マガジンのカバー画像

短編小説

42
書いた短編小説をまとめています。
運営しているクリエイター

#短編小説

深夜

深夜

 街は眠らない。スクランブル交差点には無限の魂が行き交う。

 深夜。わたしは眠らない。夢を見ない。神さまのことを考える。

 わたしの神さま。わたしのすべて。わたしの宇宙。

 昨夜、寝転んでいたら宙に飛ぶ蝶々の幻影を見ました。それは確かなこと。そして不確か。誰にも説明なんてできない。

 深夜。わたしはタブレットを飲み込む。このままゆるやかな幸せをと願う。

 まどろみ。透明で深い慟哭。瞳孔は

もっとみる
妖精

妖精

 どうにもならない気持ちがある。当たり障りのないところで終わらせることができたならどれほどに楽だろうと考えるけれど、そううまくことは進まない。どうにもならない。

 誰かを呪いたい。誰を? 誰かを。誰でもない誰かを。顔のないあなたを。わたしはいつも呪っている。執念深く、粘着質に。

 わたしとあなたの記念写真で、わたしは木陰に隠れている。表情もぶれている。笑っているんだか、泣いているんだかわからな

もっとみる
おっちょこちょいラッカルClumsy Ruckal (and his dream)

おっちょこちょいラッカルClumsy Ruckal (and his dream)

「ラッカルの野望はたいしたものでした。

 彼は宇宙船開発に新基軸を打ち出そうと思っていましたし、音楽や絵画にも四次元的な感性を盛り込むチャンスをうかがっていました。

 しかしラッカルは猿でしたので、まずは人間になる必要がありましたが、彼はおっちょこちょいでしたから、そういったことは忘れてしまったんでしょうね。

 嫁の反対を押し切って飛び出して、たどり着いた都会では捕獲されて、今ではあんなに痩

もっとみる
幸福

幸福

「私は思うんだけどね」というのが杏の口癖だった。僕はそれを聞くたびに、よくもまあそんなにも思うことがあるものだ、と感心した。大抵の場合は感心するだけだったけれど、たまには口にも出した。

「よくもまあそんなにも思うことがあるものだね」

 すると杏は表情をむっとさせる。「すごく嫌な言い方だよね、それ」

 僕はえっ、と驚いて否定する。

「そんなことない、感心してるんだよ」
「感心してる人は、よく

もっとみる
ペンパルは地下へ行く

ペンパルは地下へ行く

 ペンパルは地下へ行こうと思った。そういえば生まれてこのかた9年も過ごしたこの家には地下室があるのだということにペンパルは今の今まで思い当たらなかった。なんせ、そんなこと、母親も父親も先生も友達も誰も教えてくれなかった。

 教えなかったのにはわけがあった。誰も地下室なんて知らなかった。いや、知っていた。知っていたけれどわからなかった。見えなかった。見えたところで、どうせそれは、埃にまみれて、コウ

もっとみる
ファミレス経営について

ファミレス経営について

 ファミレスを経営しようと思った。映画を観たのだ。ファミレスの店長の男がなにやら雰囲気の良い世界を漂っていた。これだ、と思った。

「ねえ」と僕が話しかけると、早希は少し間を空けて返事をした。
「ん」
「ファミレスを経営しようと思うんだ」
「ん」

 早希はリビングのソファに寝そべって、低反発のクッションに身を委ねながら、手元のスマートフォンをしきりに眺めていた。ん、の先の返答はない。

「聞いて

もっとみる
Space Boy

Space Boy

 宇宙を旅するスペース・ボーイ。昨日も宇宙。今日も宇宙。明日も宇宙。宇宙、宇宙。

 宇宙を旅するスペース・ボーイ。いつでも宇宙。いつだって宇宙。どこでも宇宙。

 楽しいのかな。嬉しいのかな。悲しいのかな。切ないのかな。

 宇宙を旅するスペース・ボーイ。宇宙の果てまでどこまでも。惑星飛び越え、銀河を超えて。

 宇宙を旅するスペース・ボーイ。愛ならきっと、ここにあるよ。いつの日も胸に、スペース

もっとみる
ところどころジョージ

ところどころジョージ

 彼はところどころジョージでありましたので、たまにスティーヴンと間違えられましたが、その度わりに丁寧な対応をしていましたので、その功績が認められて、彼は晴れて国会議事堂に入ることが出来たのです。

 国会議事堂の中で彼はなかなかどうして愉快な時間を過ごしました。

 ですが結局、彼はどうしてもところどころジョージでしたので、自分は一般的な読書家になろうと思って、いくつかの本を買ってきました。

 

もっとみる
Seven days

Seven days

 あなたのことが好きだよと言ってみる。そう言ってみてからいろいろなことを考えてみる。わたしの宇宙はあなたを中心に廻っている。そんなことに思い当たる。

 朝、わたしは起きて、まっさきにあなたのことを考える。夜、ベッドへ向かいながらあなたのことを考える。昼、仕事をしながらあなたのことを考える。四六時中、あなたのことを考えている。

 わたしの一週間はあなたで彩られる。会える日、会えない日、そのどちら

もっとみる
宇宙論

宇宙論

 わたしたちは支え合って生きているだなんていったい誰の文句だ? わたしは一人で生きている。いつだって一人だ。生まれた時から。もしかしたら生まれるずっと前から。

 わたしたちは支え合って生きているだなんて本当にいったい誰の文句なんだ? 信じられない。誰もわたしのことなんて支えてくれていない。わたしは一人で立っている。

 昔、学園もののドラマで、『人』という字についての講釈があった。『人』という漢

もっとみる
夢たまご

夢たまご

 彼女が呟いた。「夢たまご?」

「夢たまご?」僕は聞き返す。すると彼女はまた「夢たまご?」

 頼りない街灯が点在する田舎道は霧みたいな夜の闇の深さに沈んでいた。曇り空が隠した月や星の光は、地上に届くまでにその輝きの半分以上を失ってしまって、残りが粗雑なアスファルトの舗装に染みみたいに溶けていく。世界は見事なツートーンに支配されて、そんな夜には僕らの会話もすぐに闇の奥へと吸い込まれてしまう。だか

もっとみる
無人駅_初稿

無人駅_初稿

 僕の部屋の窓からは無人駅が見える。窮屈な田舎の真ん中にのたりと立つ無人の高架駅が見える。

 無人駅は無人なだけあって普段は常にひっそりとしている。暗いコンクリートの塊のままに憮然と息を潜めている。だから普段は誰も無人駅の存在に気づかない。地元の人間ですら、無人駅のことを聞くと、ちょっと眉をひそめて、二三記憶を辿って、それからやっと思い当たって「ああ!」と言うくらいだ。

 僕は小さな頃からその

もっとみる