【短編】『私の内に潜むもの』(後編)
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私の内に潜むもの(後編)
※この作品内には、一部性的な表現や暴力的な描写が含まれます。
「久しぶり。元気?」
「だいぶ久しぶりだね。相変わらず元気だよ。そっちは?」
「うん、ぼちぼち」
「そっか。ならよかった」
久々の連絡で何を話そうかと言葉に詰まってしまった。
「どうしたの、急に電話なんて」
「あ、ごめんね。忙しかった?またかけ直すよ」
そう言うと、すぐに幼なじみは返答した。
「平気よ全然。ただなんとなく元気なさそうだなって思って」
「そう?」
「うん」
「実はちょっと嫌なことあがってね」
としばらく無言でいると、彼女は私を気遣って話題を切り替えた。
「そっかそっか。まだ地元に住んでるんだっけ?」
「うん」
「私も久々に戻りたいな」
「今どこ住んでるの?」
「佐賀県に暮らしてるんだ。夫と子供も一緒」
「そっか」
私は彼女の幸せそうな声を聞いてふとあることを聞いてみたくなった。
「ねえ、ちょっと変な質問してもいい?」
「いいよ?」
「子供産んでよかったなって思う?」
「そうねえ。難しい質問だね。正直異常に忙しかったり気持ちも不安定になったりして産まなきゃよかったって思う時もいっぱいあるし、子供が可愛くて愛しくて産んでよかったなって思える時もあるかな」
私は彼女のその意外な言葉に驚かされたが、一方でどこか救われたような気もした。
「そっか。よかった」
「何が?」
「ううん、なんでもないの。それより私も佐賀県行きたいな」
「来なよ」
「ほんと?」
「うん。泊まらせてあげる」
「ありがとう」
「色々と落ち着いたらまた連絡するね」
「うん。約束ね」
「うん」
と言って電話を切った。
私は東京駅からもう一人の男が住む栃木県へと夜行バスで向かった。彼は私と同じぐらいの年齢で、つい最近まで私に好意を抱いていたが地元に帰ったということだった。彼からの返信は一切なかったが居場所は知っていた。鬼怒川温泉まであっという間だった。バスを出た途端、澄んだ空気が一気に押し寄せ山々は色鮮やかに紅色や橙黄色に染まっていて綺麗だった。
彼が働いていると思われるオープンしたばかりの洒落たレストランを探すのはそこまで手間はかからなかった。店内に入ると、彼は無表情で私を出迎えた。
「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」
小さく「はい」と答えると私を奥の席に案内し、メニューを差し出した。彼は無表情のまま厨房の方へと去っていった。料理を選んでからいざベルを鳴らすと、別の男性がやってきた。どうやら別のスタッフに代わってもらったようだった。私は閉店までその店の中で時間を潰した。長居をしても特に注意はされなかった。閉店時間になって私は店を出て裏口へと回った。暗くなって待ち伏せをすることを見越してダウンコートを着てきていた。それでも鬼怒川の夜は寒かった。
彼は裏口から私服姿で出てきたかと思うと、私のことを無視して歩き去った。すぐに追いかけ、彼を呼び止めると「なに?」と言って足を止めた。彼が振り返ると同時に私服からディオールの香水の香りが飛び、一瞬彼との過去の記憶が蘇った。一緒にロックミュージックのフェスに行ったり、古いミニシアターに通ったりなど、お互いに趣味が似ていたり、どこか顔立ちも似ていたり、彼とは共通点が多かった。彼の素っ気ない態度は私のせいだった。私が彼の好意を踏みにじってしまったのだ。そのため、とてもではないが彼に色目を使うことなどできなかった。正直に訳を話すしか父親であるかどうかを確かめる方法はなかった。
「大事な話があるの。少しだけ話できない?」
彼は肩を落として地面を見つめており、まるで断ろうとしている兆候を感じた。
「わかった。その大事な話だけ聞いたら帰る」
私は彼の優しさに少し安堵した。夜遅くまで営業している居酒屋まで連れて行ってもらう間、無言でただ彼の後ろを歩いた。店に入りお互い生ビールを頼むと、力が抜けたように彼はため息をついた。
「大事な話って?」
「うん」
私は何から話せばいいかわからなかった。
「あのね、あまり思い出したくないことなのかもしれないけど、聞きたいことがあって」
彼はどこか気まずい様子だった。
「私たち何回かしたじゃない?それで、最後にした時につけてたかなって?」
彼はなんのことかさっぱりという顔をしていた。
「あ、エッチの話」
と言うと、少しばかりの彼の表情がほぐれた。
「大事な話ってそれ?」
「うん」
彼は的外れな質問をされたように目を見開いた。しばらく天井を眺めて記憶を遡っている様子だった。すると表情を曇らせて呟いた。
「ごめん。たぶんあの時酔っててし忘れた。でもなんで今更そんなこと?」
と聞き返すと同時に彼の顔は徐々に真っ青に変色していった。
「まさか・・・」
と言って彼は私の少し膨れ始めていたお腹に視線を向けた。
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