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「獏」第六話

第二章

莫迦ばか
(1)


  翌日、といっても日付は変わらない深夜、俺はパッカー車に乗り込んでエンジンを掛ける。こんな真夜中から仕事を始めるなんて、ゴキブリかコウモリか強盗くらいのもんだ。
 強盗で思い出した。――俺たちの回収先はそのほとんどがコンビニだったりする訳だが、店舗によっては〝ゴミ庫〟と呼ばれるコンテナに御丁寧にも鍵をかけ、わざわざ店内で鍵を借りさせる店がある。
 パッカーを停める、鍵を借りに店内に入る、ゴミ庫を開けパッカーへ運ぶ、鍵を帰しに店に入る。深夜帯とはいえ、客は意外にいるものだ。店員がレジ対応中だったら、当然終わるまで待たなきゃならない。鍵は手渡しが義務付けられているからな。さらにいうと、がらがらのお客様用駐車場だが、店に横づけすることを拒否するオーナーもいたりすると、ゴミ庫の往復もバカにならない。なだれが起きるほど、コンテナはごみでパンパンだからな。
 だが、そのゴミ庫さえないコンビニもある。駐車場スペースも確保できない敷地面積、市街にあるものがほとんど。錦三丁目や栄のあたりだ。その場合も、店のバックヤードまでゴミを取りに入って行かなくちゃならない。
 前置きが長くなった。強盗の話だよ。――まぁそんな訳で、回収業務中に俺たちはコンビニの店内に入ることがざらにある。だが、仕事をしてるのは、なにも俺たちや店員だけじゃない。強盗だってだいたいがそんな深夜の時間帯に仕事をしているよな。
 だから運悪くブッキングなんてことにもなりかねない。
 これは先輩に聞いた話だ。ゴミ庫の鍵を借りに入店した先輩は、呼んでもなかなか店員が出てこないのに痺れを切らして、カウンターの中へと入った。するとレジ下で血まみれになった店員が倒れていて、ドッキリかと思ったって言ってたよ。
 実際そんな場面に出くわしたら、冗談言ってる余裕なんてないだろうけど。結局、救急と警察を呼んだ先輩は、しばらく現場検証と調書取りに付き合わされ、相当時間をロスしたそうだ。
「D.J.よく聞けよ。もしそんな場面に遭遇したら、すぐに車に引き返して、その店の回収は後回しにした方がいいぞ。こっちは他にも回収先が控えてんだから、無駄に時間を割いちゃいられない」
 薄情に思えるが、これが立派な経験者の言葉だ。
 俺たちは店のボディーガードでもなけりゃ、警察でもないただのゴミ回収屋だ。面倒に巻き込まれれば、それだけ仕事の時間が長引く。長引いたって残業手当も出なければ、次の日、代わりに出勤を遅らせる許可が出る訳もない。自分の睡眠時間が削られるだけだ。
 そんな面倒をいち早く見抜き、回避するのだって俺たちのテクニックの一つ。自分の身は自分で守らなきゃならない。会社にとっちゃ、俺たちの代わりの駒はあっても、俺たち自身の人生、代わりの駒なんてものは存在しないんだから。

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