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N市の記憶。もしくはその断片。

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note創作大賞2023 ミステリー小説部門 応募小説まとめ
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#ミステリー小説

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#5 Twitter探偵の登場 #2

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#5 Twitter探偵の登場 #2

 ——犯人がわかってしまった。

 ツイートされたのは、令和四年の五月二十六日。
 コメントは十数件ついていて、「嘘つけ」「おまえが犯人だろ?」「教えて」「すごいね」と簡略化された言葉がならんでいる。
 それらに対して、ツイ主となるアカウントの返信はなく、それ以降、新規のツイートもされていない。

 アイコンをタップする。
 冷めたコーヒーを飲みながら、指を滑らせていく。
 アカウント名は〈シン・

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#6 鎮守の森 #1

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#6 鎮守の森 #1

 殺害現場となったN大学裏の雑木林を歩く。
 樫や栗の木、整備された散歩道のあたりは桜並木になっている。桜の季節は終わってしまったが、陽射しを浴びて、緑色の葉々が眩しいほど輝いて見える。その奥は鬱蒼とした森だ。日中でも薄暗く、見通しは悪い。
 ゆるやかな坂道を歩いていくと、芝生の公園があり、その周囲がランニングコースとして整備されている。
 とすると、香山沙織さんの遺体が発見されたのはこのあたりか

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#7 鎮守の森 #2

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#7 鎮守の森 #2

 頂上には、N大学の施設(天文学や気象情報を研究するための)があり、駐車場と休憩するための東屋があった。
 車を停めて、周辺を歩く。
 案内板があり、車でわずか数分の、地形が少し盛り上がった程度の丘という印象だが、〈黄魂山〉という正式な山名があるらしい。標高八十メートルと高くはないが、町全体がすり鉢状になっており、展望台からの見晴らしは悪くなかった。
 この町で、二人の女性が殺害され、一人は行方不

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#8 幽霊の正体見たり枯れ尾花 #1

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#8 幽霊の正体見たり枯れ尾花 #1

 条件としていた二週間が過ぎた。
 当初、私は調査に消極的だった(二週間という条件をつけたのも、私のほうからだった)。しかし現在では、納得がいくところまで調査を続けたい。続けたいが、調査を続けるには費用が発生し、これを生業としている以上はボランティアというわけにはいかない。調査に大きな進展はなく、手がかりもない。あとどれだけ続ければ——、という見込みもない。
 田沼氏に連絡し、正直に現状を報告する

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#9 幽霊の正体見たり枯れ尾花 #2

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#9 幽霊の正体見たり枯れ尾花 #2

 大学生になり、戸塚絢は一人暮らしをはじめた。N市生まれのN市育ちで、ほんとうは一人暮らしの必要なんてなかった。実家から通っても、N大学までは三十分と通学圏内だったが、少しでも勉強の時間を多く持ちたいと両親を説得し、N大学まで五分のマンションを借りたのは、ただただ両親の目から離れて、怠惰な生活を送りたかったからだ。

 マンションの部屋に飛びこむ。すぐに鍵をかける。
 しばらく扉に耳をあてて、外の

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#10 探偵vs殺人鬼 #1

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#10 探偵vs殺人鬼 #1

 それを怪談と呼ぶには、納得がいかない。納得できる怪談というのもおかしな話だが、基本、怪談というものは人を怖がらせるために存在しているのだと思う。何度も語られ、そのたびに構成が練られ、効果的な描写があり、聞いた後に寒気がするような、そんな怪談が優れた怪談だと思う。
 そういう意味で、この怪談は失敗作と言わざるをえない。

 N市を走る環状線の一つの駅、S町駅のホームで、二人の男が追いかけっこしてい

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#11 探偵vs殺人鬼 #2

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#11 探偵vs殺人鬼 #2

 宝田孝蔵さんは、勤務している玩具製造会社の帰り、その事件に遭遇した。
「本社があるんです、S町に」と宝田さんは話しはじめる。「実際に玩具を製造してる工場は東区にありまして」
 宝田さんは企画部に所属し、年齢は五十二歳。転職歴はなく、三十年間玩具のことだけを考えてきたという。既存のアニメキャラクターのグッズではなく、宝田さんが働いている会社は、低年齢向けの知育玩具を製造している。
「天然木からです

