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カルフォニ村
2023年6月19日 21:17
宝田孝蔵さんは、勤務している玩具製造会社の帰り、その事件に遭遇した。「本社があるんです、S町に」と宝田さんは話しはじめる。「実際に玩具を製造してる工場は東区にありまして」 宝田さんは企画部に所属し、年齢は五十二歳。転職歴はなく、三十年間玩具のことだけを考えてきたという。既存のアニメキャラクターのグッズではなく、宝田さんが働いている会社は、低年齢向けの知育玩具を製造している。「天然木からです
2023年6月20日 22:00
昭和三十八年生まれ。H県奥山市の猿ヶ瀬に暮らし、幼少期からゴルフをはじめる。自称プロゴルファーと名乗り、ミスターXが送りこんでくる刺客を賭けゴルフで打ち負かしていく。 藤子不二雄A氏の漫画。プロゴルファー猿の主人公、猿谷猿丸の話だ。 シン・プロゴルファー猿とSNSで名乗っていた望月倫太郎さんはそれとは違い、一般的な人間——一般的な人間なんて定義はないわけだが、少なくとも、賭けゴルフはしていな
2023年6月21日 21:35
望月家の玄関先で、私は嘘をついていた。見ず知らずの男が突然押しかけて、息子さんが殺された事件のことを知りたいと言ったところで、快く応じてくれる可能性はかなり低い。それで「生前、倫太郎くんとお会いしたことがありまして。最近になってご不幸があったことを知りまして、できればお仏壇に」と話したのだった。「倫太郎とは、どちらで?」と志穂さんがたずねてくる。 当然だ。私と倫太郎さんとでは、二十歳以上も歳
2023年6月22日 22:24
S町駅のホームで望月倫太郎さんを殺害し、急行電車に飛びこんだ男——名前はすでにわかっている。 峰岸敏彦、当時四十八歳。 住所を調べたとき、私の手は震えた。田宮文乃が住んでいた町と同じだったからだ。 はやる気持ちを抑える。 駅を出て、住所を再度確認する。田宮文乃が住んでいた同じ町だが、方角は逆だった。こちらの通りは大きな建物が多く、オフィスが入った貸ビル、自社ビルが建ちならんでいる。少しず
2023年6月23日 17:04
峰岸邸の門扉は閉まっており、チャイムを押しても応答はない。おそらく鳴ってもいないだろうし、誰も住んでいないことは調査済みである。峰岸が死んでから、峰岸家の遠縁、峰岸亨の所有となっている。峰岸亨はF県に住んでおり、いずれ手放すつもりだろうが、いまのところは空き家である。 門扉越しに峰岸邸の玄関が見える。錆びた看板に〈峰岸医院〉という文字もかろうじて読み取れる。玄関までの石敷きのあいだには雑草が生
2023年6月24日 21:43
私は峰岸の日記を閉じた。 峰岸は普通の人間だった。そこに書かれていたのは、日常的な気持ちの吐露であり、毎日殺人のことを考えているサイコパスではないし、社会や自分の置かれている環境に敵意を剥き出しにして、自分を正当化する論理を構築していく——世界を〈自分〉で埋め尽くして、〈自分〉から逃げられなくなった人間でもなかった。懐中電灯の光のなかに浮かぶ字は読みやすく、異常性は感じられない。 それどころ
2023年6月25日 21:40
一階の探索を終えて、峰岸邸の二階も見てまわったが、新しい発見はなかった。 二階には五つの部屋があり、峰岸が自室として使っていたのだろう部屋も推測できたが、警察の捜査後のせいか、気になるものは発見できなかった。事件後に処分されてしまったものもあるのだろう。 一つ、私はそれを部屋として数えていないので、カウントすると六番目の部屋になるのだが、二畳しかない部屋があり(物置きは別にあったので、この部
2023年6月26日 21:45
峰岸邸からは、白骨化した遺体が見つかった。鑑定の結果、田沼文乃と特定される日も近いだろう。 あの夜、私たち——私と田沼氏は、峰岸邸の庭を掘り返した。自分たちが不法侵入していることも忘れて、峰岸家の物置きから勝手にシャベルまで拝借した。 毎日、農作業をしているという田沼氏は道具の扱いに長けていて、「もっと腰を落としたほうがいいです」「てこの原理ですよ」と私に教えてくれた。状況にそぐわぬ、田沼氏
2023年6月27日 21:01
二十一日、N市荒神区の住宅敷地にて、白骨化した遺体四体が発見された。性別不明、年齢不詳。警察は司法解剖を実施し、死因や身元を調べている。なお同敷地内では先日も白骨化した遺体が発見されており、これで計五体となる(令和五年五月二十二日、朝刊抜粋) 喫茶店でモーニングを食べながら、新聞を読む。 峰岸の犯行だろうか? と思う。 いつから埋められていたのか? 鑑定が進めばわかってくるだろうが、もし
2023年6月28日 21:57
「何年かに一人、死人が出るんです」と秋元裕子さんは言う。「というと?」「誤診なのか、手術に失敗したのか、本当に助からない病気だったのか、素人のあたしにはわかりませんけど、何年かに必ず、峰岸病院で死ぬんです」 病院で死人が出ることは当然のことなのかもしれない。人々の生死を取り扱う、それが病院であり、元気な人間は病院など行かないのだから、結果、病院に通う人のなかで死者が出る確率は高くなる。 し
2023年6月29日 20:44
秋元裕子さんが幼い頃、黄魂彦神社はN市を代表する神社だった。交通の便は悪かったが、それでもお正月の初詣、六月六日の〈黄魂さん〉と呼ばれる祭りには必ず足を運んでいたという。 入手した古地図を見ると、現在のN大学の敷地のほとんどが黄魂彦神社だったことがわかる。参道は駅からはじまっており、おそらく現在のマクドナルドのあたりに大鳥居があり、N大学まで続く直線の道が参道だったのだろう。御拝殿が現在のN大
2023年6月30日 20:47
目覚めると、頭が割れるように痛んだ。 また同じ夢だ。 黄魂山をおとずれてから、毎晩この夢を見る。何かを暗示しているようだが、そもそも浮遊する物体が何なのかがわからない。神なのか、悪霊なのか——どちらにせよ、よい兆しではないだろう。 黄魂山に行ったのは、もう一週間前の話だ。 結局、鳥居の先には何もなかった。鳥居の先も同様に苔むした石段が続き、少しずつ太陽の光が届くようになり、急に視界が開け
2023年7月1日 20:48
クッ、クッ、とくぐもった嘲笑が聞こえ、ようやく頭の芯から目覚める。 目を開けると、戸塚絢が歯ブラシをくわえたまま頬を大きく膨らませて(ちょっと待って、ちょっと待って)と手振りで私に伝えると、ユニットバスに駆けこんでいく。 口に含んだものを洗面に吐き出す。 それから堰を切ったような笑い声。「なんて顔してるんですか、おじさん!」 ホテルのタオルで唇を拭きながら、戸塚絢が言う。「白目むいて寝
2023年7月2日 20:52
目覚めると、戸塚絢がソファで膝を抱えて眠っている。 私の視線に気づいたのか、彼女は瞼をこすって、大きく背伸びした。「おはよう」と私は声をかける。「いてくれたのか」「それはそうでしょ」と戸塚絢があきれた顔で言う。「わたしがいなかったら、どうする気だったんですか?」「たしかに」と私はうなずく。 私の両手両足は、ベッドに縛りつけられている。戸塚絢がいなかったら、ホテル従業員に発見されるまで、