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年の瀬にかけうどんを食べる

 年末の休日は慌ただしい。みんなどこかせかせかして今が休みだという事を忘れているみたいだ。みんなきっとおせちの買い出しに行ったり、カウントダウンのパーティーの準備をしているのだろう。私は友達を集めてカウントダウンのパーティをやるほど若くはないし、おせちを一緒に食べる家族もいない。勿論実家には両親がいるけど、今も続くコロナの流行の中では帰るに帰れない。コロナはいつ治るのだろう。来年にはまたオミクロン株のせいでまた大流行するのだろうか。私はふとこんな事を客席のまばらなうどん屋で考えた。通常だったら満杯で座れない時もあるこのうどん屋でこんなにお客さんがいないのはやっぱり年末だからだろう。当たり前だ。誰も一年の終わりに食べ慣れたうどんなんか食べに来ないはずだ。

 だけど私は今うどん屋に入っている。うどん屋でトレイを持ってメニュー決めかねている。こうやって誰もいない静かなうどん屋さんにいるとすきま風のように昔の感傷的な思い出が入ってくる。いつもなら店内の混雑でそんな感傷に捉われる暇なんてないのに今日は何故か昔の思い出が蘇ってきて目頭を熱くさせてしまう。そうね、あんなことがあったわね。とそんな昔の歌を思い出して過去を振り返ると私の前にある記憶が浮かんできた。


 あれは一昨年の話だ。当時私は取引先の会社と一緒にチームを組んでとあるプロジェクトを手掛けていた。会社が違うと言ってもチームのメンバーはほぼ同世代だから当然みんな仲良くなった。中でも私が仲良くなったのは少し年上の男性でいかにもキャリア人種と言った人だった。彼は取引先の会社の人間だけどこのプロジェクトのリーダー格で私達の意見をまとめて上にあげる役目をしていた。私は彼に仕事の上でたくさんのことを学んだ。彼は優しくて色々相談に乗ってくれそのアドバイスはかなり役に立った。しかしどんなものにも終りがある。プロジェクトは見事成功して私達のチームは解散となった。まあわかっていた事だけどせっかく仲良くなったのにこうして別れるのは辛い。私だけでなくみんなそう思っていた。そうして最終日チームのメンバーでお別れ会があったけどそこには私も彼も出席した。お別れ会は今度はプライベートでまた会おうとか、いつかまたこのメンバーでプロジェクトをやりたいとかみんなでそんな事を喋り合ってつつがなく終了した。その帰りだ。私が一人家に帰ろうとした時突然彼が私を呼んで今から食事に行かないかと誘ってきたのだ。私はこの突然の誘いにびっくりして何もいえなかったけど彼の強い目に押されてつい誘いに乗ってしまった。

 そういえばお別れ会では対してご飯を食べていなかったからお腹は空腹に近いような状態だった。かといって話すことに夢中でアルコールもそんなに飲んでいなかった。別に食事を断る理由なんてなかった。おまけに彼は私の良き相談相手だったし、良き仕事の先輩だ。そんな彼に食事を誘われて断れるはずがない。ホントの事を言うと彼に食事に誘われた時かなり嬉しかった。自分がもっと押しの強い人間だったらこっちから誘ってたかもしれない。というわけで私は彼に連れられて店の前まで来たのだけど、私は店の馴染みの看板を見て思わず彼を見てしまった。なにこれ?ただのうどんのチェーン店じゃない?私は店の前で戸惑っていると彼が早く入ろうと言って私の背中を押してきた。せっかくのお別れをまさかこんなチェーン店でするつもり?私はちょっと、いやそれより少し温度の高いレベルで腹が立ったけど、彼の誘いを断ったら失礼なのでとりあえず店の中に入ることにした。彼が店に入るなりかけうどんを注文したので、私も同じようにかけうどんを注文した。別にうどんなんて食べる気にもならなかったから、彼と同じようなものを選んだのだ。彼は天ぷらも取らずうどんだけ注文して会計まで持っていった。私は流石にそれでは寂しすぎると思って海老天を一つ撮って小皿に乗せた。彼はそれからうどんを薬味コーナーに持っていくとそばにあった天かすの箱をそのままうどんにぶっかけた。それから生姜をスプーンで山盛りで掬うとこれもうどんにぶっかけた。それから醤油を取り出して天かすと生姜の上に五回ほど回して注いだ。私はこのあまりにも異様でグロテスクな盛り付けに胸がむかつきそうになった。その私に向かって彼が「君もやってごらん?」なんて言ってきたので私は思わず首を思いっきり振った。

 だけどそのうどんを美味しそうに食べる彼を見ていたら自分も同じようにして食べてみたくなってきた。彼は笑顔で、「うどんはこうして食べるのが一番うまいんだ。こうやって麺に天かすをまぶすとうどんは本当に光り輝くんだ。女性はいつも顔パックを被って肌のツヤを保とうとするじゃないか。天かすはあれと一緒さ。麺もそのままじゃ美味しくはなれない。麺が本当に美味しくなるためには天かすという顔パックが必要なのさ。生姜と醤油はさしづめメイクだな。僕は今どこにでもいるような女のようなかけうどんを天かすの顔パックでツヤツヤにして、それから生姜と醤油のメイクをほどこして誰もが振り向くかけうどんにしたんだ。一見見た目は悪いかもしれないけど、それは見る人の美意識が磨かれていないせいだよ。本当にわかっている人はこの天かすと生姜と醤油のハーモニーを感じるはずさ」としみじみと語った。私は彼の話を聞き終わるとトレーを持って席をたち彼と同じように天かすと生姜と醤油をうどんに入れた。そして戻ると私は彼に言った。「私もそんな女になりたいわ」それから私は彼と一緒に天かすかけうどんを食べそして次の朝も二人で一緒にかけうどんを食べた。

 今でも彼との事を思い出すとどうしようもなく感傷的になる。だからもう思い出さないように自分を律していたけど、今日もこの閑散としたうどん屋の店内を見たらあの頃の彼との思い出が浮かんできてしまった。結局私はかけうどんを注文してしまった。久しぶりにうどんにがっつり天かすと生姜と醤油を入れたうどんを思いっきり啜る。あの思い出もいずれこのうどんのように啜っていい思い出として消化出来たらいいなと思いながら。



 

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