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《連載小説》BE MY BABY 第九話:ここでキスしてよ!

第八話 目次 第十話

 照山はこの美月の突然の誘いに今から君の元に飛んでいくよ!というとトイレから駆け出して彼を待っていたメンバーとマネージャーに急用が出来た。僕の命より大事な急用が出来たんだ!と絶叫してリハーサル中のスタジオを飛び出した。彼はひたすら駆けた。やっと美月に会える。どんなにこの日を待ち望んでいたことか。そして照山は美月との待ち合わせ場所のあのレストランに着いた。照山がドアを開けると早速店員が出迎えてくれた。彼はもうこのレストランの顔馴染みだ。店員もあの時のように彼を追い出したりはしなかった。彼は照山を早速美月の元へと案内した。

 美月はテーブル席でワインを飲んでいた。店員によると美月が店に入ったのはついさっきらしかったが、もうボトルを一本開けていた。美月は店に入ってきた照山を見ると頭を振って照山に席に座るよう合図した。

「で、さっきの電話はなんだったの?」

「電話でも言ったじゃないか。僕は君の声が聞きたかっただけなんだ」

「そうなの。たったそれだけだったの?なんか私もっと大事な話かと思ってた。わざわざドラマの撮影すっぽかして損したな」

 照山はこの美月のあまりにつっけんどんな態度を見て、怒りを覚えた。彼はさっきの美月のLINEを思い出して美月が自分たちの関係についてどう思っているかについて珍しく激しい調子で問いただしたのである。

「そうさ、君の言うとおり大事な話だったんだよ。というより今日は君が僕との関係についてどう思ってるかをハッキリと聞きたかったんだ。君はさっきのLINEで僕との交際が事務所にばれてるから気をつけないととか書いたね。僕はそれを読んで怒りを感じたんだよ。なんで事務所なんかに気を使う必要があるんだって。だってそうじゃないか。僕らは全く清い関係で世間に後ろ指さされることは何もしていないんだから。それを君に聞くためにここまで来たんだけどいざこうして来てくれた君を見たら何も言えなくなってしまったんだ。だけどやっぱり君に聞かずにいられない。あらためて聞くよ。君は僕との関係をどう思っているんだ。君はやっぱり事務所の連中と同じように僕との関係を世間に隠しておくべきだと思っているのか?僕は君と太陽に照らされた通りを一緒に歩きたいだけなのに」

 いつも美月の前では黙ってしまう照山だが、今日は珍しいほどストレートに自分の思いを吐き出した。美月は照山の眼差しを食い入るように見たが、やがて顔を背けて照山に向って言った。

「はあ、そういうこと。照山君らしいね。正々堂々と付き合いたいか。そんなこと私だって思ってるよ。私だって隠れてこそこそ逢ったりしたくないよ。だけどさ。私たちってそこまでの関係なの?いつもこうやって逢って話しするだけでその話だってほとんど私がしてるじゃん。照山君はいつも私の話にただ頷いているだけ。それって恋人同士の関係って言えるの?恋人同士だったらほらあるじゃん。相手の心の深くまですべてを共有したいっていうものがあるじゃない。私は照山君のすべてを知りたいし、すべてを共有したいの。だけど照山君は私に何も見せてくれないじゃない。いつも少年のような笑顔で私を見ているだけじゃない。そういうのを見てると悪いけど照山君は本当に私を好きなのかなって疑ってしまうの。結局私なんか照山の中に入れてもらえないんだって思ってしまうの」

