意識は傍観者である~後編~
さて後半ですが、前半で意識が脳の全てをコントロールしていないことがわかりました。いや、むしろその活動の多くに関わりを持ってさえいないと言うことも…
では、私たちが巻き込まれたくない犯罪はどうでしょう?意識が自分をコントロールしていないとするなら、貴方が知らぬ間に犯罪の犯人(加害者)になる可能性があるのではないのでしょうか?
本書後半は、そのことについて考えを深めていきます。
まず、中・近世頃では、自制できないような行動障害を悪霊や狐憑きのような神霊的なものの責任にしていましたが、現代においては、どうやらその原因は「脳の障害である可能性が高いとわかって来た」と本書は言い、例として小児性愛者や、頭部外傷から急に暴力的になった男性、前頭側頭認知症患者、精神科疾患など様々な例を出します。
そしてその全てが、「科学的に見て、本人たちの責任ではない」ことを強く論じます💦
そうです、これは前編から言い続けている、意識(自分)ではどうすることも出来ない領域の問題なんですね💦
最近流行りの「内省や内観」なども、幾ばくの効果もない!と本書は指摘します。まあ、脳に損傷(未来の科学でないとわからない程の微細なもの)があったり、遺伝子自体がそうプログラムされているなら、どれだけ深い内省や内観でも、結果は浅いケアになることでしょう。
では、どのようにすれば無意識の犯罪(自分でコントロール出来ない)を防ぐ事が可能なのか?その一つとして、本書は「前部前頭葉トレーニング」という、前頭葉で短期的回路を抑え込む練習を提案しています。
これは犯罪者の大半が持つ顕著な特徴である「衝動抑制の弱さ」にアプローチした練習で、対象者に取って魅惑的な物や場面を繰り返し見せて脳スキャンをかける、そしてその欲求に関与する脳領域を特定し、その領域のネットワークに繰り返し魅惑的な画像を見せることで、ネットワークに修正をかける(衝動を抑える)練習です。
また本書は、脳の成熟について、「ティーンエイジャーと大人の脳の主な違いは、前頭葉の発達である」とし、「人間の前頭前皮質は二十代に入るまで完全には発達しないものであり、これがティーンエイジャーの衝動的行動を引き起こす」とも説明します。
これらのことから、対象者(大人)は既に行為の善悪も、刑罰の厳しさも既に理解している。それでも、個別の魅惑的な衝動を抑制する力に弱く、熟慮が出来ないのだとし、それが脳の障害なのか?遺伝子的な何か?なのかもしれないが、既に旧来の刑罰だけのアプローチでは問題は解決せず、いよいよ医療や科学的知識を理解した更正の介入が必要だとしています。
そして最終章では、遺伝子の影響について詳しく説明され、これらの障害が遺伝子だけの責任にされるのは間違いであり、家庭環境や様々な経験との相互作用が関係して来るとしながらも、軽い脳損傷があってなおかつ最終的に家庭生活に恵まれない場合、非常に不運な相乗効果が生まれる可能性が高い(映画ジョーカーみたいな感じ?)と言い、更正だけでなく予防への糸口も見つけつつあることを示唆します。
本書は最後、やや尻切れトンボのような終わり方をしますが、それは未だ現代科学が脳の全てを解明できていない為であり、今後の進展を待つ必要があるからでしょう。
それでも内容は、精神科の看護師が読むには十分なものです。特に医療観察法や精神鑑定等の触法関係を扱う精神科病院のスタッフには、ぜひ読んでいただきたい書籍です。
なお、本書途中には、ケン・キージーの小説「カッコーの巣の上で」を例に出しながら、ロボトミーのような倫理的に問題のある行為を許すべきではないと記載されていることも付け加えておきます。
終わり
※この記事には、直接引用の箇所はありません。引用部は、全て加筆しております。また、映画「ジョーカー」は本書では紹介されません。内容を端的に表現する為に、記事に盛り込みました。
☝️よろしければ前編もどうぞ😆