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《連載小説》BE MY BABY 第十話:恋人よ、我が少年を君に捧ぐ

第九話 目次 第十一話

 道中で照山は突然蹲って号泣した。もう終わりだ!彼女の前であんな醜態を晒してしまうなんて!もっと冷静に考えてキスができない理由を説明すべきだったのだ。いや、やっぱりキスをすべきだったのだ。頭は見事なまでに混乱していた。頭の中にさっきの恥晒しのシーンが何度も現れて照山を責め立てる。ああ!これで終わりだ!美月からLINEを切られる前にこちらから切ってやれ!恋は幻想、君と僕は所詮住む世界が違うのさ。照山はそう呟いてポケットからスマホを取り出したが、ふと見るとそこに美月からのLINE通知があった。照山は思い切ってLINEを開いた。

『さっきはごめんなさい。私、照山君にとんでもない事言っちゃった。お願いだからさっきの事は忘れて下さい。あれは酔って口が勝手に喋った事なんです。照山君の事は誰よりも理解しているつもりなのに、なんであんな酷いこと言ったんだろう。多分なかなか照山君に会えない苛立ちであんな事を言ってしまったのかもしれません。お願いです。どうか私のこと嫌いにならないで。大好きな照山君に嫌われたら生きていけません』

 照山はこの美月のLINEを涙を流して読んだ。ああ!こんな僕をここまで愛してくれるとは!思えば僕は自分をこれほど愛してくれている人に対して何もしていなかった。いつも笑って頷いているだけだった。彼女は僕に全てを捧げるつもりだ。心も体も全て。そんな彼女に僕は何もしていないではないか。ああ!たしかに彼女の言う通りなのだ!恋人同士と言いながら恋人らしい事を僕は何もしていない。やはり僕も彼女に全てを捧げるべきなのだ。僕の全てを、生まれてからずっと守ってきた少年性を美月に捧げるべきなのだ。それが彼女に僕がしてやれる唯一のことなのだ。照山は一ヶ月後に行われる武道館ライブを思い出した。彼女がライブに来てくれたらそこで僕は彼女に全てを捧げよう。彼女に少年時代の最期を看取ってもらうんだ。僕はライブで泣きながら少年に別れを告げるだろう。そしてライブの後僕は彼女に全てを捧げるのだ。きっと彼女は僕と一緒に少年性を看取ってくれるだろう。これが愛する彼女にしてやれる唯一のことだ。僕の中の少年を全て捧げること。それが美月玲奈への愛なんだ。そして僕は大人となり彼女と共に人生を歩んでゆくんだ。それこそが僕に課せられた使命なのだ。だがそうなったら僕はどうなるのだろうか。少年でなくなった僕は一体どうなってしまうんだ。しかしもうそんなことはどうでもいいんだ!僕の未来は彼女とともにあるのだから!

 こう決意すると照山はコンビニの入り口で必死に美月への返事を書いた。他の客に迷惑をかけていることなんかどうでもよかった。どいてくださいと文句を言ってくる客の事なんかよりうざそうな自分を避けて通る客の事よりも美月のほうがよっぽど大事だった。彼は出口を完璧に塞いで美月への思いのたけを綴り、それから何度も何度も書き直した。そしてようやくすべて書き終えると穴が開くほど美月の名を見つめてからゆっくりとボタンを押した。

『返事ありがとう。さっきの事は全く怒ってないから安心して。いや、逆に僕は君の言葉を読んで深く反省したんだ。たしかに僕は君に何もしてあげていなかった。君はその溢れる想いを必死に僕に伝えていたのに。僕はその想いに全く応えていなかったんだ。たしかに君の言うように僕は心の全てを開いていなかった。だけどそれは君を信用してないとかじゃなくてただ僕の中の少年を守りたい一心だけだったんだ。だけど君の僕に対する想いを聞いてそれがどんなに馬鹿げたことであるか身に染みて感じたよ。だから僕は少年を君に捧げることに決めた。もうすぐ地方公演が始まるから君にはしばらく会えなくなると思う。武道館のライブの前まで東京には戻ってこれない。それで僕は君に一つお願いがあるんだ。君にその武道館ライブに来て欲しい。僕はそのライブの後で君に少年を捧げるつもりだ。君と一緒に少年から大人への階段を、まるで昔のベルリンの壁のような高い一歩を登りたいんだ。お願いだ!大人への階段へ登る僕に手を差し伸べておくれ!僕の少年を捧げられるのは君だけなんだ!』

 照山は美月にこうメッセージを送るとすぐさまスマホを閉じてポケットに入れた。彼は恥ずかしさのあまり頭を抱えた。少年性の塊の照山にとってそれはあまりにも赤裸々な言葉だった。今まで羞恥のあまり口に出すことすら憚られる言葉だった。こんなことを書くべきじゃなかった!彼女が僕のメッセージを読んだらどう思うだろう!あまりにも、あまりにもあからさまにあんなことを!こんなこと誰にも、自分の心にさえも語ったことはなかったのに!だが、もう送ってしまったものを取り消すなんて不可能だ。今の自分には美月の反応を待つことしかできないのだ。

 その時ポケットからスマホの振動が響いた。明らかに美月からの返信である。照山は震える手でスマホを手にとった。彼は自身の手の震えがスマホの震えと共振しているのを感じた。彼は胸が詰まるほどの高まりに耐えながらLINEを立ち上げて美月のメッセージを読んだ。

『照山君、武道館のライブ絶対に行くよ。マネージャーが止めても駆けつけるから。それから……最後まで読んだけど。照山君、ホントにいいの?本当に私があなたの大事なものをもらっていいの?』

『いいさ』 

 照山はこうたった一言書いて美月に送った。もう迷いはなかった。今度の武道館のライブが終わったら僕の全てを美月に捧げよう。美月に僕の少年の全てを注いで彼女と一緒に少年にさよならをするんだ。それから間もなく美月から返信がきた。その中にはたった一言こう書かれてあった。

『ありがとう』

 その後自分がリハーサル中でスタジオに戻った照山は心配しているメンバーとマネージャーの前で満面の笑みを浮かべてもう人生最大の急用は澄んだ!と言うといきなりギターを超絶ハイテンションで掻き鳴らした。

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