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「獏」第三話

駁論(3)


 俺たちはこうして複数通話をしながら退屈をやり過ごしている。
 幸いにも五人の勤務時間はだいたい同じ深夜だからだ。
 だが以前の俺たちは、電話をするような仲じゃなかった。回収中に繋ぎっぱなしでイヤホン通話するなんてもっての他。こうして結束するに至ったのは理由がある。
 どこの組織にもいるだろうが、『吊るし上げられる者』の存在だ。共通の敵と言ってもいい。俺たちに関して言えば、それは会社の上司で、やたらと威圧的な態度を取る気に喰わない奴だ。まぁ、こいつの話は追い追いするとしよう。
 俺たちは出勤すると、幼稚園バスのお迎えでたむろする主婦のように誰かれともなく電話を繋ぎ、くだらない話をしたり奴への不満を言い合ったりする。それに会話しながらなら、眠たい深夜の仕事でも居眠りなんてことにならないからな。ガムを噛んでも、眠気はバブルのようには弾け飛んでいかない。常に酷使されている俺たちの疲労は、エネドリですっかり回復できるほど軽くない。
『なぁ、アトラス? その新店はコンビニかい?』
 ハンサムが、不安気な声でアトラスに訊ねた。
『どうかな? 見た感じ、そんな店構えじゃなかったけど。おい、イケモトは何か知ってるか?』
『あれは最近流行ってるラーメンのチェーン店じゃないかな?』
 イケモトが答えると、ハンサムは不満そうに、「うわ、最悪だ……」と愚痴を漏らした。
 最近人気の麺類専門店は、とにかくゴミが重い。ラーメン屋なら、仕込みで使う鶏やら豚やらの骨、うどん屋なんかは、その日捌き切れなかった茹でた後のうどん麺などが大量に捨てられる。
 入るからといって、ゴミ袋一杯そんなもの詰め込まれたとあっては、重過ぎて、パッカー車のゴミ投入口まで持ち上げられないなんてことはざらだ。
 ゴミ箱には汁を捨てるなって、お前らママに教えてもらわなかったか? タプタプと九〇リットルの袋がダブダブになるまで入れてみろ。お前それ、どうやって持ち上げられると思っているんだ。
『お前は女ばかり口説いてないで、少しは体を鍛えた方がいいんだよ』
 イヤホンの向こうでは、ジャスティスがさっきのお返しとばかりに笑いながらハンサムに語っていた。
『ジャスティス~、そんなこと言うなよぉ。毎日仕事終わるともう運転しながら寝ちまいそうなくらい疲れてんだ。ジャスティスみたいに家帰ってからまで筋トレする気力なんて、俺にはないよ。それよりイケモト、そのラーメン屋って濃厚煮干し系のとこ? トマトかなんかの変わったスープのやつか? 俺さあ、こないだベジタリアンだっていう女の子と出会ったから、煮干しならいいかと思ってラーメン食べに行こうって誘ったら断られたんだけど、肉使ってないラーメン屋あったら教えてくれよ』
「おいハンサム、お前馬鹿か? 肉使ってるかどうか以前に、ベジタリアンなら魚もダメなんじゃないのか?」
 俺が突っ込むと、ハンサムは「んんー?」と悩ましい声を出した。
『よくわからないけど、魚ならいいってその子は言うんだよぉ?』
 ハンサムが甘えた声を出す。イケモトが笑っているが、魚ならいいベジタリアン? 俺とハンサムは訳がわからず、あーだこーだと話していると、イケモトが助け船を出した。
『それはな、ぺスコ・ベジタリアンって言うんだ。もしくはマクロビオティックだな』
『なんだよ、その、ぺスタリなんとかって言うのは?』
 ハンサムがふて腐れたような声を出すが、イケモトの解説を待っているのがわかる。
『ペスコだよ、魚って意味だ。確かイタリア語だったと思うが』
『そんなの知らないよぉ。なぁ、それっておいしい? 食べると強くなるやつ?』
 なんだかよくわからないが、制限付きベジタリアンってことか?
 それにしてもクリームサンドのクッキーを持ってくるあたり、ハンサムらしい。
 それよりベジタリアンってのは、お菓子は食べるのか?
「クリームはダメな子もいるだろうな。ハンサム、お前も大変だな。ハンサムはハンサムで、苦労してんじゃないのか? アトラス、お前もなんか言ってやれよ」
 俺が笑ってアトラスに話を振ると、アトラスは、『ベジタリアンはめんどくさいから俺はパスだ!』と言ってから、『ハンサム、そっか、モテ男も大変なんだな』と茶化した。
 素直なハンサムは、嬉しそうに声のトーンを上げる。
『そうなんだよぉ。最近そんな子が多いから、店探すの大変でさぁ! なんかよさげな店があったら教えてくれな。お礼はするからさ!』
 ハンサムは憎めない奴だ。アトラスも同じ気持ちなのか、フッと息を漏らすと、今度は優し気な声でアドバイスを始めた。
『ハンサム、腹だけは出ないようにしとけ。脱いだときに幻滅されるぞ。ドラゴンフラッグのやり方ならいつでも教えてやるからな』
『なんだよー、アトラス、お前までまた俺たちの知らないカタカナ蘊蓄かよぉー』
『カタカナ蘊蓄ってなんだよ。腹筋だよ。お前マジで腹筋だけは鍛えとけ。他はなんとかごまかせるからな』
 こんなくだらない会話で盛り上がりながら仕事を熟している俺たちだが、実際、俺はこの仕事が性に合っていると思っている。好きなときに一服出来るし、マイペースに仕事が出来る。孤独な職種だけど、こうして仲間と電話を繋いでれば、それもそこまでは感じないんだから。

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