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「獏」第七話

莫迦
(2)

 車庫にとめてあるパッカーに乗り込み、出発しようとしていると、先に出ているメンバーから電話が掛かってくる。
『おはよう、D.J.もう出発したか?』
 この声はイケモトだ。
 回収班といえどもチームで仕事をするわけではないが、スタートする時刻はだいたい似通っている。順番としては、概ね、ジャスティス、イケモト、俺、アトラス、ハンサムといった具合だ。
 だから俺が車庫から出て、こうして繋ぐ頃には、すでにジャスティスとイケモトが通話している。
「おはよう、イケモト、ジャスティス、順調か?」
『実は、ジャスティスはいないんだよ、D.J.』
「いない? なんで、あいつ寝坊か」
 メンバーの寝坊による遅刻は普段からよくあることで、みな大して気にしていない。どのみちすべてが深夜の時間帯。回収時刻が大幅にずれない限り、顧客からの苦情はそうそうない。コンビニ以外はほどんど無人だからな。
 出勤時間なんてあってないようなものだ。寝坊して出発が遅れれば、その分帰りが遅くなるだけ。つまり自己責任ってやつだ。
『違うんだ、ジャスティス担当のコンビニで、近隣住人からの苦情がやたらと多い店があっただろ? 今、そこで揉めてるんだよ』
「揉めてる? また、あそこか、今月二度目じゃないか」
 深夜回収のメリットは道が空いていたり、多少の時間のずれも影響が少ないなど多くあるが、欠点も存在する。強盗の話もそうだが、最も現実的で、身近なこと。――それは苦情だ。
 真っ当な人間ならとっくに寝静まってる丑三つ時に俺たちのパッカーが住宅街のコンビニへ突入していく。わかるだろ?
 近年のコンビニ出店は節操がない。どんな住宅密集地だろうが、駐車場を確保するスペースがなかろうが、とにかくほんの少しの隙間さえあれば店をおっ建てちまう。まるでレイプだ。
 よくこんなとこに作ったね? という立地は本当に多い。苦情だって出るってもんだ。深夜に、両隣民家に囲まれたコンビニへ俺たちのトラックが突っ込んでいくんだから。
 それもバリバリと轟音を立てる作業車だ。エンジンの静かなハイブリットカーじゃない。
 もちろん、苦情が来ないように工夫はしてるつもりだ。例えばなるべく車を離れた場所に停めたり、ゴミ庫を往復している作業中は都度エンジンを切ったりもする。しかしまぁ、どれだけこちらが気をつけようがなかろうが、一度気になり始めたら執拗に頭にこびりついて離れないのが人間ってもんだ。決まった時間に毎日必ず訪れる決して殺せない蚊のようなもの。そいつは神経過敏になり、最悪ノイローゼになる。
 まったくご愁傷様だよ。でもな、そんな神経過敏になっちまったあなたの苦情に従って、はい、そうですか、って回収止める訳にもいかないのですよ、わかりますか? 大人の事情。苦情言うなら、俺らにじゃなく、ゴミ出してる回収先に言ってくれ。
 そんな訳で、気にしてはいるが、いちいち取り合ってなどいられない。実際俺らに言われたって、文字通り何もできないんだから。
 しかも苦情として店やうちの本部に連絡するならまだしも、待ち伏せして、わざわざドライバーに直接文句を言いにくる奴もいる。考えてもみれば、一方的な睡眠妨害だから、向こうが頭に来るのもわかるよ。にしてもこちらの事情も汲んでほしいって思っちゃいけないだろうか。
『ジャスティスの奴、気が短いからなあ、相手に手ぇ出してなきゃいいけど……』
 堪えるしかないとわかってはいるが、本来俺たちに非はない。お門違いってやつだ。だから大人しく聞いていると頭に来る。どうしてああ、人間っていうのは、黙った人間に対しては一方的に強気になれるものなのだろうか。
 ジャスティスはこのゴミ屋に来る前は、配管設備の仕事をしていたらしい。しかも自分で屋号を構えて。配管と言っても地下を走るものじゃなく、消防設備の方だ。つまりはスプリンクラーとか、あとはよくわからないがそういうもの。若い頃から一人親方として職人をやって来たせいなのか、頑固を通り越して自己中、一直線の性格をうちの職場でもひきずっている。
「確かに、あいつ一人じゃ心配だな。アトラスがそろそろ出勤だろ? イケモト、電話を繋いでくれよ」
『ああ、待ってろ』
 イケモトがアトラスへと電話を繋ぐ。
『おはよう、首尾はどうだ?』まだ眠そうなアトラスの声がイヤホンから聞こえてくる。
「アトラス、D.J.だ。ジャスティスのコースでやたらと苦情の多いコンビニがあったろ? 車庫からそこまでナビ出来るか?」
『一体どうしたんだ? トラブルか?』
「近隣住民と揉めてるぽいんだ」
 俺が言うのを聞いて、イケモトがヒュウと口笛を鳴らした。何をしようとしているのか察してだろうな。
『またかよ、あそこ二度目じゃなかったか? ああ、メモできるか?』アトラスが言う。
「メモはいいよ、道順を教えてくれ」

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