マガジンのカバー画像

N市の記憶。もしくはその断片。

26
note創作大賞2023 ミステリー小説部門 応募小説まとめ
運営しているクリエイター

#連載小説

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#11 探偵vs殺人鬼 #2

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#11 探偵vs殺人鬼 #2

 宝田孝蔵さんは、勤務している玩具製造会社の帰り、その事件に遭遇した。
「本社があるんです、S町に」と宝田さんは話しはじめる。「実際に玩具を製造してる工場は東区にありまして」
 宝田さんは企画部に所属し、年齢は五十二歳。転職歴はなく、三十年間玩具のことだけを考えてきたという。既存のアニメキャラクターのグッズではなく、宝田さんが働いている会社は、低年齢向けの知育玩具を製造している。
「天然木からです

もっとみる
小説/N市の記憶。もしくはその断片。#12 若き探偵の死 #1

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#12 若き探偵の死 #1

 昭和三十八年生まれ。H県奥山市の猿ヶ瀬に暮らし、幼少期からゴルフをはじめる。自称プロゴルファーと名乗り、ミスターXが送りこんでくる刺客を賭けゴルフで打ち負かしていく。
 藤子不二雄A氏の漫画。プロゴルファー猿の主人公、猿谷猿丸の話だ。
 シン・プロゴルファー猿とSNSで名乗っていた望月倫太郎さんはそれとは違い、一般的な人間——一般的な人間なんて定義はないわけだが、少なくとも、賭けゴルフはしていな

もっとみる
小説/N市の記憶。もしくはその断片。#13 若き探偵の死 #2

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#13 若き探偵の死 #2

 望月家の玄関先で、私は嘘をついていた。見ず知らずの男が突然押しかけて、息子さんが殺された事件のことを知りたいと言ったところで、快く応じてくれる可能性はかなり低い。それで「生前、倫太郎くんとお会いしたことがありまして。最近になってご不幸があったことを知りまして、できればお仏壇に」と話したのだった。
「倫太郎とは、どちらで?」と志穂さんがたずねてくる。
 当然だ。私と倫太郎さんとでは、二十歳以上も歳

もっとみる
小説/N市の記憶。もしくはその断片。#14 玄関の臭い家 #1

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#14 玄関の臭い家 #1

 S町駅のホームで望月倫太郎さんを殺害し、急行電車に飛びこんだ男——名前はすでにわかっている。
 峰岸敏彦、当時四十八歳。
 住所を調べたとき、私の手は震えた。田宮文乃が住んでいた町と同じだったからだ。
 はやる気持ちを抑える。
 駅を出て、住所を再度確認する。田宮文乃が住んでいた同じ町だが、方角は逆だった。こちらの通りは大きな建物が多く、オフィスが入った貸ビル、自社ビルが建ちならんでいる。少しず

もっとみる
小説/N市の記憶。もしくはその断片。#15 玄関の臭い家 #2

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#15 玄関の臭い家 #2

 峰岸邸の門扉は閉まっており、チャイムを押しても応答はない。おそらく鳴ってもいないだろうし、誰も住んでいないことは調査済みである。峰岸が死んでから、峰岸家の遠縁、峰岸亨の所有となっている。峰岸亨はF県に住んでおり、いずれ手放すつもりだろうが、いまのところは空き家である。
 門扉越しに峰岸邸の玄関が見える。錆びた看板に〈峰岸医院〉という文字もかろうじて読み取れる。玄関までの石敷きのあいだには雑草が生

もっとみる
小説/N市の記憶。もしくはその断片。#16 不法侵入 #1

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#16 不法侵入 #1

 私は峰岸の日記を閉じた。
 峰岸は普通の人間だった。そこに書かれていたのは、日常的な気持ちの吐露であり、毎日殺人のことを考えているサイコパスではないし、社会や自分の置かれている環境に敵意を剥き出しにして、自分を正当化する論理を構築していく——世界を〈自分〉で埋め尽くして、〈自分〉から逃げられなくなった人間でもなかった。懐中電灯の光のなかに浮かぶ字は読みやすく、異常性は感じられない。
 それどころ

もっとみる
小説/N市の記憶。もしくはその断片。#17 不法侵入 #2

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#17 不法侵入 #2

 一階の探索を終えて、峰岸邸の二階も見てまわったが、新しい発見はなかった。
 二階には五つの部屋があり、峰岸が自室として使っていたのだろう部屋も推測できたが、警察の捜査後のせいか、気になるものは発見できなかった。事件後に処分されてしまったものもあるのだろう。
 一つ、私はそれを部屋として数えていないので、カウントすると六番目の部屋になるのだが、二畳しかない部屋があり(物置きは別にあったので、この部

