTSD者は、目を閉じて手のひらにキーをおいても、それが何か想像できない人が多い。形・重さ・温度・肌触り等、別個の経験(脳の別部位情報)を単一近くに統合できない。


2-2.トラウマからの回復について

  • トウマ解除アプローチでポイントとなるのは、脳のミドル層(情動脳)にどうアプローチするかである。言語などの最新脳からアプローチするトップダウン方式(認知行動療法など)、身体など古い脳からアプローチするボトムアップ方式(脳幹に端を発する自律神経系の調整)、ミドル層の警戒反応を直接的に抑制しようとする方式(薬など)の3アプローチがある。

  • 人には二つの異なるかたちの自己認識システムがある。二つの認識システムは脳の別々の領域に局在しており、それらの領域どうしの接続はほとんどない。そして、内側前頭前皮質に基盤を置く、その瞬間における自己認識システムだけが、トラウマの中核ともいえる情動脳を変えることができる。

    1. 時間に沿って、自伝的に自己を辿るもの(背外側前頭前皮質、海馬)
      一つ目の自伝的な自己は、経験どうしを関連づけて、首尾一貫した物語にまとめる。このシステムは言語に根差している。

    2. 今この瞬間における自己を捉えるもの(内側前頭前皮質)
      おもに身体的感覚に基づいているが、安全で、急がないと感じれば、その身体的体験を伝える言葉を見つけることもできる。

  • トラウマから回復する為には、トラウマ物語を言語で語るよりも前に、身体知覚能力の回復を優先させねばならない。トラウマから回復するとは、自分自身への主体性を回復する事である。一般的に、トラウマ者は内受容感覚(体に基づく感情である微妙な感覚の自覚)が機能低下している。自分自身の事を知覚できなくなっている。脳でこの機能を担う、内側前頭前皮質の機能を回復させねばならない。マインドフルネス等により情動脳にアクセスして、壊れた警報システムを修理し、自分の身体的感覚を回復させねばならない。それが、トラウマからの回復につながる。

  • トラウマを、それと結びついた感情一切を思い出しても、必ずしもトラウマは解消しない。認知行動療法の柱である曝露療法も同様である。曝露は、恐れや不安への対処には役立つが、罪悪感やトラウマなどへの有効性は証明されていない。回復の為には、自分の体に基づく感覚を統合する必要がある。また、幼児期の愛着経験・安心基地の体験に問題があると、活性化して回復根拠とすべき源泉体験が無いため、最終的な回復(自立)は困難になっていく。 ※最近ようやく、従来は困難だった成人後の愛着問題に対処できる、ホログラフィートークなどの心理療法が出てきた。

  • 慢性トラウマ者の脳を、そのトラウマ記憶を思い出している際に測定すると、言語論理的部位などが明らかに低下している。今起きている事を理解する脳機能が低下している為、認知行動療法などの従来トークセラピ―は、効果が薄くなる。

  • 普通の犬は檻の扉を開ければ逃げるが、電気ショックを与え続けてトラウマが慢性化した犬は、扉を開けても逃げない。トラウマを負った人間も同様状態になる。回復の為には、身体感覚を通した繰り返し体験が必要だ。

  • ストレスとトラウマの圧倒を防ぐ強力な保護手段は社会的支援である。単に他の人々と一緒にいるのとは違う。本当に聞いてもらえている、自を向けてもらえていると感じる、相互作用が大事である。体の芯で安全を感じる必要がある。身体に触れられて、優しくハグされると、鎮静効果をもたらす。また、トラウマを安全に表現できる場所は少ないが、自助グループでならば敏感に反応してもらえ、回復が可能になる。

  • 人間の脳と心と体は、社会的システムの中での協働に向けて調整されている。人間の最も強力な生存戦略であると同時に、ほとんどの精神疾患にも強く影響する。脳と体の神経結合は重要だが、それだけでなく、人間性の土台(幼少時の人間関係と相互作用)もまた重要だ。

  • 脳と多くの内臓とをつないでいる迷走神経線維の八割ほどは求心性で、体から脳へと走っている。これは、呼吸や歌、動きによって、脳を直接訓練できることを意味する。

  • 自分自身に手紙を書くことは、感情という内面世界に触れ、かつ、他者の判断を気にしなくて済む。グループセッション方式にして、他者に披露する事を前提すると、効果が大幅に下がるかもしれない。

  • 内部の世界との関係を(再度)築き、身体的感覚を伴う関係を復活させるには、ヨガは素晴らしい方法だ。

  • 心拍変動は、自律神経系の働きの健全性を計測するのに適切な尺度である。交感神経系と副交感神経系の相対的な均衡を測る。息を吸うと交感神経系が刺激されて心拍数が増加し、息を吐くと副交感神経系が刺激されて心臓鼓動は遅くなる。健康な人では、呼吸による心拍変動は一定でリズミカルになる。自律神経系の調節に異常のある人は、呼吸に連動した心拍数変動が起き難い。


2-3.PTSDへの具体的対応(EMDR)について

  • EMDRは、WHOがPTSD治療法として推奨する、エビデンスのある治療法です。EMDRは、従来の精神療法と異なり、トラウマをセラピストに詳しく説明する必要はありません。患者は、トラウマの原因になった過去の出来事をイメージし、セラピストが左右に振る指を目で追う眼球運動をします。僅か数回で、PTSDが有意に改善する人もいます。記憶整理をするレム睡眠時には目が左右に動くが、EMDRでも同様に目を左右に動かすことで、PTSDの断片化した記憶の統合が進むのかもしれません。

  • 複雑性PTSD(児童期にトラウマ経験など)の人と、大人になって単回性トラウマ(交通事故など)を負った人とは、EMDRに対して非常に異なる反応を示します。前者は、治療効果が明確に薄くなります。


2-4.<参考>脳の知識

  • 情動の強さは、煙探知機(扇桃体)と、それと措抗する監視塔(内側前頭前皮質)によって定められる。

  • ある体験の前後関係は、背外側前頭前皮質と海馬を含むシステムが判断する。

  • 背外側前頭前皮質のお陰で、現在の経験が過去の関係や、将来にどう影響するかが分かる。背外側前頭前皮質は、脳の時間管理者と考えてもいい。ここ機能不全になると、人は時間感覚を失う。

  • 視床は、耳・目・皮膚からの感覚を集めて統合し、自伝的記憶を作る中継基地の役割。

  • 島:内部器官からの入力を統合して解釈し、一つにまとまった体を持っているという感覚を生み出す。信号を扇桃体に伝え、闘争/逃走反応を引き起こすこともできる




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