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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#12 若き探偵の死 #1
最近は買い物に行くことが息抜きになっている。近所のスーパーマーケットだ。
ここのスーパーマーケットは二十四時間営業で、さらに毎日値段が変わるので飽きることがない。昨日はレタスが198円だったのに、今日は98円だったりする。お得な気がするので、ついつい買ってしまう。それが策略なのかもしれない。それでもいい。野菜を買って、スナック菓子を買って、いろいろ買っても千円ぐらいだ。千円でストレス解消できるなら安いものだ。
すれ違う人の買い物カゴに目を落とす。あの人はこんなものを買ってる。あの人は780円の刺身を値引きシール無しで買っている。
正気か?
なぜか他人の買い物カゴのほうが充実している気がする。私は、おいおい、そのお買い得はどこにあった? と引き返したりする。
値引きシールに惑わされ、執拗に繰り返されるテーマソングに三半規管をやられて(ハーメルンの笛吹き男のごとく)店内を彷徨い歩く。
スーパーからの帰り道、また、あの音が聞こえる。
拍子木を打つ音だ。
どこから聞こえるのだろう?
この時代に火の用心でもあるまいし。
昭和三十八年生まれ。H県奥山市の猿ヶ瀬に暮らし、幼少期からゴルフをはじめる。自称プロゴルファーと名乗り、ミスターXが送りこんでくる刺客を賭けゴルフで打ち負かしていく。
藤子不二雄A氏の漫画。プロゴルファー猿の主人公、猿谷猿丸の話だ。
シン・プロゴルファー猿とSNSで名乗っていた望月倫太郎さんはそれとは違い、一般的な人間——一般的な人間なんて定義はないわけだが、少なくとも、賭けゴルフはしていなかったようだ。
私がまずはじめたのは、S町駅のホームで殺害された望月倫太郎さんと、SNSで探偵の真似事をしていたシン・プロゴルファー猿さんが同一人物なのか、その確認作業だった。
望月さんの家は、N市の比較的新しいベッドタウン(新しいといっても、飯塚団地ができたのは90年代のことだが)主要道路から曲がりくねった坂道が続く、山を切り崩した斜面に造成されていた。
倫太郎さんが産まれた後、望月家はこの地に移り住んだ。
「わたしも夫も東京の生まれで、N県には何の所縁もなかったんですけど、夫の会社の都合で」と望月倫太郎さんの母親、望月志穂さんは話す。
食品メーカーに勤めている夫の望月健太さんが、新しくできた支店の立ち上げメンバーとしてN市に赴任することが決まったのが、平成十六年のこと。結婚して間もないときのことで、倫太郎さんが産まれた直後だった。
望月志穂さんは正直に、不安な胸中を夫に伝えた。健太さんも理解を示し、倫太郎さんが産まれたばかりで両親が近くにいてくれたほうが自分としても心強いと考え、最初の一年は単身赴任することにした。二年目から、望月家は家族そろってN市に住むことになった。
「もちろん、不安でしたよ」と志穂さんは語る。
しかし、それは杞憂だった。団地なので、言ってみればヨソモノの集まりだった。話を聞いてもらいたいときには同世代の主婦がおり、自治会というものがあったが、参加は任意であり、時間があるときは集会所でお酒やカラオケを楽しんだり、そういう気分ではないときには不参加でも、強引に誘ってくる人間はいなかった。
「ほどよい他人って感じなんですよね」
志穂さんは気さくな態度で話してくれた。
「それはそうと……」その気さくな笑顔の裏に、疑いの眼差しがある。「倫太郎とは、どちらで?」
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