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「獏」連載中

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黒いアスファルトにこびりつく、汚いガムさえ流し落とすような大雨の降るある夜に、俺にこんな言葉をくれた奴がいる。 「悪夢を食べると言われる獏って生物を知ってるだろ。俺たちの仕事は、…
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「獏」第一話

「獏」第一話

第一章駁論(1)

 黒いアスファルトにこびりつく、汚いガムさえ流し落とすような大雨の降るある夜に、俺にこんな言葉をくれた奴がいる。
「悪夢を食べると言われる獏って生物を知ってるだろ。俺たちの仕事は、獏みたいなもんだ」
 毎日、毎日人間どもの欲望の抜け殻を拾っては集め、そして金を貰い、俺たちは生きている。
「キツイ」「キタナイ」「クサイ」
 昔、3Kなんて言葉があったが、考えてみれば、地球上で幸せ

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「獏」第十話

「獏」第十話

第三章爆心
(1)

 天上の星がきれいな夜だ。空気は乾燥し、肌を刺す冷たい空気のせいで温かい缶コーヒーをよりいっそう美味しく感じさせた。
 ワイヤレスのイヤホンを耳につけ、パッカーのエンジンを掛ける頃、いつものメンバーから電話が掛かってくる。
『おはよう! D.J.今日は一段と冷えるな!』
 威勢の良い声が飛び込んでくる。イケモトだ。
「おはよう、イケモト、ジャスティスもいるのか?」
『いりゅよ

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「獏」第二話

「獏」第二話

駁論(2)

 俺らは電話を繋ぎっぱなしで作業することが多い。
 ワイヤレスのイヤホンを使い、通話状態のまま作業する。今ではスマホも便利になって、複数通話が可能だろう?
 あの機能はきっと俺たちみたいなさみしがり屋のためにある機能なんだと俺は思う。
「あぁっ、クソ! こんなところにコンビニ建ててやがる!」
 俺のイヤホンからよく声の通る男が呟いた。
 こいつは『ジャスティス』。正義感が強いって意味

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「獏」第三話

「獏」第三話

駁論(3)

 俺たちはこうして複数通話をしながら退屈をやり過ごしている。
 幸いにも五人の勤務時間はだいたい同じ深夜だからだ。
 だが以前の俺たちは、電話をするような仲じゃなかった。回収中に繋ぎっぱなしでイヤホン通話するなんてもっての他。こうして結束するに至ったのは理由がある。
 どこの組織にもいるだろうが、『吊るし上げられる者』の存在だ。共通の敵と言ってもいい。俺たちに関して言えば、それは会社

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「獏」第四話

「獏」第四話

駁論
(4)

 イヤホンからコンビニの入店音が聴こえる。薄切りのロールケーキをミルフィーユ状にした「ミルフィーユ苺ロール」が今大ブレイク中の〝ファミラ〟だ。
『おはよう! 久しぶりじゃないか? また夜勤のバイトに戻ったのかい?』
 この声はハンサム。また店員の女を口説くつもりだろう。
『なぁ? 今度飲みに行かない? 夜勤のバイトに復活したお祝いに俺に奢らせてよ!』
 入りたくもないトイレを借りた

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「獏」第五話

「獏」第五話

駁論
(5)

 パッカー車を車庫へと戻し、報告書を提出するために事務所へ向かって歩いていると、事務所の前で、二人の男がタバコを咥えながら話しているのが見えた。一人がこれ見よがしにキンッと盛大に音を立ててライターの火を灯そうとする。
 大して恰好良くもないのに、アンティークなのかただの中古なのかわからない、ミリタリーブランドのトンボ――ドラゴンフライのマークが付いた、古いオイルライターを大切そうに

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「獏」第六話

「獏」第六話

第二章莫迦
(1)

  翌日、といっても日付は変わらない深夜、俺はパッカー車に乗り込んでエンジンを掛ける。こんな真夜中から仕事を始めるなんて、ゴキブリかコウモリか強盗くらいのもんだ。
 強盗で思い出した。――俺たちの回収先はそのほとんどがコンビニだったりする訳だが、店舗によっては〝ゴミ庫〟と呼ばれるコンテナに御丁寧にも鍵をかけ、わざわざ店内で鍵を借りさせる店がある。
 パッカーを停める、鍵を借り

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「獏」第七話

「獏」第七話

莫迦
(2)

 車庫にとめてあるパッカーに乗り込み、出発しようとしていると、先に出ているメンバーから電話が掛かってくる。
『おはよう、D.J.もう出発したか?』
 この声はイケモトだ。
 回収班といえどもチームで仕事をするわけではないが、スタートする時刻はだいたい似通っている。順番としては、概ね、ジャスティス、イケモト、俺、アトラス、ハンサムといった具合だ。
 だから俺が車庫から出て、こうして繋

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「獏」第八話

「獏」第八話

莫迦
(3)

 アトラスのナビに従って、俺はすぐに問題の店までたどり着いたが、その頃にはすでに事態は収束しそうな状況だった。
「ジャスティス! 平気か?」
 俺がパッカーを停めて駆け寄ると、ジャスティスは驚いた顔をした。
「D.J.? 一体どうしたんだよ。ここはお前の担当じゃないだろ?」
「あぁ、イケモトから話を聞いて心配になって様子を見に来た」
 イヤホンからはしばらく黙っていたイケモトとアト

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「獏」第九話

「獏」第九話

莫迦
(4)

 すべての回収を終えた俺は、港にある処分場へと車を走らせた。
 パッカーのケツをスイッチで押し上げ、積んだゴミを押し出す。さらに車を降りてパッカーのケツへまわり、捨て残しがないか確認する。
 個体差はあるが、だいたいパッカーを満タンに積めば八立米。重さで言えば四トンくらいだが、パッカーは爪で捲き込みながら圧をかけて詰めるので、唸りこそすれ、ぎゅうぎゅうと詰めていけば相当の量が捲き込

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