 とここまで言うと美月は突然話を止めて頭を振って照山に向かって言った。

「ああ、なんか頭が熱くなってきた!ねえ照山君、外に出ない?酔い冷まさなきゃ!」

 美月はいきなり立ち上がって店員に挨拶するとそのまま店から出て行ってしまった。照山も慌てて店を出て彼女を追った。美月の言った言葉は照山の心をぐさりと突き刺した。すべて彼女の言う通りであった。会っているとき自分はいつも美月のいうことにうなずくばかりで自分からは何も話そうとしなかった。それは話すことが何もなかったわけではなく無意識に自分を守っていたためであった。思いをいったん口に出せば感情は激流のように流れ、自分を少年から限りなく遠くへ連れ去ってしまうだろう。照山にとって少年性とは自らの音楽に必要な表現というだけでなく、生きるための基準であり、生命線であった。少年性のない僕は僕ではない。少年性が世界から消えたらRain dropsは勿論、僕自身さえこの世にないだろう。彼は心からそう思っていた。それぐらい少年そのものであったのだ。大人の階段を上らず、夏の林間学校のキャンプファイアーで女の子の手つなぎをかたくなに拒否した照山。その彼の前に今巨大な壁として大人への階段が現れたのであった。このまま美月と付き合えばいずれ大人への階段を上らなければならなくなる。手つなぎからはじまり、体を寄せ合い、そしてドラマのようなキスをするだろう。そしてその先には全く未知の世界が待っている。今ならこのまま美月を追うのを止めて少年の道に戻ることは出来るはずだ。だが今の彼にはそれは考えられなかった。なぜなら今照山の美月に対する想いは頂点に達していたからだ。彼女なしでは僕は生きられない。彼女といられるのなら少年なんて捨てても構わないとさえ考え始めた。

 美月は早足で街中を歩いていた。早く捕まえなければ消えてしまいそうだった。照山は駆け足で美月に追いつき声をかけた。しかし美月は照山を無視してひたすら先へと進んでしまった。このままではいつまでたっても二人は平行線のままだ。彼女の肩を叩けば止まってくれるかもしれない。照山は思い切って美月の肩に向かって腕を上げかけた。しかしその時だった。ずっと照山を無視してスタスタと歩いていた美月が突然立ち止まって照山の方を向いたのである。照山は驚いてすぐさま上げかけた腕を下ろして美月の言葉を待った。一体彼女は何を言うのだろうか。一体彼女は僕に何を望んでいるんだろうか。美月は相変わらず照山を見つめている。やがて美月が口を開いた。

「ねぇ照山君。そんなに私が好きなら、そんなに堂々と交際したいなら、今すぐここでキスしてよ!私を思いっきり抱きしめて熱いキスをしてよ!」

 照山はこの美月の言葉を聞いて足場さえ見失うほど動揺した。なんて事を言うんだ。キスしてよだって?君はふざけているのか!僕に、この少年の僕にキスなんて淫らな事できるはずないじゃないか。キスなんてしたら堕落へと一直線だ。少年性は忘却の彼方に追いやられ、残るのは醜悪な欲情だけだ。出来ない、絶対にキスなんてできない。照山はキッパリと断って美月に別れを告げようとした。僕と君は住む世界が違うそう言い放って立ち去るつもりだった。だが彼には出来なかった。彼がただ一人愛した人。その人を今失うなんて耐えられなかった。いっそ彼女の言う通りキスしてやれ。そんな思いも頭をもたげた。だがそんなことは断じてできない。そうしたら自分は一番大事なものを全て失ってしまうのだ。美月は目を潤ませてずっと彼の返事を待っている。もう耐えられぬ。照山の頭の中にさまざまな思いがよぎりとうとう彼はショートしてしまった。彼は頭を抱え何度も同じ言葉を呟いた。それは出来ない、それは出来ない!

「それは出来ない!僕にはそんな事出来ないんだぁ!」

 照山はこう叫びそのまま絶叫して駆け出した。彼は無我夢中で駆けた。というより美月という現実から全力で逃げたのだ。ああ!恋とはなんと重々しい実存を突きつけるのか。恋は甘い幻想ではなく、また淫らな妄想などではない。それは人生そのもののように重かった。照山は学校教育を甚だしく嫌悪していたが、それは大人になることへの本能的な恐怖からでもあった。彼は美月の言葉を聞いて改めて大人になることへの恐怖を思い知った。キスなんかのために純粋な少年性を失いたくない。キスして大人になったら僕は僕でなくなる。ああ!だけど彼は美月を心の底から愛してしまっていた。彼女のために少年性を捧げよと言われたら捧げかねない状態になっていた。今照山の心は真っ二つに割れていた。

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