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「ホテルエデン」連載中

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愛猫の「楓」を亡くし、泣き暮らす千里は暗闇のなか目覚めた。そこには黒髪の少女アケルと仮面の総支配人ケルビムがいた。そこはホテルエデンの東館。なぜそこにいるかもわからぬまま、ケルビ…
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#ペットロス

「ホテルエデン」第一話

「ホテルエデン」第一話

プロローグ
 白い光に目が眩む。この光は外からやってくるものなのか、内からやってくるものなのか……。破裂するほどの痛みに発する声は他人のものようにぼんやりと響く。
「まだですよ! まだいきまないで!」
 助産婦の手に汗が光り、私の顔を布のようなもので拭いている。
 そうだここは処置室……。白い処置室……。
 何度も訪れる無意識の狭間に、意識を失いかけるほどの激痛が私を呼び覚ます。
 今、ひとつの新

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「ホテルエデン」第三話

「ホテルエデン」第三話

美しい変化
(2)

「うーん、それにしてもこの部屋……どこかで見たことある気がするなぁ」
「ふぅん、どこで見たの?」
 アケルは奥の出窓にヒョイと飛び乗ると、こちらに向き直った。
「そうだ! 私が初めて猫を飼ったときに住んでいた部屋の間取りに似てるのよ。だけど、ここは何の施設なんだろう。随分とこざっぱりした部屋だよね……」
 室内には生活感がまるでない。アケルは出窓に腰掛けたまま、投げ出した足を

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「ホテルエデン」第五話

「ホテルエデン」第五話

美しい変化
(4)

「できたぁ!」
 アケルが仁王立ちで得意気にお面を両手で掲げる。
 出来上がったそのお面は、サイケデリックを通り越して、芸術家がなにかを爆発させた感じの出来映えだった。
「ん!」
 仕上がったばかりのお花畑全開のお面を差し出すと、仮面の男はそれを嬉しそうに受け取った。
「素晴らしい! さすがアケル様! わたくしのような者のために貴女の芸術の技を使って頂き、感謝の言葉もございま

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「ホテルエデン」第六話

「ホテルエデン」第六話

美しい変化
(5)

 支配人が足を止め、木の枝に蔦が絡まるフェンスのような形状のものに手をかけた。
「それはなに?」

 ――ガチャリ……。

 大きな金属音が響いた。
「エレベーターでございます」
 仮面の男は得意気に答えると、フェンスをガラガラと引いた。
「さぁさ、足元にお気をつけて」
 アケルがさっそく中へ入って中央を陣取る。私も後に続いた。エレベーターの中は、ピーチュピーチュと鳥の囀りで

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「ホテルエデン」第七話

「ホテルエデン」第七話

美しい変化
(6)

 時間はあっという間に過ぎていった。私たちが目を奪われていると、両の手に料理を盛った皿をいくつも乗せて仮面の男が戻ってくる。
「さぁさ、お食事に致しましょう」
 仮面の男はいくつもの皿をひとつずつ器用にテーブルに降ろすと、料理の名前を読み上げながら、大きな花びらを散らすように皿を美しく並べていった。
「前菜は、新鮮なマグロのタルタル、空豆のピュレ添え。空豆は野生の緑の味わい深

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「ホテルエデン」第八話

「ホテルエデン」第八話

美しい変化
(7)

 大広間の奥、大きな木の植えられた左手に厨房への開かれた入口がある。中へ入っていくと厨房の中もなかなかの広さだった。
「竹輪かー。冷蔵庫かな? どこかしら?」
 厨房というからには、きっと業務用の大きな冷蔵庫があるはず。だが見当たらない。おかしいな、と思いながらさらに奥まで進みかけると、後ろから「おねえちゃん!」とアケルが呼んだ。
「どうしたの?」
「あった!」
 アケルが指

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「ホテルエデン」第九話

「ホテルエデン」第九話

美しい変化
(8)

 でき上がった料理を三人で食堂まで運ぶ。
「チクワ!」
 アケルが切り株の椅子の上で飛び跳ねる。待ちきれないのだろう。
「それじゃあ食べようか?」
「食べる!」
 サラダに煮物、焼き物に炒め物。まさに竹輪祭り。こんなに素敵で幻想的な大広間の中央テーブルでアケルと竹輪料理を食べ始めていることがとてもおかしくて、内心くすりと笑ってしまう。
「ではわたくし、せめてものお詫びとして音

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「ホテルエデン」第十話

「ホテルエデン」第十話

美しい変化
(9)

 じっと見つめていると、その光はちりちりと無数の細かい粒子となって舞うように感じる。両手を上に広げ、光をつかもうとするアケル。その目が忙しくキラキラと宙を舞う。私も膝を着いたままアケル同様両手を開き、光を捕まえる仕草をする。
 ケルビムの淹れてくれたガラスポットのマローブルーの青いお茶が、うっすらとピンクに染まっていくのを眺めていて、私はふと思いついた。
「そうだ!」
 私が

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「ホテルエデン」第十一話

「ホテルエデン」第十一話

美しい変化
(10)

「ところで、まだ北館への入口は見つかってないのよね?」
「そうですね」ケルビムがしずかに答える。食堂の奥。中央に植えられている大きな木のさらに後方を指した。
 そこに、先ほどまでなかった扉が姿を現していた。
「たった今入口は開かれたようです。千里様のご尽力のお陰です」
 この食堂に入ったときには確かにそこには何もなかったはずだが、ふしぎとあまり驚かなかった。
 古めかしい、

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