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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#17 不法侵入 #2
鍵は締めたはずだ。それなのに、あいつは家のなかを這いまわっている。
夜が怖い。
夜は暗いから、怖いのだ。
幽霊が怖い。
死後の世界を知らないから、怖いのだ。
私は何を恐れているのだろう?
あいつはいまのところ、何もしてこない。
一階の探索を終えて、峰岸邸の二階も見てまわったが、新しい発見はなかった。
二階には五つの部屋があり、峰岸が自室として使っていたのだろう部屋も推測できたが、警察の捜査後のせいか、気になるものは発見できなかった。事件後に処分されてしまったものもあるのだろう。
一つ、私はそれを部屋として数えていないので、カウントすると六番目の部屋になるのだが、二畳しかない部屋があり(物置きは別にあったので、この部屋の存在する理由がわからない。座敷牢と呼ばれる部屋だろうか?)
ドアを開けると上がり框があり、畳敷きの和室になっている。正面の壁には、神棚が供えられており、窓はない。いや、そもそもはあったようだが、現在はベニヤ板で厳重にふさがれている——峰岸邸にあって、とりわけ不穏な雰囲気を醸している部屋だったが、説明なしの現状では、事件と結びつきそうにない。
「帰りましょうか?」と私は言った。
田沼氏は口に出してこたえなかったが、仄かに見える顔が頷くのが見えた。
外に出ると、虹色の翳りのなかで月光がますます強く、夜を照らしていた。
前を歩く田沼氏の肩は垂れ下がり、目的を失ったその歩みは屍のように遅い。
私はふと立ち止まり、峰岸邸の庭に目を向ける。
全盛期には美しい庭だったのだろう。現在は荒れ放題で、生命力あふれる木々は逞しく、禍々しく、この町の生気を吸い取っているようにさえ思える。月明かりのせいかもしれない。崩壊しつつある煉瓦作りのテラスがあり、日傘をさした貴夫人が立っている。
——?
瞼をこすってみても、何度見ても、やはりそこに立っている。
私はいわゆるオカルト主義者ではない。幽霊は信じていないし、前世がもしも存在していたら、その重さに耐えられそうにない(自分の人生でさえ、手に余るという意味で)子供のころに、もしかしたらという体験をしたことがあるが、大人に話すと笑われた。自分でも夢を見ていたのだと思う。
しかし、私はいま、見えるはずのないものを見ている。
日傘で隠れているため、顔は見えない。水色のサマードレスを着ている。すそにはレースの刺繍が施されている。
何かを指差している。
そちらに目を向けると、庭の奥の暗がりに、ぼんやりと青く見える部分がある。外壁沿いの地面だ。暗闇にその部分だけが青く滲んでいる。
近づいていくと、群生した桔梗だった。
無数の小さな花が咲いていた。
植えられたものなのか、自然に芽吹いたものなのかわからない。湧くようにして桔梗の青い花が密集していた。
振り返ると、日傘の貴婦人は消えていた。
視線を移すと、田沼氏がこちらを見つめて、私のことを待っている。
「田沼さん!」
私は叫んでいた。
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