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「獏」第十話

第三章

爆心
(1)

 天上の星がきれいな夜だ。空気は乾燥し、肌を刺す冷たい空気のせいで温かい缶コーヒーをよりいっそう美味しく感じさせた。
 ワイヤレスのイヤホンを耳につけ、パッカーのエンジンを掛ける頃、いつものメンバーから電話が掛かってくる。
『おはよう! D.J.今日は一段と冷えるな!』
 威勢の良い声が飛び込んでくる。イケモトだ。
「おはよう、イケモト、ジャスティスもいるのか?」
『いりゅよ! ああああ……寒い! オッスD.J.こんなに寒いと車から出たくなくなるぜ、ぐああ、寒すぎて歯がかみあわねえ、エアコン壊れてんじゃねえか? これ』
 声を震わせながらジャスティスが言う。手をこすり合わせる音も聞こえてくる。
「こんなに寒いと、暖房の効いた車内から外に出るなんて自殺行為だな」
 車庫に止めてあるパッカーに乗り込んで出発する瞬間は、車内もぐっと冷えているが、暖房エアコンのおかげで市街へ着く頃までにはすっかり暖まっている。一発目の回収で車をおりる時が地獄だ。
 乗り降りが地味に堪える。当然扉の開閉も多いから、せっかく温まった車内も冷気で冷えやすい。だから全員暖房の設定は最強だ。
『あー、寒くて唇がカサカサだよっ。後でリップクリーム買おう』
 イケモトがぼやくと、ジャスティスが大笑いでつっこんだ。
『リップクリームだぁ? まさかハングマンに気に入られようとしてるんじゃないだろうな?』
『なっ⁉ マジかよ、冗談でもやめてくれよぅ。この間レジの子に薦められたピンクのリップがあったんだよ、さすがにそれはって断って、95円のにしたけどすぐ失くしちゃってさぁ』
『墓穴掘ってるぞ、あ、掘ってるのは別の穴か?』
 ジャスティスの茶々に腹を抱えて笑っていると寒さも緩和してくるから不思議だ。くだらない会話に興じていると、すぐにハンサムとアトラスも入ってくる。
『みんなおはよう、なあ聞いてくれよぉ、例のラーメン屋の回収、やっぱり俺の担当になっちゃったよぅ』
 まだ眠そうな声でハンサムがぼやく。
『おはよう、皆。空気が乾燥してるせいか、やたらと消防車の音を聞くよ』アトラスだ。
『ああ、俺も今、国道走ってるんだけど、消防車とすれ違ったよ。うー、ラーメン屋、開店早々燃えて回収なくなってくんねえかなあ……』
 昼夜問わず、この時期火災はいくらでも発生する。回収中にサイレンを聞くと妙に気分は高揚し、野次馬根性がしゃしゃり出てきて消防車の後について行きたい衝動に駆られる。
 もちろん、そんなことをすれば大幅に時間のロスだ。回収が遅れるだけから、わざわざそんなことはしないが、いつだって男は少年の気持ちを忘れちゃいけないよな?
 実はパッカーの火災事故ってのも稀にある。
 一般家庭で出されるゴミは作業員が目視で確認し、決まりどおりに分別されていなかったり回収出来ない物品が含まれているゴミはそのまま置いてくる決まりになっている。
 が、家庭ゴミは存外マナーがいい。回収されずに置き去りにされる憂き目をみるゴミ袋はそうそうない。意外か? 俺たちも意外だったよ、事業系ごみがここまでカオスだなんてな。
 大きな集合住宅のゴミ集積コンテナや、戸建て住宅では、近隣――町内会や隣近所――目が気になるのかもしれないが、指定ゴミ袋が透明になってくれたおかげでマナーを守るやつが増えた。
 あとはカラスや猫にかじられる恐れがあるからか、生ゴミも丁寧に二重三重と包んだり、汁が出ないように新聞紙を敷いたりと気を配る家庭もある。一度ヘルプで昼間の一般可燃に回ったことがあるが、ゴミ袋がきれいで恐れ入ったよ。かわいらしくさえあった。
 反して事業系ゴミは専属の清掃員など存在しないことがほとんど。ファーストフード店やラーメン屋、どこも分別なんてろくにされていない。特にコンビニのゴミ箱の中は、ほぼ無法地帯になっている。
 店舗入口の横に設置されたコンパクトなブラックボックス。利用者にとっては、気軽になんでもかんでも突っ込める好都合な存在だ。車中で出たゴミ、食いもんのカス、たばこの吸い殻、コーヒーの空き缶、折れた傘、はては使用済みのおむつまで。休憩がてらというより、ゴミを捨てるためだめに立ち寄ったんじゃないか疑うほど、両手にごみをひっさげて車から降りてくるやつもいる。さらには明らかに自宅から持ち込んだゴミまで紛れ込ませてもまず呼び止められることはない便利アイテムと化している。
 当然、店員がわざわざ確認や分別なんてするはずもなく、ゴミが溢れれば、そのまま袋の口を縛って新たな袋をつっこむだけ。中に一体どんなものが潜んでいるかもわからないパンドラのゴミ袋を、俺たちは深夜、暗闇の中で回収する訳だ。
 一番厄介なのはライターだ。中身が空ならまだしも、たっぷりとオイルが残ったものまで捨てられている。タバコの抱き合わせで、おまけとしてライターが付いているものまであるからよくわかるが。喫煙者にしてみれば、ライターなんざ一本あれば充分。タバコを買う度にライターが付いてくれば、そりゃゴミにしかならないだろうな。店を出てそこにあるゴミ箱にIN。これで簡易的なゴミ袋爆弾の出来上がりだ。
 パッカーがゴミを捲くときに、運悪く回転板がヒットすれば、ライターが弾けて発火する。俺たちだって暇じゃない。ゴミ袋の中に札束やら、お姉ちゃんの脱ぎたての下着でも入っていない限りわざわざ袋の中身なんて確認しちゃいられないんだからな。

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