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「獏」第四話

駁論ばくろん
(4)


 イヤホンからコンビニの入店音が聴こえる。薄切りのロールケーキをミルフィーユ状にした「ミルフィーユ苺ロール」が今大ブレイク中の〝ファミラ〟だ。
『おはよう! 久しぶりじゃないか? また夜勤のバイトに戻ったのかい?』
 この声はハンサム。また店員の女を口説くつもりだろう。
『なぁ? 今度飲みに行かない? 夜勤のバイトに復活したお祝いに俺に奢らせてよ!』
 入りたくもないトイレを借りたり、ゴミ庫の鍵を借りたり、落し物がありましたよと、なにかしら口実をつけ話しかける。すべてハンサムの常套手段だ。好みの子がレジにいるとなれば、他に客がいようが相手が嫌がっていようが、一切関係がない。
 まぁ、そんな節操のない勇気ある行動のおかげで、俺らも幾らか美味しい思いはさせてもらってるから、誰もハンサムの行動を阻止しようなんて奴はいない。
『ハンサム! 5人だぞ! 5対5だ!』
 全員仕事そっちのけで会話に集中し、ハンサムに指示を送る。
『その子が今履いてる下着の色を聞いてくれ!』
『おい! 賭けようぜ! 俺は黒のサテンだ!』
『じゃあ俺、ピンクのレース!』
『違うな。今どき、ふんどしが流行ってるって実は知ってるか?』
『あ~ん♪ アタシはTバックがいいわぁ』
『よし! ハンサム! 新しい下着三枚と今履いてるやつ交換交渉しろ!』
 必死に口説いている渦中のハンサムを笑わせようと、こんな冗談じみた指示も飛ぶ。俺たちって案外お茶目だと思わないか?
 
  回収を終わらせると、車庫のある会社へと戻る前に、処分場までゴミを捨てに行く必要がある。焼却処分場は、港に近く、民家もないような場所に、どっかりと建っている。
 今では慣れちまったが、初めてここへやって来たときは、それは酷いもんだった。一週間はガムさえ嚙めないほど食欲が失せた。鼻の奥の粘膜にこびりつく、様々なゴミが混ざり合ったあのなんとも言えないあの臭い。
 つまり何が言いたいかって言うと、慣れってのは恐ろしいってことさ。
 
 焼却処分場での手順は簡単なもんだ。
 まずゲートを通ると車ごと乗っかるでかい計量器がある。
 当然ゴミを捨てるのだって、タダ無料じゃない。キロいくらって具合で料金が発生する。だから毎日処分場で俺らは積んだゴミの重量を計り、その分の金額が会社へ請求される。
 計量を済まし、投入ステージへと進む。ここら辺から臭いがさらに強烈になっていく。ステージの中に入ると、でかい扉が何枚も横一直線に並んでいる。そのうちの一枚――自分が捨てていい扉が開くのさ。
 扉が開いたら、パッカー車の尻をそこへ捩込む。後はケツの部分をスイッチで上げ、ゴミを押し出して積んできたゴミをすべて捨てる。
 そこはまさに成れの果て。市内から集められたゴミが一カ所に捨てられているわけだからな。ゲームセンターにあるクレーンゲームの世界さ。小さな人形の代わりに、どぎつく混ざりあった巨大なゴミの塊を掴む巨大なクレーンの糞デカイ機械の手。
 生き物が混ざりあっていようが、人間が紛れ込んでいようが、気づきやしないほどに寄せ集められたゴミを掴んで焼却炉の中へと放り込んでいく。
 臭いさえ気にならなければ、一日中やってたって飽きない仕事かもな? 人材に困ったら、ゲーセンにスカウトに行けばいいと思うよ。まぁ、ほんと俺には無理だけどね。

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