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#14 玄関の臭い家 #1

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#14 玄関の臭い家 #1

 S町駅のホームで望月倫太郎さんを殺害し、急行電車に飛びこんだ男——名前はすでにわかっている。
 峰岸敏彦、当時四十八歳。
 住所を調べたとき、私の手は震えた。田宮文乃が住んでいた町と同じだったからだ。
 はやる気持ちを抑える。
 駅を出て、住所を再度確認する。田宮文乃が住んでいた同じ町だが、方角は逆だった。こちらの通りは大きな建物が多く、オフィスが入った貸ビル、自社ビルが建ちならんでいる。少しず

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#15 玄関の臭い家 #2

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#15 玄関の臭い家 #2

 峰岸邸の門扉は閉まっており、チャイムを押しても応答はない。おそらく鳴ってもいないだろうし、誰も住んでいないことは調査済みである。峰岸が死んでから、峰岸家の遠縁、峰岸亨の所有となっている。峰岸亨はF県に住んでおり、いずれ手放すつもりだろうが、いまのところは空き家である。
 門扉越しに峰岸邸の玄関が見える。錆びた看板に〈峰岸医院〉という文字もかろうじて読み取れる。玄関までの石敷きのあいだには雑草が生

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#16 不法侵入 #1

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#16 不法侵入 #1

 私は峰岸の日記を閉じた。
 峰岸は普通の人間だった。そこに書かれていたのは、日常的な気持ちの吐露であり、毎日殺人のことを考えているサイコパスではないし、社会や自分の置かれている環境に敵意を剥き出しにして、自分を正当化する論理を構築していく——世界を〈自分〉で埋め尽くして、〈自分〉から逃げられなくなった人間でもなかった。懐中電灯の光のなかに浮かぶ字は読みやすく、異常性は感じられない。
 それどころ

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#17 不法侵入 #2

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#17 不法侵入 #2

 一階の探索を終えて、峰岸邸の二階も見てまわったが、新しい発見はなかった。
 二階には五つの部屋があり、峰岸が自室として使っていたのだろう部屋も推測できたが、警察の捜査後のせいか、気になるものは発見できなかった。事件後に処分されてしまったものもあるのだろう。
 一つ、私はそれを部屋として数えていないので、カウントすると六番目の部屋になるのだが、二畳しかない部屋があり(物置きは別にあったので、この部

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#18 田沼文乃

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#18 田沼文乃

 峰岸邸からは、白骨化した遺体が見つかった。鑑定の結果、田沼文乃と特定される日も近いだろう。
 あの夜、私たち——私と田沼氏は、峰岸邸の庭を掘り返した。自分たちが不法侵入していることも忘れて、峰岸家の物置きから勝手にシャベルまで拝借した。
 毎日、農作業をしているという田沼氏は道具の扱いに長けていて、「もっと腰を落としたほうがいいです」「てこの原理ですよ」と私に教えてくれた。状況にそぐわぬ、田沼氏

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#19 殺人家族 #1

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#19 殺人家族 #1

 二十一日、N市荒神区の住宅敷地にて、白骨化した遺体四体が発見された。性別不明、年齢不詳。警察は司法解剖を実施し、死因や身元を調べている。なお同敷地内では先日も白骨化した遺体が発見されており、これで計五体となる(令和五年五月二十二日、朝刊抜粋)

 喫茶店でモーニングを食べながら、新聞を読む。
 峰岸の犯行だろうか? と思う。
 いつから埋められていたのか? 鑑定が進めばわかってくるだろうが、もし

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#21 黄魂山

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#21 黄魂山

 秋元裕子さんが幼い頃、黄魂彦神社はN市を代表する神社だった。交通の便は悪かったが、それでもお正月の初詣、六月六日の〈黄魂さん〉と呼ばれる祭りには必ず足を運んでいたという。
 入手した古地図を見ると、現在のN大学の敷地のほとんどが黄魂彦神社だったことがわかる。参道は駅からはじまっており、おそらく現在のマクドナルドのあたりに大鳥居があり、N大学まで続く直線の道が参道だったのだろう。御拝殿が現在のN大

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