もっとみる
小説/N市の記憶。もしくはその断片。#18 田沼文乃

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#18 田沼文乃

 峰岸邸からは、白骨化した遺体が見つかった。鑑定の結果、田沼文乃と特定される日も近いだろう。
 あの夜、私たち——私と田沼氏は、峰岸邸の庭を掘り返した。自分たちが不法侵入していることも忘れて、峰岸家の物置きから勝手にシャベルまで拝借した。
 毎日、農作業をしているという田沼氏は道具の扱いに長けていて、「もっと腰を落としたほうがいいです」「てこの原理ですよ」と私に教えてくれた。状況にそぐわぬ、田沼氏

もっとみる
小説/N市の記憶。もしくはその断片。#19 殺人家族 #1

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#19 殺人家族 #1

 二十一日、N市荒神区の住宅敷地にて、白骨化した遺体四体が発見された。性別不明、年齢不詳。警察は司法解剖を実施し、死因や身元を調べている。なお同敷地内では先日も白骨化した遺体が発見されており、これで計五体となる(令和五年五月二十二日、朝刊抜粋)

 喫茶店でモーニングを食べながら、新聞を読む。
 峰岸の犯行だろうか? と思う。
 いつから埋められていたのか? 鑑定が進めばわかってくるだろうが、もし

もっとみる
小説/N市の記憶。もしくはその断片。#20 殺人家族 #2

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#20 殺人家族 #2

「何年かに一人、死人が出るんです」と秋元裕子さんは言う。
「というと?」
「誤診なのか、手術に失敗したのか、本当に助からない病気だったのか、素人のあたしにはわかりませんけど、何年かに必ず、峰岸病院で死ぬんです」
 病院で死人が出ることは当然のことなのかもしれない。人々の生死を取り扱う、それが病院であり、元気な人間は病院など行かないのだから、結果、病院に通う人のなかで死者が出る確率は高くなる。
 し

もっとみる
小説/N市の記憶。もしくはその断片。#21 黄魂山

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#21 黄魂山

 秋元裕子さんが幼い頃、黄魂彦神社はN市を代表する神社だった。交通の便は悪かったが、それでもお正月の初詣、六月六日の〈黄魂さん〉と呼ばれる祭りには必ず足を運んでいたという。
 入手した古地図を見ると、現在のN大学の敷地のほとんどが黄魂彦神社だったことがわかる。参道は駅からはじまっており、おそらく現在のマクドナルドのあたりに大鳥居があり、N大学まで続く直線の道が参道だったのだろう。御拝殿が現在のN大

もっとみる
小説/N市の記憶。もしくはその断片。#22 悪霊たち #1

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#22 悪霊たち #1

 目覚めると、頭が割れるように痛んだ。
 また同じ夢だ。
 黄魂山をおとずれてから、毎晩この夢を見る。何かを暗示しているようだが、そもそも浮遊する物体が何なのかがわからない。神なのか、悪霊なのか——どちらにせよ、よい兆しではないだろう。
 黄魂山に行ったのは、もう一週間前の話だ。
 結局、鳥居の先には何もなかった。鳥居の先も同様に苔むした石段が続き、少しずつ太陽の光が届くようになり、急に視界が開け

もっとみる
小説/N市の記憶。もしくはその断片。#23 悪霊たち #2

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#23 悪霊たち #2

 クッ、クッ、とくぐもった嘲笑が聞こえ、ようやく頭の芯から目覚める。
 目を開けると、戸塚絢が歯ブラシをくわえたまま頬を大きく膨らませて(ちょっと待って、ちょっと待って)と手振りで私に伝えると、ユニットバスに駆けこんでいく。
 口に含んだものを洗面に吐き出す。
 それから堰を切ったような笑い声。
「なんて顔してるんですか、おじさん!」
 ホテルのタオルで唇を拭きながら、戸塚絢が言う。「白目むいて寝

もっとみる
小説/N市の記憶。もしくはその断片。#24 朝

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#24 朝

 目覚めると、戸塚絢がソファで膝を抱えて眠っている。
 私の視線に気づいたのか、彼女は瞼をこすって、大きく背伸びした。
「おはよう」と私は声をかける。「いてくれたのか」
「それはそうでしょ」と戸塚絢があきれた顔で言う。「わたしがいなかったら、どうする気だったんですか?」
「たしかに」と私はうなずく。
 私の両手両足は、ベッドに縛りつけられている。戸塚絢がいなかったら、ホテル従業員に発見されるまで、

もっとみる