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CH.119 ゆっくり読みたい記事

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#山矢探偵事務所

小説:クロニック デイズ【16065文字】

小説:クロニック デイズ【16065文字】

 僕は恋をしている。

 人生で初めての、本物の恋だ。今までも、ちょっと気になる女の子はいたけれど、今回の気持ちとは比較にならない。高校3年生にして、僕は初めて、本物の恋をしている。

 相手は同じクラスの佐藤エミ。3年生になって初めて同じクラスになった。2年生のときまでは「他のクラスの金髪の派手な子」という印象しかなかった。でも、3年生になって同じクラスになってから、印象が大きく変わった。

 

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ショートストーリー「Rとの遭遇」

 カンカンカンカン

 私は急いでいた。山矢探偵事務所に就職してから、こんなに走って出勤したことはないかもしれない。

 探偵事務所の階段が長く感じる。
早く、早く山矢さんに伝えなきゃ。

 ドン!
「はぁ、はぁ、はぁ」
「なんだ、田橋。朝からずいぶんと慌ただしいな」

 山矢さんはいつも通り、窓辺のデスクでコーヒーを飲みながら、無表情で煙草を吸っている。

「山矢さん、これ、見ました?!」「これ

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掌編小説:満開の白木蓮【4324文字】

掌編小説:満開の白木蓮【4324文字】

 名前は歌子。私の一番の親友。毎日一緒に遊んでいる。とても仲良し。

 歌子は学校に行っていない。
 何歳かも知らない。
 歌子は私が住んでいる市営団地の、床下に住んでいる。

 歌子の住む床下には、玄関の外の、電気メーターが入っている鉄の扉から行く。

 鉄の扉は玄関の横にあって、鉄の扉を開けると、ひんやりと湿っていて冷たく暗い。土とカビのようなにおいだ。

 歌子のことはみんな知らないから、私

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小説:宵闇の月【17648文字】

小説:宵闇の月【17648文字】

「私、バリアが張れます」

 思い切って宣言した。自分からカミングアウトするのは初めてだ。

「バリア?」

 男は無表情のまま少し首をかしげた。

「はい。バリアです。この力は、きっとここで働く上で、力になると思います。だから、働かせて下さい」

 目の前の男、この探偵事務所の探偵、山矢は目つきの悪い男だった。黒いジャケットに黒いネクタイ。「お葬式のときみたいな恰好」第一印象でそう思った。あと、

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掌編小説:山矢探偵の休日【3502文字】

掌編小説:山矢探偵の休日【3502文字】

 部屋に入る微風に柊木犀の香りが混じる。私、田橋純は布団に包まって微睡んでいた。

 社会人2年目の秋。

 今日は休みだから、ゆっくり朝寝坊を堪能する。休みの日も同じ時間に起きて活動したほうが体に良いらしいけれど、どうしてものんびりしてしまう。

 しばらくダラダラしていたが、ようやく起き上がり、くたくたのパジャマのまま紅茶を淹れる。パジャマはもう首回りがヨレヨレに伸びてしまっていて、それが心地

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小説:BEAUTIFUL DREAMERS【15560文字】

小説:BEAUTIFUL DREAMERS【15560文字】

 金木犀の香りを乗せた微風がすっかり秋めいてきた十月。薄汚れたアルミ製のドアの前で私はまだ逡巡していた。
 もうここしかないのか。
 就職面接99件連続不採用。100件目が、このドアの向こう。
ドアにかけられた看板には

【山矢探偵事務所】

 一人暮らしのアパートから近い、というだけで選んだ就職先の100件目候補。まさか、本当に100件目まで就職が決まらないとは思っていなかった。
 ドアの前に立

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小説:マテリアライズ ブラック【15431文字】

小説:マテリアライズ ブラック【15431文字】

 それは、突然訪れた。

 高校の授業が終わってから直行して働いているコンビニバイトの帰り、21時を過ぎた頃。沙理は、妹の理奈のお弁当用のパンをバイト先でもらい、急いで店を後にした。21時までのシフトの日は、帰りが遅くなるからお腹がすくし、帰り道が暗いからちょっと怖い。

 速足で帰路を急ぐ。自宅まであと100mほどの直線道路。昼まで降っていた雨のせいで、濡れたアスファルトや車や電柱は、つややかに

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